日記・コラム・つぶやき

2023年1月19日 (木)

2023-1-18災害時に備えて

2023-1-18災害時に備えて

近年 私が気がかりになっていることを皆様にも知っていただければと存じます

女性のファッションについて

やたらにロングサイズのデザインが流行っていますね

ロングサイズのデザインのスカートでもワンピースでも 災害時にはとても安全に行動がとれるとは考えられない 

私のお節介な提案ですが これからデザインされる場合には ウエストで切り替えてロングスカートを取り除き 常に携帯している「パンツ」を着用できるようにされることをお勧めします

切り替えなしのドレスかスカートを着用される場合にはハサミも携帯し 外出中に被災された場合には いざというときには裾を切り取る覚悟が必要だと感じます

瓦礫で覆われた道路は 「パンツ」でも歩きにくいことがあります

履物も常にスニーカーを携行し ハイヒールなどもってのほか 助かる命を落としかねません

折りたためるナップザックも必要でしょう

手提げやショルダーは障害物を避けながら歩くには邪魔です

荷物は背負いで両手が使えることも大切です
500㏄くらいの水と 飴かチョコレートくらいを持っていることも大切です

緊急時には空になってもペットボトルは捨てないことです
小分けに使用するポリ袋も大いに役立ちます
食器としての利用と 汚れたらゴミ袋として活用できます

マジックペンは黒を使ってください
赤は紫外線に弱く退色が早いため文字が消えてしまいます
強調したい場合でも 主要な情報は黒ペンで書き周囲を赤で囲むようにしてください

携帯の予備バッテリーとケーブルも私は常に携行しています
公衆電話や 自動販売機を利用するためにコインを用意しておくと役立つことがあるかもしれません
だから私のバッグはいつも重いねと言われますが 備えとして入れています

私事ですが 動物に関わり始めてからは 若い時から私の時代では「ズボン」か「スラックス」を使っていましたが 今では「パンツ」ですね
(私には今でもパンツ=下着ですが----)

動物と関わると「しゃがむ姿勢」が多いことと 素早い動作を安全にこなす必要がありましたからね

神戸が大震災に襲われることなど想像もしなかったことでしたが 
現実は何時何処で何が起こるか予測不能です
 
飼育共生動物の同行非難に備えて 日常に首輪と名札を付ける習慣をお勧めします
私は どの部屋にも犬の頭数分のリードを備えていました

首輪がなくても最低でリードを掛けることはできます

リードはあらかじめ首の太さに応じて 結びこぶを作っておくとフックを結びこぶで止めて首を絞めることなく利用可能です

大災害に備えて 真に障碍者に対する負担軽減を考慮されるのであれば 特に盲導犬はAIの開発を進めることが大切だと感じます

既存の盲導犬育成事業保護のためを 視力障碍者のためのような置き換えは不親切だと感じます

瓦礫の道を犬と同行される障害者のご負担を真剣に検討されるなら AIの開発は必然です

犬が好きではなく 道具としての利用にして使役することも 犬と人間共に不幸です

盲導犬貸与の形式はその不幸を防ぎきれないでしょう

蛇足ながらあえて申し上げたい
公共広告機構のCMも 
「地域猫」「TNR」活動のアピールと共に再検討していただきたい
誰のためになっているのか?

「福祉」とは何か? 安易な「よさそう」は 「よくない」ことがあります
皆様もお考え下さい

2023年1月17日 (火)

2023-1-17あの日

2023-1-17あの日
巡り来たあの日 忘れられないあの日 
犠牲になられた すべての命に「安らかに」と祈りを捧げます

あの頃を振り返り 我ながらよく働けたことに感謝しています
56歳だったあの日から28年 来月早々に84歳となりますが あの頃のことは忘れられません
渾身の力で働いた 惜しみなく働けた 阪神・淡路大震災での動物救護活動が後に「動物福祉元年」と評されたことは私個人にとっても記憶に残る働きでした
世界の人々のご支援のたまものであり 国内各地からのボランティアの方々のお力添えのおかげ様でした

今では想像も及ばないことでしょうが 当時は被災者の方々の一時避難所に 動物との同行避難をされておられた方々に 動物のフードを配って歩きましたが そのたびに罵声を浴びせられました
「いぬねこの餌配る暇があれば人間のために働け」と
動物に対する価値観は今ほど成熟していない時期でしたし 誰もが不安との戦いと いらだちの中での言葉であったことは承知していましたから「すみませんね」か沈黙で応じました
動物愛護団体も少なく 現状のような民間シェルターもなく 近畿圏では当時私が所属していた団体が運営していたシェルターだけでした 
被災以前の日常の活動で 浮浪動物の保護活動をしていたことで ケージや用具 知識は備えがありましたから助かりましたが 半面 被災までの活動では動物の「安楽死処置」(安楽殺処置)を是認していたことで 被災動物を殺しているとフェイク情報を流され メディアも無責任報道をしていたこともありました

日本国内初の獣医師会と民間団体の共同組織を立ち上げ 行政が監督指導をされるという組織「兵庫県南部地震動物救援本部」を設立し 災害時における動物救援活動に多くの資料を残すことができました

