日記・コラム・つぶやき

2017年4月16日 (日)

2017-4-15 学び

http://www.brh.co.jp/event/

中村桂子先生の深い知識を柔らかなお話で伝えられることに魅せられたことが始まりで JT生命誌研究館へ足を運んでまいりました
4/15
 土曜 14時から蘇智慧研究員レクチャー 聴講してまいりました
 
少し解り難い正門まで 通行中の若いカップルの方にお尋ねしたところ 丁寧に正門へ案内してくださいました お礼を申し上げてお別れしましたが 建物は見えていても正門は奥まったところでしたので助かりました ご親切なお二人様ありがとうございました
 
建物は素晴らしい 環境の中に 豊かさがあふれている感じでした
 
こじんまりとしたレクチャールームも さすがJTと言う印象でした
 
蘇智慧研究員レクチャー
 
「種分化はどうやって起きるのだろうか?」~イチジク属植物とイチジクコバチの研究を通して~
 
生物の多様化 進化 種分化 と1時間にわたるお話は興味ある内容でした
 
質疑で盛り上がり 1時間を費やされました
 
全くの素人は私だけかなと言った感じがしました
 
学問とは 過去の経過を立証することは可能ですが その結果が現在に至るまでのきっかけとなる「何故?」を立証することは難しいことのようです
 
イチジク属植物とイチジクコバチの一対一の共生関係が なぜ 特定の一対一でなければならなかったのか 質問してみました
 
特定のイチジクに 特定のコバチが共生関係を以って繁殖する 
 
不特定のイチジクに 不特定のコバチが受精行為をする方が効率が良いように感じますが 一対一の共生関係なのですね
 
体長1mm程度のコバチの研究をされることにも素人には「不思議」を感じます
 
学問にとりつかれたとでもいうのでしようか? 
 
失礼を棚上げして これもまた ある種の不思議な「共生」かとも感じました 
 
研究者と研究対象の不思議な出会い
 
次の機会に聞いてみたいと思います

「共生」とはともに生きる
 
人も動物も植物ももとは単細胞から進化したものです
 
なのにどうして優越感に浸り ヘイトスピーチをしたり 他宗教を蔑視したり 3Kのような過激な白人優越主義が生じるのか?
「あなたは あなたの祖先を蔑視しているでしよう」 と言いたい
 
犬猫が「殺処分」されることには 人を貶めても攻撃的になる人々が 他の動物 ネズミゴキブリを殺していても 犬猫ほどに騒ぎません 
 
人はなぜ「優越感」を持つことに必死になるのか?
自らが豊かさにかけているからなのか?
尽きない疑問ですに
 
もう 名残となる桜も 未だ見事に目にも心にも「幸」を感じさせてくれました
 
生物の切れない関連と進化の過程を展示されています館のすばらしさ 一度は子供さんたちとご覧になられるといいかと思います
 http://www.brh.co.jp/event/


 
ご参考までにご高覧下さいますようよろしくお願いいたします

2017年3月24日 (金)

2017-3-24今日から「ヨガ」を始めました


 
今日は体験と言うところでした

 

先輩の方々と同じポーズには至りませんが 何とかついてゆくように努力してみます


 
教室まで約15分くらい 歩くことも目的の一つです
 
若い女性の先生がとてもスリムで うらやましいお体です
 
優しいお方なので 続けられそうです
 
 
 
これでも51才までは 「ガリちゃん」の愛称だったのですよ
45kg
をキープしていましたからね
51
歳で 居眠り運転をして 自損事故 緩やかなカーブを曲がらずに 直進したのです
 
 

少しずれていれば川に転落して危うく死んでいたかもしれないという状況でした
峠道で人家の少ないところでしたが 一軒の個人のお宅の私用の橋の欄干にラジエーターまで食い込んで危うく転落しなかったのです 
幸い人様に対して傷つけることなく よそ様の橋の欄干を破損は致しましたが 自分と車で済みましたので感謝しました

その事故で 4週間入院した時から10kg増えて 更年期の頃ですからそのまま減らないで現在に至っています
 
長生きは希望しませんが 独立独歩を保てることを望んで始めました
どこまで可能なのかは「天」に お伺いしなければ不明です

2017年3月 3日 (金)

