日記・コラム・つぶやき

2018年1月13日 (土)

2018-1-13 過去録の再掲 納税問題

2018-1-13 過去録の再掲 納税問題

もうすぐ青色申告ですね

夫の介護が始まって以来 申告どころではなく 毎年見送っていました

特定の営利業者に吸い取られるのではなく わたしが申告しなかった分は国庫に収まっていると思い 夫ともに高齢者としての 公的支援をたくさん頂いてていますから 還付は戴かずとも由と考えさせて頂いています

         

決してカッコイイことで自己満足しているのではないのですが 領収書は全て保管していますが

領収書の整理等も億劫です

       

本当に必要な方の申告は誰がどのように支援されているのか?

過去録の再掲で 改めて皆様にもお考えいただければとぞんじます

        

目下 子供さんの支援で毎月の引き落としをさせて頂いていますが 複数団体となると年金暮しには余裕綽綽ではないのですよ

それでも年末には「今直ぐ募金」と毎日のようにメールが届き毎月の外に 少額ながら年末特別支援をさせて頂きました

それでも毎日「今直ぐ募金」とくると 発信者のお気持ちはお察しするものの それに応えていたら こちらが「今直ぐ募金」をお願いする羽目になるかもしれず あはははは

心地よいとは言えない 複雑な思いでした

         

複雑な税金の無駄を省けるシステムは 個人番号の活用で 現代のスパコンならできるでしょうに これらも政治家や官僚殿の既得権益ですかね?

世の中 人間社会も 動物対策も 良いことが良いこととして活用されないのですね

           

過去録 再掲させていただきます ご参考までにご高覧いただければと存じます

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松田 早苗

· 2013113 1:38 ·

厚生年金基金から紙台帳を精査したら約2000UPできるとの通知が届きました 

ありがたいがこれに要した費用を考えると申し訳ない気もします

以前に届いていた調査用紙はドッコイさんが仕舞い込んで行方知れずのまま回答しなかったのですが 青色申告にしても 認知症患者の税金対応は不公平と言えばこの上なく不公平です

自己申告しなければ減税にならないのに 当人にも 介護で寝る間もない家族にも申告用紙に取りかかれる余裕はないのです

領収書を添付するにも手間が大変...

 

2017年12月20日 (水)

2017-12-20 死後への想い

2017-12-20 死後への想い
2017/11/20
 機械制作会社 「コマツ」元社長 安崎暁氏が 広告を出されたことが話題となっているようです
 
 
 
癌発病に際しては 特別な治療は受けないことを決意されたそうです
 
高齢者とされてのお覚悟に 心から敬服いたします
 
僭越ながら 私もそうありたいと かねがね周囲に申していますので お気持ちが伝わるように思います
 
 
 
死後に「忍会」を催していただいたとしても ご自分では何かを感じることもできず ならば生前に 巡り合われた人々にたいして「感謝を述べる会」で 人生で最後の感謝の気持ち「ありがとう」をお伝えになられたいとのご意向だとのこと
 
 
12/11
 1000人の人々がお集まりになられ そのお一人づつに手を差し伸べられて「有難う」と伝えられたそうです
 
ご立派で 素晴らしい生き方のラストスパート うらやましい限りです
 
無論 偉大なる社会貢献をされたお方ですから これだけの方々がお集まりになられたのでしょうが 
 
ご当人様のスピーチもなく 唯々会場内を車いすで回られたそうです

お人柄が表れているように感じます
 
下請け会社のお方にも傲慢な態度はとられていなかったと 当の下請け会社のお方が話されています
 
 
1.
 世のため 人のため
2.
 家族のため

3. 自分のため
 
と努めてこられたそうです
 
 
 
私は現在 死を宣告されるような状況ではありませんが 高齢者としてそれなりの覚悟はできているつもりです
 
高額医療は受けない 疼痛の抑制だけを求めますが 治癒を目指すつもりはありません
 
緊急救護活動が必要になった場合にも 人工呼吸も受けたくない 静かに死を迎えさせていただきたいと メモを持ち歩いています
 
 
 