神戸市は被災者対策でとても 動物救援に職員を配置する余裕がないとのことで 行政とされては 兵庫県が職員を配置してくださり 神戸市は被災動物のシェルター設置のために当時の「神戸市動物管理センター」の活用と続く墓苑内の一角に土地を提供してくださいました
にわか造りの農業用ビニールハウス内に 個体別でケージ保管という苦肉の策からの 被災動物救護活動の出発でした
動物もストレスをため ボランティアも未経験者が多く ボランティアに来られた日に咬傷事故被害にあわれてご自宅に帰られることもありました
その後 5月にプレハブ造りのパドック付き個体別犬舎が完成し移動させてからは 保護動物たちのストレス症状が軽減し世話もしやすくなりました

一般譲渡が難しく譲渡先が決まらなかった 残されていた動物たちも 獣医師やトレーナーの方々のご協力により引き取っていただき 国内初の本格的な震災被災動物救援活動を無事に終えることが出ました
動物救護頭数 1556匹(犬1039 ネコ508  その他9)

ボランティア参加人数 延べ 21.789人

活動期間 1995/1/21~1996/5/29 

2023年は 今後に起きるであろう大災害に備えることですが 広域大災害の予想もありますから 日常生活における動物共生の問題は山積しています
安易な多頭数飼育は対人にも対動物にも問題を多くします
民間団体のシェルターにも規制と非常時対策の義務付け 
全飼育動物と「地域猫」活動の猫にも 個体識別としてマイクロチップの罰則付き装着義務の法制化が必要だと感じます

2023年1月13日 (金)

動物との飼育共生を考える

2018-1-12の 過去録再掲ですが 今も状況は変わらず 動物に関わる人間の職業維持=生活維持のために 不適正多頭数飼育であっても 「生死」 「幸不幸」を確認しない遺棄と同様なTNR であっても「生きていればよし」とされていると感じます

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S.Y様 真剣にこの問題を提起していただきありがとうございます

私はこの問題については 長年取り上げてきました 

基本姿勢として「安楽死処置」(安楽殺処置)是認よりも一歩踏み込んで 否定してはならないと主張していますので 「またか」の思いの方も少なくないのでしょう

FacebookTLにも会ったこともない方が 長年の付き合いで得たかのような 上辺の「ノーキル」からの「安楽死処置」(安楽殺処置)全面否定の批判 というよりも誹謗としての言葉遣いで書き込まれます

その方の個性ですから 致し方ないのですが 日本の動物に関わる多くの方々は 本音で「ノーキル」「殺処分ゼロ」でよしとされているように感じています

その表れの一端が「TOKYOZEROキャンペーン」であると感じています

とりあえず 「ノーキル」「殺処分ゼロ」で 好印象を作ることで 深い考察は迂回したい

新たに批判の対象にはならないための ご用心なのでしょうが その行為は間違いを鵜呑みにする人々をふやしてきました

行政機関までもそれらの大衆世論に迎合されてしまった結果に 広島 熊本 神奈川等の動物福祉思想の定着に反して 慣れ合うことで現状回避をされる実情があります 

極一部の知識のある 動物福祉を根底から考えようとされる少数の方々がおられますが 「ノーキル」「殺処分ゼロ」志向にたいして 真剣な批判をされているとは感じられません

ティアハイム礼賛もその表れでしょうが 誤認と知りつつか 知らないでやってしまったのか 何れでもこれだけ 事実ではないという批判を受ければ 謝罪訂正はされなければならないでしょう

獣医師の先生方の多くも 誹謗回避のためもあるでしょうが 長年診療されたクライアントに対してさえも「安楽死処置」(安楽殺処置)は全面拒否が増えています

【中島 直彦 まだまだ、安楽死について日本の獣医教育は遅れていますね。でも、獣医師として避けて通れない仕事だと思っています。】

ご立派だと思いますし このようなお方がおられますことは救いです

40年以上前になりますが 外国の飼主様が 帰国に際して 連れては帰れないことが判明してので 当時開業間もない獣医師に「安楽死処置」(安楽殺処置)を依頼されたそうです

その獣医師はとんでもないことをいう飼主だと憤慨されていたことを今も思いだします 

私は その外国人の飼主様のお気持ちはよくわかるし 立派ですから 協力して差し上げてくださいとお願いしましたが 拒否されて あなたたちは「安楽死処置」(安楽殺処置)に頼りすぎると批判を受けました

その犬は 当時運営していました 所属団体のシェルターで受け入れ 安心されて帰国されました

飼主に抱かれて 永眠させることの意義を その獣医師は理解されることに至らなかったのです

その後 阪神・淡路大震災を経験された多くの獣医師の先生方は 私たちが 動物病院の扉を開けたこともない 飼主の家族の残飯で生かされ 獣医療には無関心の飼主が多いことに初めて目覚めて頂いたことでした

然し 最近は 震災の苦労も経験されない 若い獣医師により 再び 「安楽死処置」(安楽殺処置)は「悪」とされています

極端と思われるでしょうが 私は不妊手術をさせられて 屋内飼育ではない状況で遺棄と同様の結果となる「release」としての 生涯を強要される扱いをとてもつらく感じています