2017-3-3ひな祭り

2017-3-3ひな祭り

阪神・淡路大震災被災動物救護活動の救護センターで迎えたひな祭りは 忘れられない思い出があります

 
若き日に行政との対話で伺った役所で ご担当の係長の行政獣医師のお方と対話していました

 
そのお方に 「獣医師は常に 動物の味方であっていただきたい」と私が申しましたが そのお方は「私は動物が好きで獣医師になったのではありません」と答えられました

 
私も若かった

 
「このような人と話をするのは無駄です」と言い捨てて 椅子から立ち上がりました

 
話合いに同席されていた 部下のお方が「まあまあ」ととりなされて 対話が継続され 話の終わりには普通にご挨拶をして去りました

 
あの時の「係長」のお方はその後 動物管理センターの所長となられ 阪神・淡路大震災の動物救護活動に際して とてもよくご協力してくださいました

 
そして 思いがけず 33日に 小さなお雛様を届けてくださいました
 
台座の引き出しには五色の金平糖が詰まっていました

 
とても胸が熱くなりました

 
あの時の「私は動物が好きで獣医師になったのではありません」と答えられたことも思い出の一つとなりました

 
以来 ずーっと大切に 引っ越しの度にも一緒に来ていただいています

 
人は思いがけない一面を見せてくださることがあります

このお雛様を見る度に 阪神・淡路大震災の救護活動の喜怒哀楽がよみがえります

残念ですが このお方は人生半ばでお亡くなりになられました
 
亡くなられました獣医師のお方のご冥福を祈りつつ 表面だけでは測れなかった 
199631


本当にお優しいお心をお持ちだったことを思い出しております

2017年1月 1日 (日)

2017ご挨拶

謹賀新年
 
「おめでとうございます」ということも憚られそうな大災害の連続です
 
被災者の皆様にお見舞い申し上げます 

                            私事
 
転宅から8月で一年が経過しました 
 
住めば都それなりに土地に馴染み恙なく過ごさせていただいています
 
転居地は秘密基地と申し上げましたが 過ぎし日に戴きました御恩を忘れることなく 夫も皆様のご協力のお陰様で 静かに気ままに日々を送らせていただいています
 
この年が皆様に良いお年となりますことをお祈り申し上げます
 
 2017/1/1 松田早苗

2016年12月 8日 (木)

2016-12-6 対人「安楽死処置」(安楽殺処置)を考える

2016-12-5オランダ、アルコール依存症(41)患者の注射による安楽死

 

MT

12月1日 5:50 ·

https://static.xx.fbcdn.net/rsrc.php/v3/yB/r/-pz5JhcNQ9P.png

Niederlande erlauben Alkoholiker (41) Tod durch Giftspritze
オランダ、アルコール依存症(41)患者の注射による安楽死を認めました。

In den Niederlanden ist ein 41-jähriger alkoholkranker Vater zweier Kinder auf seinen Wunsch hin durch Sterbehilfe gestorben.
Die Fallzahl sei binnen zehn Jahren um das Dreifache auf 5000 gestiegen....
オランダでは、2人の子供の父親で41歳のアルコール依存症の患者は、彼の希望により安楽死によって死亡しました。
安楽死の症例は、10年経ずに3倍の5,000例に増加しました。

 ヨーロッパでは、オランダ、ベルギー、スイスで安楽死が合法です。かなり積極的な安楽死も認められています。「不治の傷病で」「著しい苦痛が有り」「それを除去することができない」という原則を満たしていない症例でも認められています。

MT 不謹慎な書き方をして申し訳ありません。かつて「オランダでは犬猫の殺処分がゼロである」という誤情報が拡散されました。実際は禁止犬種だけでも年間500頭以上を強制殺処分していました(オランダは人口1,000万人台)。人の積極的安楽死が合法で、年間5,000例もの安楽死があるのに、犬猫を絶対殺さないということはありえません。日本人はゲルマン民族の生命観を誤解し過ぎています。

いいね! · 返信 · 5 · 12月1日 6:00 · 編集済み

 

MT 様いつも情報の提供を頂きありがとうございます

苦痛に耐えることの生き方を自ら選ばれる方はそれはそれでご立派だと思いますが ご自分や他の人が耐えられることを「君が耐えなければ立派な生き方とは言えないね」と苦痛を耐えて生きることを強要しているのが日本の現状のように思います

生命の「所有権」とは表現としては不適切でしょうが あくまでも個人の価値観で 他の誰にも左右されるものではないと思うのです

延命治療は不要と言えば退院してくださいという医師がおられることにも情けないと感じます

延命治療以外に苦痛を軽減させることを配慮できないとは医療の大原則に反すると思います

 
私は医療の原則は「苦痛の軽減」であると思っています

 
肉体的であっても 精神的であっても 自ら死を選択されるほどに追い詰められている苦痛であれば 静かに死を迎えさせてあげていただきたいと感じます

自死は最もつらいことではないでしょうか?