何時かは迎えるその時は まだ不明ですが 明日かもしれません
 
私は 多くの方々に支えられて 励まされて 動物とのかかわりに生きてまいりました
 
今も批判を受け続けてはいますが 私なりには何らの後悔はありません
 
その時代にできる限りの努力はしたと自負しています
 
口とペンで誹謗中傷に明け暮れた人々をお気の毒としか感じていません
 
そのような姑息な生き方をしないで 生きてこれたことは ありがたいことだと感じています
 
できることなら お一人々に「ありがとうございました」と申し上げたいところですが 心で申し上げさせていただきますのでお許しください
 
親族にも 私の頼みとして どなたにも報せないでと伝えています
 
去るものは日々に疎し
 
良い言葉だと思います
 
 
 
人生観はそれぞれですから その方が一番いいと思われる最期をお迎えになられることが良いのでしょうが 尊厳死としての対人「安楽死処置」(安楽殺処置)を法的に認めていただきたいと念じます
 
石にかじりついても生き延びたいと希望されるお方にはそのようにして差し上げて頂きたいですが 壮絶な死をも選んでしまわれることもあり 自死を選択される方々がふえている近年の状況からも 人としての最期の時を安らかに見とれる「安楽死処置」(安楽殺処置)は多くの人々に救いとなると信じます
 
心ある議員の方が 取り上げてくださることを願います

2017年12月18日 (月)

2017-12-18不安が大きい認知症対策

2017-12-18不安が大きい認知症対策
 
日本の国会は肝心な議論が 知識不足で できないのか?

したくないのか?

 
 
加計問題も森友学園問題も議論が無駄とは言いませんが 時間をかけている割合が多すぎて もっと大切な問題を取り上げられず 日本の将来についての認識がどれだけおありかと問いたくなります
 
 
 
突っ込みやすい金銭問題は 派手に議論ができて 叩きやすいからであろうが 最近の国会はそれしか論じられていないかのような印象さえ受けます
 
報道の仕方からも 書きやすいからかもしれなませんが 他の重大問題が忘れられているように感じて情けなく思います
 
汚職防止については大切ですが 国民にとっての重大性から図ればもっと重要な課題は沢山あるでしょう
 
その一つに「認知症」対策があります
 
日本でも医学的には多くの研究が進んでいるようですが 国家として 高齢化する社会問題としての将来象が論じられていないように感じます
 
核戦争に対する対策で 庶民のシェルターが皆無と言う状況と同じく 大切なことについての議論が後回しにされている感が否めません
 
 
 
「認知症」発症後の介護問題は大切ですが 予防的な対策の基本が少なすぎるのではないでしょうか
12/16
 NHK-BS放送大学で「認知症」の予防的とりくみについて取り上げられていました
 
 
 
英国では 専門医師に対する「認知症」予防対策についての努力実績について報じていました
 
予防効果が上がれば 点数が加算され 患者の症状が改善できたことに対しても加点されることで 予防に重点が置かれ 指導の時間を十分にとれる仕組みです
 
日本では 治療に対してのみ点数が取れるが 予防対策に時間がさける余裕がないのが実情のようです
 
治療についての明るい見通しも見えてきているようです
 
発症後の治療よりも 発症前の「MCI」という段階で発症を遅らせる研究が進んでいるようです
 
 
 
英国では 産業界も含めて社会全体が「認知症」等の成人病対策に着手されているようです
 
市販されている加工食品の食塩含有量制限等も規制されて 国家的な成人病予防対策に国家予算を割いておられるとのことです
 
合理的で実効がある施策として これらのことこそ真似る価値があると感じます
 
既得権もあるでしょうが 国民の生活レベルに関わることは 国家予算の節約にもつながることですから 目先の損得よりも 将来のための大きな損得勘定をしていただきたいものです
 
 
 
悲観的な病とされた「認知症」にも希望的観測ができるのであれば 国家を上げて取り組まれることを念じます
 
「認知症」予防には 1週間に3時間 すこし息が弾む程度の速足歩行が効果的だそうです
 
歩く速度が遅くなったと気が付かれたら 専門医にご相談になられ 発症前の「MCI」という段階であるのか 判断を仰がれることが良いようです
 
秒速 80㎝ 時速 2.9㎞ を目標にされると収容そうです
 
横断歩道が 制限時間内に渡り切れなければ 要注意だそうです
 
明るい兆しが見えた「認知症」について 正しい知識を持ち 国民が国家に対しても 適切な対策をとっていただけるように 働きかけたいものです
 
 
 