『不妊手術はしてやるのではなくさせていただくことである』

この考えは私の基本です

故に人社会の秩序維持のために 不妊手術をさせて頂いたからには 終生飼育として「幸」を保障しなければならないと考えてまいりました

私は 個体の「幸」に対する責任を問うことをしないで 関わる人々の心の安らぎと批判回避のために 不妊手術をして野に放し 終生飼育管理を見送ることで「殺さなかった」とされる行為と「安楽死処置」(安楽殺処置)は罪の意識としては同等であると感じています 

終生飼育管理の基本はどのようなケースであっても 関わった動物の死を見届けて 適切に遺体に対処することであると信念をもって信じています

譲渡先からも 10年以上の空白があっても 今も永眠のお知らせをいただけることに 飼主様に対して心から感謝いたします

【適性譲渡とは「安心」「安全」が基本であり 社会に送り出す動物が「不安」「忍耐の強要」「偏共生」とならない配慮が必要である】

譲渡に際しても 飼育中断をされる場合は 理由は理不尽なことでも叱らないから 必ず「まつだ」の手元に返還してくださいということをお願いしていました

動物のためにも社会のためにも遺棄を防ぐことを最も重視していたからです

理不尽な理由で動物との共生を止めようとする人に説教は殆ど役には立ちません

不快感から 体裁を繕うために遺棄されること や 仕方なしのネグレクトは 容易に予測できることです

動物との共生をしていた時期には 遺書に私の死か 判断能力がなくなった場合には 必ず ホームドクターに「安楽死処置」(安楽殺処置)をお願いしてくださいと書き記していました

ホームドクターにもご了解を頂いていました

我が家で「幸」だった動物たちが 「幸」の奪い合いの中に入ることはない 

未だ「幸」に恵まれない動物があふれている社会であることを考慮して 「幸」の席があるなら他に譲りたいという考え方でした

我が家に共生していた動物たちのほとんどは 新たな環境に慣れることは難しいことも理由でした

「安楽死処置」(安楽殺処置)についての批判は安易にされますから 動物の苦難はなくならないでしょう

共生の基本は死を見届けることです

皆様も良さそうなことと 本当に必要な良いことの違いを悟っていただきたいと念じます

 

S.K
いつも勇気づけられて居ます。

仰ってる事・なさってる事を書いて下さり有難いです。

猫の状態もご飯状況もお構い無しのTNR。

譲渡後いつまで関われば良いのか…。そう思ってたら次の猫・子猫の相談ありため息出ます。

でも1匹1匹を幸せにしてあげたいです。

ダラダラ文ですみませんでした

 

Js.maコメント
皆様に励ましていただいて 言いにくいことを言わせていただけます 社会的地位もつながりもないから言えることが多いとは感じますが 日本も世界も 動物は概ね 人間の利益供与のために利用されていると強くかんじます

無論一部の方々は動物の幸せについて真剣にお考えですが すべての動物が対象では 実現には至らないでしょうね

出会った人間に利用されること それが動物に生まれた宿命であり ごく少数ながら それらの動物を見て実情を知り苦しむ人々がおられることは これも救いなのでしょう

ことしもよろしくお願いいたします

2023年1月 1日 (日)

2023年年賀

賀正
おめでとうございます

心からの祝辞を述べにくい 世界情勢ですが 無事に元旦を迎えられたことに 感謝いたします

世界のすべての人々に 平安な日々が訪れますことを祈ります

              2023年元旦    松田早苗

                       

      

 

 

2022年12月24日 (土)

2022-12-21 年の終わりに思うことと感謝

2022-12-21近況
いよいよ2022年の終わりですね

多くのことがあった2022年ですが ウクライナの惨状は「平和」と「戦争」が簡単に入れ替わることを現実にしています

反戦活動家?たちの「戦争反対」が呪文のように聞こえますが 現実をみて 尚 「夢想」に浸れる平和ボケが日本を危うくするのだとも感じます

政治家の気品も責任感も失せた 
単なる高額所得者となるための「議員」が多数となり 日本国の世界での地位向上に努める 国民のために働く「政治家」は何人おられるのか? と 不安を感じます
現状は日本崩壊の懸念を感じさせます

優秀な人材はおられるはずですが 議員として政治に関わることはされないのですね

メディアでお目にかかる多くの女性に 
優秀なお方が増えていますね


政党に属さなければ議員としての地位が確保しにくいが 所属して能力を認めていただける政党もないのかもしれないと感じ それらの優秀な方々に政治は敬遠されているのかなと感じ とても残念に思います

比較にはなりませんが 私的にも多事多難 退屈している間の無い日々でした
2021年の転居からは多忙を極めました
病弱な妹の世話に 転居の片付けも儘ならず 2022年も終わりとなりました
妹の世話をすることは 亡き母との約束もありますから できる限りのことはしてやりたいと思ってのことです