それを助けてあげられるのであれば「死はいけない」ということ以上に「死」の苦しみから救ってあげられると思う思想があってよいと思うのです

説教をすれば我に返って立ち直られるお方もおられることでしょうが 改めてもっと凄惨な死の手段を選択させることにつながることもあり得ます

 
「安楽死処置」(安楽殺処置)によって救われる「生命体」は必ずあります
 
私は究極自分にその選択肢を選ばせていただけるなら どんなにか幸せだと思うのです

2016-12-6MT ご紹介ありがとうございます。松田様のおっしゃることに同意します。しかし松田様のご意見は、日本では少数派なのではないですか。私は、日本ほど「命」を奪うことに対して忌避感が強い国民は珍しいと思います。ヨーロッパの3カ国と、アメリカの一部の州では人の安楽死が合法です。QOLと安楽死を比べて、よりベターな方を躊躇なく選ぶという感じです。その点を日本人は大いに誤解しています。

いいね! · 返信 · 23時間前

 

2016-12-6
MT 
様 コメントありがとうございました
日本では少数派なのではないですか

はい その通りです
 
言いたくても言えないお方もおられるようにも感じます
 
私のような社会的地位もなく発言が自由で 他からの攻撃にも耐えられる覚悟を持つことはたやすくはないでしょうから 万人向きではないでしょう
 
「どんなことがあっても生きていなさい」という教えが日本的な価値観だと思います

 
にも拘わらず 自殺者の多さでは問題とされていますし 老老介護で夫婦や家族間殺害が起こっていることも もっと真剣に取り組んでいただきたいと感じます

強盗が欲望に駆られて殺人をすることと 愛するあまりか 疲れ果てての同情からの殺意かは全く違います

 
後者を犯人として裁かくことが いくら情状酌量で減刑されたとしても裁かれる状況に追い込んだ国家としての福祉の基本が間違っていると思います

 
健全である時期に意思表示をしたものに限ってでも「安楽死処置」(安楽殺処置)を認めていただくことが このような凄惨且つ残酷な決意をさせることから救えると思います

 
少子高齢社会の日本は 尊厳死について 真剣に考慮し配慮しなければならない国情に至っていると感じます
    

 
死は安らかであってほしいと願います

 

2016年10月 4日 (火)

Googleブログ広告について

2016-10-4 広告削除

この広告の表示を停止しました。 元に戻す

 

この広告のどういった点が問題でしたか?

 

○既に購入済み

 

○興味なし

 

○繰り返し表示される

設問のどれにも該当しない

中央上の絵 美しくない 下品な図は見たくない

2016年8月16日 (火)

2016-8-15 終戦の日

2016-8-15 終戦の日

 

73年前 父は妻と子を残して戦地へ旅立ち フィリピンのジャングルで 推定餓死したであろうという  国からの報告が戦後11年目に届きました 

 

「死」の実感もなく 木箱に入った木札を見つめたことを思い出します

 

形ばかりの家族の祈りを奉げたものの 4歳で別れた父のぬくもりの記憶はなく 「父」という役割をしてくれた人がいない そのことが不自然だとも思わずに育ったのです      

 

戦後 物々交換でしか食物が手に入れられない時代に夫がいない 母の苦労は想像に余るものであったと思います

 

その母も 平成25年102歳という天寿を全うしてくれました

 

数少ない家族そろった古い写真が「父」がいたことを確認させてくれます 

 

そして 父母に愛されていたということを心に刻めたことをありがたく思うのです

        

 

平和とは?

 

「戦争反対」「再軍備反対」と言っていれば「平和」が維持できるものではなく こちらが戦う意思がなくても 対する国が戦うと決めれば戦うことになるでしょうが 戦いは嫌だから 戦わずして降伏して奴隷となる覚悟をするのか?        