添付写真でNHKの忠告が表されていますが 視聴料は完納しています
 
改めて 電話で報告させられることに抵抗を感じて そのままにしています
 
集合住宅としての設備なので BSは 個人での視聴か否か選択の余地はなく集金されています
NHK
の視聴料を払わない国民も増えているそうですね
 
私は 放送大学学生ではありませんが 知識の取得には役立たせて頂いています

2017年12月15日 (金)

2017-12-15脆弱な日本の危機意識

2017-12-15脆弱な日本の危機意識
 
米朝状況で 緊迫する世界情勢も 身近な動物問題も 日本人的発想は楽天主義に思えます
 
「何とかなる」
 
「善意があれば相手に通じる」
 
「軍備に掛ける費用は無駄で 精神力で平和は維持できる」
 
「殺処分ゼロ」「ノーキル」と言っていれば 不都合なことは見ないで置けば 不幸な動物もいなくなり 「殺処分ゼロ」「ノーキル」は何時かは実現できる」
 
確かに目の前のことだけで 他は知らないとして 不都合なことには関心を持たなければ気楽に暮らせるでしょう
 
 
 
諸外国では 早くから地下鉄の活用等も含めて核戦争に備えてシェルターを備えています
 
日本では特定の富豪が個人用シェルターを購入されているとのこと
 
一般の国民は隠れる場もなく死を覚悟しなければならないのか?
「何とかなる」

 
も必ずしも悪くはないが ことの重大さで異なるでしょう
 
個人の力で何とかならないことまで「何とかなる」と思える気楽な生き方は覚悟があれば良いが そんなはずではなかったでは全ては終わることを覚悟しなければならないように思います
 
 
 
政治家の責任は重いが 国民の無関心か行き過ぎた「善意解釈」が政治家を臆病かつ暢気にし 事なかれにしているともいえるのではないかと感じます
 
この程度の国民に似合ったこの程度の政治家
 
 
 
北が核を持ちたがることは当然と言えるように感じます
 
他に何もなければ 世界が最も恐れる「核兵器」に頼ることは 世界に注目される国家となれる
 
その通りに世界は北に注目せざるを得ない状況です
 
核拡散反対と言って日本が賛同しないことを批判されるが 日本の國力で米国に依存している現状では現実的な判断であり 「米国に反対するなら自力で守れ」と言われたらそれまで
 
米国に守られなくなれば 日本は自力で全力で防衛しなければならなくなり 戦力が上がれば米国からも敵視れるかもしれません
 
世界には地球が7?破壊できる核兵器があると言われた時代があったが 多少は核兵器の保存数が減ったとしても 世界の核兵器が作動すれば 地球がなくなる程度の数量だと言われている
 
人類のすべての人間が精神が健全だとは言い切れないこともあるでしょうから 何時その気になられるのかは予測不能であり 核兵器が地球にある限りは不安はなくならないでしょうし 不安があれば核兵器はなくならないでしょう
 
現実的な「悪」は理想を唱えていてもなくならないでしよう
 
蔑視されることを覚悟で言えば 「独立国はすべて核兵器を保有すること」が核抑止に最も効果があるのかもしれません
 
 
 
自分の価値観と他人様の価値観とは似て非なるものであり どちらが正しいのかは 後世でなければわからないことでもあるのでしょう
 
【手の届く最高峰が理想 それを超えるものは空想-S,Ma
 
世界的には「核拡散反対」
 
身近なことでは 飼育動物の「殺処分ゼロ」「ノーキル」
 
現実の問題としては何か「絵に描いた餅」のようで空腹は満たされないと感じます

 

2017年11月13日 (月)

2017-11-12 仏教と自死に関する国際シンポジウム(関西大会)まつだコメント

2017-11-12 仏教と自死に関する国際シンポジウム(関西大会)まつだコメント
 https://www.facebook.com/events/1758582174184285/1791230850919417/?notif_t=admin_plan_mall_activity&notif_id=1510284323394113


 
ヨガのレッスンを終えて 時間がないのでヨガマットを背負い 昼食も摂らずに会場へ滑り込んだ
 
何とか初めから聴講はできた
 
昨日今日は疲労困憊で 横になっていた
 
罰当たりだったのか?
            