私ができなかった 母の老後の世話を妹が一手に引き受けてくれたことで 当時夫の家庭内介護とボランティア活動の責任者としての立場があり 私は母の介護には金銭的な支援しかできなかったのですが 妹が全面的に引き受けてくれたことで助けられていました
母が案じていたこと 「この子(妹)は独り身で 私(母)がいなくなればこの先どうするのか心配で」といった際に「私にもできることはするから 心配しないで」と申しました
できるだけ私の身近に住まわせるべく呼び寄せたものの 昨年に生死をさまようほどの大病に翻弄させられました 
何とか生きてはいますが活動的な子でしたから コロナ禍でもあり 外出も制限があり 高齢者には過酷な日々ですから 現状は哀れです

昨年の転居の片付けも終わらず 来年に持ち越しです
高齢者となった自分自身 一年の身体能力の低下には嘆かわしく思いますが 現状はまだ1万歩は歩けますし 目覚めと共にベッドで習い覚えたヨガと 朝夕に屋外でヨガを入れた体操をして 心身の衰えを補ってはいますが 体力には昨年との違いをひしひしと感じ 転居が今年であればできなかったと感じています
故に FBもブログも途切れ途切れ 何時まで続けられるのか?
皆様に励ましていただくことで継続できることを感謝しております

小さな庭の鉢植えの花々を楽しむことができることにも感謝しています

ウクライナの悲劇は 
明日の日本に起こることかもしれません

何事にも無関心にはならないようにと努めたいと思っていますが 明日のわが身はどうなるのか?

成るように成る
成るようにしか 成らない 

いただきました励ましに感謝いたします
皆様 佳き新年をお迎えください

2022年12月 5日 (月)

2022-12-4一年のおわりに思う

2022-12-4一年のおわりですね

一年のおわりが 日本の終わりに繋がっゆくようで不安を感じます

国会の様子を見ていると 堕落した議員の数々 見っとも無い人々の生き方をまざまざと見せつけられます
議員は選挙で選ばれるものの 当選後の所業まで予測は困難ですから 「よさそう」で入れた一票を敢え無く裏切る詐欺師のような「政治家」たちには 次回の選挙まで待つしかない

とはいうものの 次回もまた同様なことが起こるだろうということは感じます

日本はどうなるのかと心配はしますが この先の日本についても 若い人々の関心の薄さにも不安を感じますが 私がやきもきしたところで何も変わらないでしょう

幸いと言えるのでしょうか 私個人の余生は知れたものですから
成るように成る
成るようにしか 成らない
と思ってはいますが 大人の無気力 無関心はこれからを生きる子供さんたちには気の毒と感じます

動物あいごについても これだけ多くのフェイク情報が「知識人」「知名人」とされる人々により拡散されていることを怒る人が少なすぎますね

動物を愛しても 人間は愛せない人々も多いのかもしれません

「愛する」ということの意味が「好きか嫌いか」と言う程度に用いられて 「愛しているつもり」の人々も多いように感じますが それを巧みに利用している動物関連業界の利益にさえなれば 誰も今更火中の栗を拾うことはされないのでしょうね

それらのフェイク情報により洗脳された人々は たとえ動物が犠牲にされていても フェイク情報の発信者を擁護しても 批判をする側には「変な人」扱いでごまかすことをしていると感じます

変な人と評価をされても間違ったことは「間違っている」と言えなくなることは情けない
フェイク情報発信者を批判して変な人とされるのであれば 
死ぬまで変な人でいいとは思います

フェイク情報発信者に迎合するくらいなら 
さっさと無口になることでしょうかね


若い皆様 ご自分と これからを生きる子供たちと 愛する動物のために フェイク情報を発信しながら 政治家気取りや 学者気取り 知識人気取り 動物愛護活動家気取りの人々を許さない社会つくりを心がけてください

人は屡々間違を犯しますが 自分の間違いを反省し正せない人には 社会をよくすることはできません と 断言いたします

2022年11月13日 (日)

2022-11-13 宗教を考える 過去録再掲

2022-11-13 宗教を考える 過去録再掲
現状毎日のように宗教団体関連の問題が取り上げられている
宗教は人間を幸せにするために存在するのではなく 人の弱みに付け込んで利益にしようとする輩にも利用されている
よさそうなことと よいことは 違う

多くの国民は「洗脳」の怖さを「オーム真理教」で学習したはずだが 
他の人がしていることを批判できるが 自分のすることはなかなか自己批判することは難しいのだと感じる
猫ブームに踊る人々にも同じようなことを感じる
「よさそう」と「よいこと」は同じではないことに気が付かなければ「よくないこと」がわからなくなるだろうと感じる
猫ブームにもそれを感じる
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2017年11月13日  · 

2017-11-12 仏教と自死に関する国際シンポジウム(関西大会)まつだコメント

https://www.facebook.com/events/1758582174184285/1791230850919417/?notif_t=admin_plan_mall_activity&notif_id=1510284323394113

ヨガのレッスンを終えて 時間がないのでヨガマットを背負い 昼食も摂らずに会場へ滑り込んだ

何とか初めから聴講はできた

昨日今日は疲労困憊で 横になっていた

罰当たりだったのか?