 

黙っていれば 一国の領土さえも侵略し かすめ取ろうとする「国家」が存在することを 「戦争反対」「再軍備反対」と言っている人々は覚悟のうえですかと問いたい        

 

「戦争反対」「再軍備反対」と言っていれば「平和」が保たれるのであれば 世界から軍隊も軍人もいなくなってもよさそうに思います     

 

現実を知り 現実に即して物事を判断し 備えなければ 敗戦国の運命は 戦勝国次第でしょうから 敗戦国としては 第二次世界大戦とは比べものにならないと想像できる 敗戦後の過酷な生活が押し付けられるのではないかと想像します      

 

【手の届く最高峰が理想 それを超えるものは空想-SMa

【理想の実現には 知識と力と忍耐と理性と幸運が必要であります-SMa      

 

戦争という悲惨な経験をしていない現代の若者と 敗戦経験が理想を超えた「平和主義」となった戦争体験者たちの「平和主義」では 本当に日本が「平和」で安泰し続けられるのか?

真剣に考えなければならないように感じます     

 

全ての犠牲者に黙祷を奉げます

 

 

 

 

 

 

 

 

      

 

 

        

 

 

     

 

 

 

 

2016年8月 8日 (月)

2016-8-8 近況


神戸市三宮で起きた悲惨な車事故以来ずーと考えていたのですが ついに我が愛車を手放すことを決心しました
 
自分で思う「大丈夫」と客観的判断に基つく大丈夫は違うと思えたからです
 
三宮の事故の当事者の方のことを詳しくご存知の方に聞きましたが お気の毒なご家庭の事情がおありだったようです
 
無論 被害者の方々は天から降ってきたような災難ですから たとえどのような事情があっても怒りは収まることはないでしょう
 
そのようなお話を聞いていますと 万一私が50歳の方と同等の条件で事故に遭遇した時 加害者であろうと 被害者であろうと 「高齢者」という修飾語はついて回ると思うのです
 
加害者となった場合には 親族にも責任の追及が及ぶであろうと思いますので 今なら 車も人間()も無傷である今が潮時かと考えてはいました
 
そのようなときに 昨年の転宅に際して 遠路応援に駆けつけてくれた若い親族の一人が 7万キロ走行した車が不調だと申しますので ならば私の愛車をあげるよと言うことになり 話はその日のうちに決まりました
 
高齢者ではありますが かすり傷もなく乗っていましたので自慢の愛車でした
初めての車検を受けたばかりでしたから若い親族は喜んでおります
 
何事も即断即決でやってまいりましたが あまりにもあっさりと譲ったので周囲が驚いています
いそいそと受け取りに来た若い親族 初めての車で遠出となるので 途中までは私が運転して 同行することに致しました 
 
-4日滞在して ハウスメイドをしてまいりましたが こちらに帰るとなんとなく物足らないような さっぱりとしたような 車のない駐車場を見て 本当になくなったと実感しています
 
思いがけず 愛車での最後の行き先が 「某シェルター」であったこと 最後だからとそこを選んだわけではなかったのですがその方面に所用があったので足を延ばしたのでした
 
物事には「潮時」がありますから 今がその時であったのかもしれないと思うのです
 
不適正多頭数飼育の人々も 適切な「潮時」を決意されることを願います
【自分で思う「大丈夫」と客観的判断に基つく「大丈夫」は違う】
と気付いていただきたいお方は沢山おられるようです

兵庫県姫路市の不適正多頭数飼育シェルターが悲惨な状況と聞いています
責任者が辞任されたとのこと 開設当時から多くの苦情が届いていましたが 当の責任者は頑なな方で他人の意見に耳を傾けることはなかった方でした
今日のことは想像できたことだと感じます
遅すぎた決断かと思いますが 後継者がテコ入れをされるとか
確認したいと思います

2016年6月29日 (水)

2016-6-27 高野山参拝


多忙続きの毎日に ネットのどうにも情けない情報の連続

閑話休題ならぬ 気分転換の時間が欲しくて 知らない人ばかりのバスツアーに申し込みをして  715分集合といういうことで 5時起床で高野山へ行ってまいりました

程よい晴れ間に恵まれて バス席のお隣にお座りくださったお方がとても良いお方で 偶然の出会いながら 楽しい一日を過ごさせていただきました 
            
個人の参拝では見せていただけないとの真田親子の肖像画も見せていただきました
おいしい柿の葉寿司とか 名物のゴマ豆腐などお土産もたくさん買い込んで 災害地の方々のことを思うと少し申し訳ない思いもしながらも 無事に帰宅いたしました
          