 
しかし 感動するには至らなかった
 
休憩ごとに聴講者の数が減っていったのも あるいは時間に拘束されたお方もおられたであろうが 私と同じ思いをされたのかもしれないと感じた
 
私はそれでも 最後まで座にいて質疑まで確かめた
 
私も質問を入れたので あるいはと思う気持ちはないとは言えないのであったが お答えにはなれないであろうとも感じた
 
 
 
質問
 
インドにおけるカースト制度で 貧困にあえぐ人々がいる
 
牛に救急車が用意されるが カースト下位の人間には医療さえも与えられないのはなぜか?
宗教に分派ができるのはなぜか
?
           

 
答えられないことは当然だとも感じる
 
仏教の教えの元であられる「釈迦」の教えをひたすら信じて実践されるなら 分派などされることはないというのが 浅はかな 無学な 正直な私の考え方
 
キリストの教えについても マホメットの教えについても同じ
 
それゆえに 後世の人々が都合よく解釈された宗教には信頼感が乏しく 信じられる人々はお幸せであればそれで大層結構であり 救われておられることもお幸せなことであるので何も異論もない
 
私は 現在の既存の宗教に救われたいとも思わないし 信頼の全てを寄せることもできない 
 
宗教家からは多分「不幸な人」と評されると思うが それでも心底信じることができないのに信じた振りもできないから致し方ない
 
 
 
心から尊敬できる宗教家に出会わなかったからかもしれない
 
宗教にも「金=経済力」がまつわることも仕方がないとは思うが好意的には感じられない
 
今日の「そこまで言って委員会」でも宗教法人税が取り上げられていた
 
信教の自由は当然だが 無宗教で生きる自由もまた当然
 
宗教の拡大のために税制優遇されるなら 無宗教で生きる人にも何らかの税制優遇措置があってよいのではないかと感じる
 
宗教団体の資産となる広大な敷地の確保も関係ないし 相互互助の恩恵もない
 
宗教は常に自らが信じる宗教が最高位でなければ意味がない
 
だから 信じないものを哀れと言う感覚で蔑むことになるように思う
 
無宗教であれば 他の宗教を貶めることも必要ない
 
私は一人教祖で一人信者と言っている
 
人智を超える力を現存の宗教で補おうとされるには無理があると感じるが 全てを科学で説明しきれないところに宗教が生まれたと思う
 
地球がある宇宙のほかにも宇宙があると言われると それを科学で究明できるのに地球の余命35億年?には間に合うのだろうか?
人生が130年となるようなことを聞くと 「幸」がもっと々遠くなるようにも感じる

 
長生きが「幸」と刷り込まれたのは自殺者が増えた要因の一つでもあるように感じてしまう
 
短命でも「幸」な人生もあり 長命でも「不幸せ」な人生もある
 
自殺者が家族共に非難にさらされることは 生きていることの「意義」を深く感じていないからかもしれない
 
人にも動物に対しても単に生きていれば立派とは言えないと思う
 
 
 
律蔵のなかでは、他人を殺すことは罪という文脈はあるが、自分で自分を殺すことについての言及はない。あるいは、身投げは悪だという項目もあるが、これは単に飛び降りるなといっているだけ。飛び降りると下の人が危険だから、飛び降りの禁止なだけ。
 
此の一言はとても共感する
 
凄惨なご遺体に向かわれる方々のことも思い至っていただきたい
 
ご自分が「死」によって苦しみから救われたということになっても 生きている人々を苦しめてはならないであろうが そこまで考えられないから 「自死」となられるのか?
              