しかし 感動するには至らなかった

休憩ごとに聴講者の数が減っていったのも あるいは時間に拘束されたお方もおられたであろうが 私と同じ思いをされたのかもしれないと感じた

私はそれでも 最後まで座にいて質疑まで確かめた

私も質問を入れたので あるいはと思う気持ちはないとは言えないのであったが お答えにはなれないであろうとも感じた

質問

インドにおけるカースト制度で 貧困にあえぐ人々がいる

牛に救急車が用意されるが カースト下位の人間には医療さえも与えられないのはなぜか?

宗教に分派ができるのはなぜか?

答えられないことは当然だとも感じる

仏教の教えの元であられる「釈迦」の教えをひたすら信じて実践されるなら 分派などされることはないというのが 浅はかな 無学な 正直な私の考え方

キリストの教えについても マホメットの教えについても同じ

それゆえに 後世の人々が都合よく解釈された宗教には信頼感が乏しく 信じられる人々はお幸せであればそれで大層結構であり 救われておられることもお幸せなことであるので何も異論もない

私は 現在の既存の宗教に救われたいとも思わないし 信頼の全てを寄せることもできない 

宗教家からは多分「不幸な人」と評されると思うが それでも心底信じることができないのに信じた振りもできないから致し方ない

心から尊敬できる宗教家に出会わなかったからかもしれない

宗教にも「金=経済力」がまつわることも仕方がないとは思うが好意的には感じられない

今日の「そこまで言って委員会」でも宗教法人税が取り上げられていた

信教の自由は当然だが 無宗教で生きる自由もまた当然

宗教の拡大のために税制優遇されるなら 無宗教で生きる人にも何らかの税制優遇措置があってよいのではないかと感じる

宗教団体の資産となる広大な敷地の確保も関係ないし 相互互助の恩恵もない

宗教は常に自らが信じる宗教が最高位でなければ意味がない

だから 信じないものを哀れと言う感覚で蔑むことになるように思う

無宗教であれば 他の宗教を貶めることも必要ない

私は一人教祖で一人信者と言っている

人智を超える力を現存の宗教で補おうとされるには無理があると感じるが 全てを科学で説明しきれないところに宗教が生まれたと思う

地球がある宇宙のほかにも宇宙があると言われると それを科学で究明できるのに地球の余命35億年?には間に合うのだろうか?

人生が130年となるようなことを聞くと 「幸」がもっと々遠くなるようにも感じる

長生きが「幸」と刷り込まれたのは自殺者が増えた要因の一つでもあるように感じてしまう

短命でも「幸」な人生もあり 長命でも「不幸せ」な人生もある

自殺者が家族共に非難にさらされることは 生きていることの「意義」を深く感じていないからかもしれない

人にも動物に対しても単に生きていれば立派とは言えないと思う

【律蔵のなかでは、他人を殺すことは罪という文脈はあるが、自分で自分を殺すことについての言及はない。あるいは、身投げは悪だという項目もあるが、これは単に飛び降りるなといっているだけ。飛び降りると下の人が危険だから、飛び降りの禁止なだけ。】

此の一言はとても共感する

凄惨なご遺体に向かわれる方々のことも思い至っていただきたい

ご自分が「死」によって苦しみから救われたということになっても 生きている人々を苦しめてはならないであろうが そこまで考えられないから 「自死」となられるのか?

【仏教で人を殺してはいけないという法律があるが、それは重要物語がある。この世は一切皆苦、苦しいんだという教えによって、みずから死んだり、人を殺したり、人に殺してもらったりする事件がおきた。】

「人に殺してもらったりする事件」

と言う表現は殺された人の人格を傷つけるように感じる

時には嘱託殺人もあろうが 普通には 被害者であり 頼んで殺されることは珍しいことだと思うが 宗教家故にこのような表現となるのか? 説明不足なのか?

私には違和感が残る

【結論、一番古い仏教経典、最初期の経典に、自殺が罪悪、犯罪、いけないことであるという記述はない。その後の時代の変化のなかで、自殺が悪いという記述はあるものの、最初期の経典にそのような記述はない。】

そのことは教えが時代によって変えられて行ったことの証明であり 時代の価値観の変化で宗教の解釈が変わることは普遍的ではないからだとも感じてしまう

ど素人の勝手な解釈と嘲笑されるであろうが そのようなことが積み重なって 「営利的な宗教」かできるのかもしれないと思ってしまう

【自殺にまつわる世間の画一的なイメージは残念に思っている。自殺で亡くなった人は弱い人、罪だ、おかしい人だという声が残念。それは生きている我々が勝手に決めつけている。世俗で欲望にまみれて生きている我々の方が、仏教的な人としては劣っているのかもしれない。】

【亡くなった人の顔をこっちが判断、ジャッジしてはいけない。生きている人も様々な気持ちで生活しているように、死んだ人も様々な気持ちで死んでいった。】

自殺を称賛することもないが 貶めることもない このことばには賛同する

【インドは元々カースト制のもと差別されていた。仏教は生まれで人を差別しない。】

之には大きな違和感を持つ

差別されている カースト制下位の人々が 聖なる「牛」以下であって 救えないで 貧困 レイプ等に苛まれていても放置されているとしか見えない 

仏陀の国としての誇りは何処かと問いたい

「宗教」の救いとは何か?