高野山ガイドの方の心使いが少し足りないと感じてお坊様にお話をさせていただくことがありました
聖域では脱帽 禁煙 携帯禁止の注意がガイドさんからありました
着衣の一部としての帽子をとらない私に執拗に脱帽を促されたので 坊におられたお坊様に直に進言させていただきました
「ウィグも被り物ですし 帽子をとることでいやな思いを余儀なくされる方もおられます 無理に脱帽を強要されることを再考していただきたい」と話しますと さすが お坊様は「ありがとうございました」と仰ってくださいました

ガイドの方に「ご案内ありがとうございました 脱帽のことについてお坊様は快くお聞きくださいましたよ」と申しましたが 逃げ腰で「そうなら それでいいでしよう 私らは教えられたことを伝えているだけ」とにべもない返事 態度もふてぶてしく不快なもので残念に思いました

規則は何のためにあるのか 人を不快にするためではないはずです

「仏さまは心と心で接してくださるのではないですか?

「帽子をとるかとらないかではなく 規則だと促されて脱帽しても敬意を持たない人もいるでしょうし 脱ぎたくない帽子をかぶっていても 心は仏さまに近づこうとする人もいるでしょう」と話しましたが 態度は変わらず ご自分のガイドには自信を持っておられる風でそのような忠告がお気にいらない様子でした
          
道理に外れたことを黙認できない 思うことを率直に言ってしまうことがいいのか よくないのか?
黙っていられないのですね

しかし さすがに鍛錬を積まれたお坊様は「ありがとうございました」と 私の気持ちを受け止めて下さり お偉いと思わせてくださいました
          
梅雨の晴れ間のように心地よい一日を過ごさせていただき心から感謝いたしました

2016年6月24日 (金)

2016-6-23 気が付いたこと

一昨日も今日も私事で役所へ行っていましたが 近年の公務員の方々は本当に丁寧で 優しくなられましたね
 
お若い男性の係のお方と話が弾んでやはり認知症のご家族の対応にお困りのご様子がポロリと
 
そこで先輩としてのアドバイズ 何事にも「優しく」が基本ですよと助言をさせていただきました
 
 
 
同じことを話されるときも 聞く側は 必ず今初めて聞いたこととして受けてあげてくださいねと
5
秒の世界に住むお方に 24時間 365日の感覚ではお気の毒ですからねと
 
「優しい」「おいしい」「きれい」「楽しい」「好き」「きらい」は5秒の世界に住む今も 24時間の世界に住む人の感覚と変わりませんからね 何事にも「優しく」が基本ですよと繰り返しました
 
録音して母に聞かせたかったと苦笑いしておられました
 
みなさん わかっていても「堪忍袋」が小さくなってしまうのですね
 
 
 
病院の職員さんたちの手洗いが気になると書いたことがありましたが 何処で見ていても「手を洗う」ということでは驚くほど手間をかけていない人が多くて 水をさっとかけて濡らした程度の人がほとんどです
 
濡らせばバイキンが繁殖するのに喜ぶだけなので いっそのこと 乾燥したままで濡らさない方が良いかもしれませんね アルコールが置いてあることもありますから アルコールだけの方がまだいいでしょうね
 
 
 
ハンカチ持たない人の多さにも何かがっかりさせられます
 
紙を無駄に使う習慣 衛生面では大切ですが 無造作に5-6枚も使う人もいて 「「資源」のこと考えた゛ことないのですか?」 と聞きたくなることがあります

 
 
清潔が第一の医療の現場で手洗いが粗雑だと他のことにも不安が湧いてしまいます
 
流水で30秒間洗うことが基本ですが守っている人はごく々まれにしか見ません
 
私は石鹸があれば必ず使いますし 丁寧に洗うことが習慣となっています
 
自分のためでもあり 家族や周囲の人々と動物たちのためでもありますからね
 
液体せっけんを小瓶に入れて持ち歩いています
 
 
 
最近ふと 感じたことがありましたが 診察をされるご高齢の医師はご自分の「認知症」の検査はこまめになさるのでしょうか?
「認知症」は自覚なき病気だと思いますが だから余計に他覚且つ多角的な観察が大切ですが 日常のなれた仕事はかなりこなせることもありますから 自分のことでもそうですが 医師の場合には少なからず心配してしまいます
 
しかし 運転免許とともに 医師免許にも「認知症」テストが必要ではないでしょうか?

失礼いたしましたかしら???  ごめんくださいませ          

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