 
仏教で人を殺してはいけないという法律があるが、それは重要物語がある。この世は一切皆苦、苦しいんだという教えによって、みずから死んだり、人を殺したり、人に殺してもらったりする事件がおきた。
 
人に殺してもらったりする事件
 
と言う表現は殺された人の人格を傷つけるように感じる
 
時には嘱託殺人もあろうが 普通には 被害者であり 頼んで殺されることは珍しいことだと思うが 宗教家故にこのような表現となるのか? 説明不足なのか?
私には違和感が残る

 
 
 
結論、一番古い仏教経典、最初期の経典に、自殺が罪悪、犯罪、いけないことであるという記述はない。その後の時代の変化のなかで、自殺が悪いという記述はあるものの、最初期の経典にそのような記述はない。

そのことは教えが時代によって変えられて行ったことの証明であり 時代の価値観の変化で宗教の解釈が変わることは普遍的ではないからだとも感じてしまう
 
ど素人の勝手な解釈と嘲笑されるであろうが そのようなことが積み重なって 「営利的な宗教」かできるのかもしれないと思ってしまう
 
 
 
自殺にまつわる世間の画一的なイメージは残念に思っている。自殺で亡くなった人は弱い人、罪だ、おかしい人だという声が残念。それは生きている我々が勝手に決めつけている。世俗で欲望にまみれて生きている我々の方が、仏教的な人としては劣っているのかもしれない。
 
 
 
亡くなった人の顔をこっちが判断、ジャッジしてはいけない。生きている人も様々な気持ちで生活しているように、死んだ人も様々な気持ちで死んでいった。
 
自殺を称賛することもないが 貶めることもない このことばには賛同する
 
 
 
インドは元々カースト制のもと差別されていた。仏教は生まれで人を差別しない。
 
之には大きな違和感を持つ
 
差別されている カースト制下位の人々が 聖なる「牛」以下であって 救えないで 貧困 レイプ等に苛まれていても放置されているとしか見えない 
 
仏陀の国としての誇りは何処かと問いたい
 
宗教」の救いとは何か?
               

 
基調講演にも パネリスト各位にも これぞ宗教家仏教は素晴らしいという感じは持てなかった
 
多分に不遜であるからなのだと自覚はしている

2017年11月 3日 (金)

2017-11-3 文化の日に考える

2017-11-3 文化の日に考える

最近の日本人はどうなってしまったのか?

モラル崩壊とみられる所業が次々と報じられる
 
尤もやってほしくない職種である政治家 大企業 警察関係者 報道も含めてと言うところが恐ろしいと感じる 
 
雇用における「ブラック企業」 中小ではなく 業界を代表されるような大企業さえも名を連ねていることは 日本全体がモラル崩壊に進んでいるようで恐ろしく 情けない
 
動物に関する活動にもモラル崩壊は見られる
 
 
 
人間の「幸」とは何か?
先ずは安心安全ではないかと感じる

 
それに加えて 「豊かさ」を求めることになるのだと思う
 
「豊かさ」とは何をもって豊かであると感じるのか?
人それぞれの感じ方は違うと思うが 最も基本とされることはやはり「安心安全」ではないかと思う

 
人や製品を信じることができる「安心」
 
日々生活することにおいて「安全」であることを意識できること
 
どれを見ても不安な状況であることは すべての国民が考えなければならないのではないだろうか?
「文化の日」

 
継承したい優れた文化を維持するためには「モラル崩壊」は絶対に避けたいと感じる

2017年10月31日 (火)

2017-10-31 偉大だった吉田茂元総理 

2017-10-31 偉大だった吉田茂元総理 
吉田 茂(よしだ しげる
1878(明治11)/9/22 生 
1967(
昭和42)/10/20  89才永眠 
1967(
昭和42)/10/31 国葬
葬儀は東京カテドラル(カトリック教会)で行われた