基調講演にも パネリスト各位にも これぞ宗教家仏教は素晴らしいという感じは持てなかった

多分に不遜であるからなのだと自覚はしている

 

2022年11月12日 (土)

2022-11-11法治国家とは? FB過去録引用

2022-11-11法治国家とは? FB過去録引用

何年たっても 同じことを言い続けなければならない

動物あいごに関わる人々は性が悪いのかと考え込んでしまいますね

動物あいごとは何か?

動物のためではなくて 自分の心の安らぎのために尽きるのか?

法治国であるはずの日本 国民に「先生」と評される人々が法の順守義務をないがしろにされている 
意識の低さにも悲しくなるほどに落胆します

Megumi Takeda様に糾弾されている 多くの知名人各位

良心は何処へ?

法律は守るべきものではなく 営業利益に活用さえすればよいとのお考えかと察してしまいますね

恥を知れ!!!!!
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「地域猫」活動
どこが猫のため 地域のためになっているのか?
日常 居住地の敷地内に放置している猫のふんの始末はこの土地に来て以来 私以外の人で隣の高齢者婦人が時たま始末をされてはいるがそれ以外にする人は皆無だ 
ほとんどは私が始末しているが 飼い猫の自由行動なのか 捨て猫なのかもわからない

たまに耳カットをしている猫は見るが 親子連れもいた 長く同じ猫がいる様子もない

昨年春にこの土地に来た頃には 5-6匹の猫を見たが 半年足らずでほとんどの猫はいなくなり 新たに通ってくる猫がいた

先日前足を怪我して歩行困難になった 衰弱した猫が 駐車場の車の下でうずくまっていた
とても安全に保護してやれる状況ではなく 段ボール箱にビニール袋をかぶせて 古着を入れてやって設置したら何とか中に入ってはいた 
水とミルクと 室内飼育をされているお方がペレットを提供してくださり与えたらほんの少し食べてはいたが ご近所さんが2日目の早朝に跛行をしながら敷地から出て行ったと話されていた

おりしも雨が続いた それ以後は姿を見ないから 空へ引っ越したのかと思った
誰にも看取られることなくひっそりと 日にちをかけて苦痛に耐えて命が尽きたのであろうと思った 

行政機関で引き取らなくなって以来 多数の猫が哀れな末路を強いられていると察する

猫ブームで稼いでいる人々がどれだけ猫のことを思いやっているのか?

とても 心豊かな人々が沢山いて 「地域猫」活動が猫の幸せにつながっているとは信じられない

前足を怪我して歩行困難になったあの猫も殺さない程度の「地域猫」活動の犠牲になったと感じる

「地域猫」活動とはだれのためにしているのか?
営利のために 言葉巧みに人間の利益のために猫を犠牲にしていると感じるが それに疑問を投げかける人々もほとんどいないと言い切れると思っている

現役でうかつに「地域猫」活動の批判でもすれば総攻撃に会いかねない
知る限り「地域猫」活動で尊敬できる人々にはあっていない
行政機関も引き取り拒否すれば楽でよろしかろうと 
誰のためにされているのか再確認していただきたい 

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2014年11月10日  · 2014-11-9飼主マナー 過去録から

先日悪戦苦闘してキーウィ等を切り倒して整地したところに 毎朝犬の足跡が派手に残されています

せっかく整地しているところに 態々犬を入れることがいけないことだと思われないのか?

当方には思い当たることはないのですが 何かの恨みで嫌がらせなのか?

単に犬が入りたがるのでするがままにさせているのか?

犬の散歩コースになっているので いろいろな飼主さんと犬に出会いますが 鑑札も迷子札もつけていない犬がほとんどです

その都度 柔らかく(のつもりですが)法律があること 非常時の対策としても必要であることを話しますが 次回に出会ってもつけてはいないですね

リードをつけていない人は減りましたが 小型犬ならいいだろうといつもフリーで散歩をさしておられる飼主さんがいます

近所の方であれば 2度3度の注意はし難く 犬は憎くはないのですが 私は決して「かわいい」とは言いません

フリーを認めてはいないと言いたいのですが あからさまにも言えず このような飼主に飼われていることが「かわいそう」と思うのです

先日 某著名団体から譲渡された犬だと言っておられた怖がり屋さんの犬も狂犬病予防注射済票だけで鑑札はつけていなかった

注射済票をつけているだけ良い方ですが 鑑札は紛失したら困るからと言ってしまっている飼主さんは多いですね

鑑札の交付の際に2枚渡すことも検討されてはいかがかと思います

法的な義務は履行されるように指導することが良いと思います

譲渡や 販売の際には 法的義務の履行を徹底して教え そのことが非常時にも役立つことも教えていただきたいですね

少なくとも動物に関する指導的な立場におられる方々には徹底して自らが実行していただきたいと思います

ネットに公開されます写真であっても 芸術写真でない場合の日常の写真であれば首輪も鑑札もない犬の写真は載せないくらいの配慮がほしいものですね

 

2022年10月18日 (火)

2022-10-5 in  Megumi Takeda様情報 なぜ私はこのブログを続けているのか

2022-10-5 in  Megumi Takeda様情報 なぜ私はこのブログを続けているのか
http://eggmeg.blog.fc2.com/blog-entry-1493.html#cm

 

なぜ私はこのブログを続けているのか

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2022-10-17 s.maコメント
「客観的事実を伝えること。特に海外の動物愛護に関する情報では誤りや意図的なデマがあまりにも多いので、それを正し、正確な情報を伝えること」です。
(s.ma注-文字修飾はs.maによる 原文は黒文字修飾なしです)

Megumi Takeda様情報から学ばせていただいたことが沢山あります
海外各国の情報提供の信憑性では 出典を明らかにされていることからも 確かな情報であると信じています
改めて 感謝いたしますと共に 情報の取得能力の高さに敬意を表します

米国の情報に精通されているはずの Y.K氏が提供される情報は米国は動物あいごに関して「非」のない国であるかのような錯覚を抱きかねないと危惧しています
過去にも何度も指摘していますが 既存の動物あいご関係者による 一般大衆への知識提供は「高い所への土盛り」であり 最低のレベルの動物保有者に対しては無視と言って過言ではないでしょう
手の付け方がわからないことと 無駄な努力だと想定されているかのように感じます
それらの指導者たちは 動物との飼育共生に関しては 誰でもが欲すれば可能であるという現状を変えることにも無力のように感じます

例えば 動物の購買にローン設定を可能にされていますが 飼育される動物に対しても 周辺社会対する迷惑を軽減することでも 動物との飼育共生にはかなりの高額な費用が必要です
議論されないことは 業者からの圧力に屈したかとさえ感じさせられます

8週例規制が錦の御旗のようにされていますが ないよりはましな程度であると感じます
店舗に記載された出生日のごまかしは 私自身が現地調査で過去に何度も見てきました

「TOKYOZEROキャンペーン」の主たる責任者と 賛同された面々は 組織とされてのその後の無責任逃避は国民を馬鹿にしているとしか感じられません 
「TOKYOZEROキャンペーン」賛同者からも 環境省も 環境省部会委員からも それらを問題として取り上げることもされないことは 動物あいごに関わる国民を馬鹿にしていると感じます
「TOKYOZEROキャンペーン」副代表理事 ハリス鈴木絵美氏は「Change.org」の日本版代表となっています
「Change.org」の社会的責任の在り方にも関わることであり 何らの意思表示がないことは日本国民を蔑視しているとしか感じられません

安倍晋三元総理を殺害した犯人に対する「Change.org」での減刑嘆願 差し入れや寄付金の多さにも情けないとさえ感じますが「正義」とは何かを問い直さなければならないとさえ感じます
民主主義とは 国民が賢くなければ「民主主義」を装う独裁者に毒される危険性をはらみます

しかし民主制度が正しい結論を導くためには、いくつかの前提条件があります。重要なことがらの1つに、有権者の意思決定の判断の根拠となる情報が正しいということがあります。誤った情報、さらには世論を誤誘導させる意図的なデマにより有権者が意思決定した立法や政策は、正常に機能するのでしょうか。
(s.ma注-文字修飾はs.maによる 原文は黒文字修飾なしです)

過去にMegumi Takeda様が何度も指摘された 著名な法律家や教育者 著名人によるフェイク情報発信に関しても 皆スルーして 忘れられる時を稼いでいると感じます

フェイク情報を発信して平然としている人々が 訂正も謝罪もされないことは 動物あいご活動をする国民を蔑視している証であると言い切れるでしょう

馬鹿にされて 尚 「いいね」を送り奉る 情けないとしか言えませんね

2022年10月12日 (水)

2022-10-4in Megumi Takeda様情報 嘘の上に構築された「殺処分ゼロ」ポリシーは見直すべきではないか

2022-10-4in Megumi Takeda様情報 嘘の上に構築された「殺処分ゼロ」ポリシーは見直すべきではないか

 http://eggmeg.blog.fc2.com/blog-entry-1943.html?fbclid=IwAR0j6nMf8ihb7mD1KaRbiJJiRo1AyvjyNwS3x-2e4peqQxNgZL_EIX6JYuY

嘘の上に構築された「殺処分ゼロ」ポリシーは見直すべきではないか

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2022-10-5s.maコメント
串田誠一氏は国民を危険にさらしてまで「殺処分ゼロ」を達成すべきとお考えなのでしょうか。
(S,Ma注-文字修飾はS,Maによる 原文は黒文字修飾なしです)

私の印象では この人は「レベルの低い動物あいごに関心を寄せる国民からであれば票が稼げる」と踏まれてのことと推察しています
つまりは 串田誠一氏にとっては 動物あいごは議員の席を獲得するための手段であり 動物あいごで動物と人社会をよくするためにとは考えていないと推測しています
そうでなければ 法曹資格をお持ちでありながら 事実に基付かないフェイク情報を発信されることはないと感じます
動物あいごに関心を寄せる国民の多くが 串田誠一氏の本質を知ろうとするための 知識も機会も持とうとしないか 疑うことさえもできないほどに陶酔しているからかと推測しています
事実 名の知れたあの人も串田誠一氏のTimelineで「いいね」をされていると がっかりとすることがあります
私は串田誠一氏は言うならば 動物あいごに関してのフェイク情報発信は確信犯的に活用されているお方だと感じます
それを正さない「動物あいご」の指導的な地位におありである関係者全体にも責任の一端があると感じています

嘘の上に構築された「殺処分ゼロ」ポリシーは見直すべきではないか
(S,Ma注-文字修飾はS,Maによる 原文は黒文字修飾なしです)

環境省自体 動物あいごに関心がおありなのか疑問に感じますし 「殺処分ゼロ」の定義を問いたい

部会委員各位も同じく フェイク情報発信者と知りつつ同席され 議論(?)されることが 責任感を感じられないモラルの喪失であり その場限りの時間つぶしに感じられます

「殺処分ゼロ」に陶酔した 動物あいごに浸る国民を目覚めさせることができる指導的お立場のお方はおられないでしょう 

それは現在の地位をかけて 歪んだ動物あいごの人々と対決をしなければならなくなることをご存じだからではないでしょうか?

私ごときのフェイスブックのコメントに対してでも 動物あいご活動についての批判をしたり 彼らが「尊敬する」指導者とされる「先生」をまもるためには それらの人々を批判すれば 当該記事の削除をし それをとがめられると 元の記事の復活を平然とする輩が「動物あいご活動や」だからでしょう

嘘でもいいから 「殺処分ゼロ」になると信じたい人々の多くの集団が 「動物あいご活動団体」でしょう
串田誠一氏も含めて 日本の中心的動物あいご関係者の多くは 無駄と思われている行為「殺処分ゼロ」の見直しはなさらないと感じます
 
二酸化炭素死は安楽死である~二酸化炭素の殺処分反対は反動物福祉となった
(S,Ma注-文字修飾はS,Maによる 原文は黒文字修飾なしです)

人間の事故死に 電化製品としての暖房器具がなかった過去には「練炭火鉢」による中毒死がありました
中毒になる状態が自覚できない状況で死に至ることは 苦悶がないか少なかったからでしょう

動物の「殺処分」に使用される「ガス殺」は 恐怖の集団となることの弊害が大きいと感じます
個体別に隔離されて「殺処分」されることはほとんどなく 「殺処分」される犬の集団を追い込むことから始まり 閉じ込められて逃げられない恐怖が興奮状態を引き起こし「安楽死処置」(安楽殺処置)にはならないから

「ガス殺」は「安楽死処置」(安楽殺処置)とはならないのです
私が活動していた4-50年昔は 日本各地の行政機関は年間万を超える頭数の犬猫を収容し 施設としても 運営状況としても 行政機関における保管状況の劣悪さは「哀れ」の一言に尽きました

その挙句に恐怖の集団「殺処分」=「ガス殺」となります

それを見かねて 兵庫県をはじめとする周辺地域の犬猫を私が所属していた団体で引き取り 「ペントバルビタール」による「安楽死処置」(安楽殺処置)をしていました

日本国内で動物保管のためのシェルターを組織的に運営する 動物愛護団体はごく少数で 近畿地方では当該シェルターのみでしたから 北は北海道から 南は沖縄からも動物の「安楽死処置」(安楽殺処置)を目的として 飛行便で送られてきた事例もあった時代でした

それを批判する人々は自らは何もしなくて 「ペントバルビタール」による「安楽死処置」(安楽殺処置)さえも「殺処分」反対と叫び 「殺処分」をすることのみを非難して 誹謗中傷に明け暮れていました

その名残は今も当時の悪意ある記事に仕立てた週刊誌を錦の御旗のごとくかざしている 動物あいごでは著名な人がいます
滑稽にさえ感じますが 年間万単位の不遇な動物の処遇には自らは何らの動きもせず 「安楽死処置」(安楽殺処置)に対して 誹謗中傷しかしなかったあいご活動やの輩は 現在は著名人となっています
それが 日本の脱線動物あいご活動に続いていると私には感じられます

現状のうわべの「殺処分」反対派の活動の多くに ネグレクト保管や虐待も見過ごされていることは 動物を救うためとは考えられず 生存頭数さえ多ければ 消費物資の売上高が大きくなる 業者利益につながるから改善は難しいと考えています

行政機関でも 民間団体でも 「殺処分ゼロ」を唱えて 不適正多頭数飼育が多くなり しわ寄せは動物に寄せられます

浮かれた猫ブームの陰で TNRと称して無責任遺棄にも等しい行為が称賛され 動物の苦痛は見過ごし 人の心の呵責の軽減にばかり重きが置かれていると言えるでしょう

「殺処分」をなくしたければ 飼育予約繁殖しか方法はないでしょう
これからを生きる人々がお考え下さることです

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