10/31戦後唯一の国葬が日本武道館で行われた

官庁や学校は半休 テレビ各局は特別追悼番組を放送して吉田元総理を偲んだと記録されている

今日 10/31は日本国として 戦後唯一の国葬でその死を悼んだ 偉大な政治家吉田茂元総理を偲ぶ日であると思います
         
私の父もまた 国のためにと命を奉げた人でしたが 吉田茂元総理とは比べようもありませんが 9/22は私の実父の誕生日でもあります
それ故ではありませんが 吉田茂元総理には特別の敬意を感じます
敗戦国であっても 自尊心は失われずに 戦勝国アメリカと復興のための交渉をしていただいたことが今日の繁栄の基を築かれたと思います
「政治家」として尊敬を一身に集めておられるお姿は 今の票集めにのみと言いたくなるような政治家とは格段の違いがあると思うのです
時当に 衆院選を終え 当落各位がそれぞれに語られる言葉には「なるほど」「さすが」と感嘆できる言動に出会うことがないことは残念に思います
心底尊敬できる政治家が 日本を世界から尊敬される国に磨き上げてくださるようにと 願いつつ 国民の一人としても「無関心」で生きることはしたくないと思います
ユーモアと政治家手腕 確かな自信に満ちておられた吉田茂元総理
何時の日か 吉田茂元総理のように傑出された政治家が表れることを願いつつ 若い国民には その名さえも語られることがなくなりつつあるように感じますので 改めて この偉大だったお方を偲びたいと思います
静かに ご冥福をお祈り申し上げます

2017年10月15日 (日)

2017-10-13選挙について考える Ⅱ


2017-10-9
 選挙について考える をUPさせて頂きました
 
【左翼的な人々は 果たして「リベラリスト」なのか?
 
と書きました
2017-10-13
 付け スマホ情報のサンケイで「リベラリスト」を取り上げていました
 
日付的にはメディアが当方の後追い!! したと言いたいところですが メディアも着目されたことは それなりに問題視されたのだと感じました
 
その後 盛んにメディアで「リベラリスト」が取り上げられています
 
「リベラリスト」で検索したら http://S-ma.cocolog-nifty.com/ も上がっていました
 
 
 
諸外国での意味付けと 日本で使われている意味には違いがあるとのこと
 
検索から見つけた以下のご意見に関心を持ちました
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2017-10-13
参考資料
 http://www.tachibana-akira.com/2016/05/7262

「リベラル」が嫌いなリベラリストへ

投稿日:  作成者: tachibana

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とても考えさせられる内容です

 
日本を代表される「学者」について 改めて考えてしまいました
 
ティアハイム誤情報の発信をされている 動物に関係される「学者」の方々とも相通じる別世界の住人
 
のような印象です
 
文字(学問だけ)が主流の世界に住まれると 現実の世界にはフェイクでも夢想でも違和感が無くなるのかもしれないと思ってしまいます
 
 
 
選挙戦も熱戦が繰り広げられています 
 
日本を自尊心が持てる 適度に軍事力を有する独立国にしたいのか?
無力で 他国に都合の良い 従属国を作りたいのか
?
現状で自称「リベラリスト」には後者が頭に浮かんでしまいます
 
皆様はどのようにお考えでしょうか?

2017年10月 9日 (月)

2017-10-9 選挙について考える


 
広辞苑
 
リベラル liberal 
1
個人の自由、個性を重んずるさま。自由主義的。
2
自由主義者。
 
と示されます
 
 
現状での 憲法改正について 肯定的か 否定的か と言う観点では 「リベラル」と言う表現ではなく 肯定派 否定派と表現することで よりわかりやすくなると感じる
 
集団的自衛権 を改悪とするなら 日本一国で すべての侵略を自衛しなければならなくなる
 
であるのに 自衛隊は違憲とされるのは 何もしないで「侵略者が来たら話し合おう」ということになるのか?
緊急時に話し合っている余裕があれば良いが 防衛力が弱いから攻め取れると 邪な考えで突然侵略された場合にはどうされるのかも 示されなければならない

 
「私たちは軍事力を持たない平和主義思想ですから 侵略しないでください」
 
と言って 引き下がらせることができるのか?
      

 
左翼的な人々は 果たして「リベラリスト」なのか?
憲法改正を肯定するか 否定するか の違いで 否定する人々が「リベラル」と言ってよいのか
?
「リベラル」と言う方が印象に良いからか
?
左翼支持メディアの 印象操作の一端にも感じられる

 
 
 
「自由主義者」とは 左にも右にも 偏らない いろいろな発想ができることを示すものではないのか?
「立憲民主党」が「リベラル」と言うには 広辞苑の説明からは無理があると感じる

 
「立憲民主党」とは現行憲法のみを永久に維持する考え方なのか?
何かの条件次第で 新たな憲法制定をされるのか
?
そうであれば それはどのような状況で 新たな 憲法制定をされるのか
?
       

 
横文字にすることで 印象が変えられることは商業関連の範囲にしていただきたい
 
選挙公約に関しては 具体的に 憲法改正肯定 か 否定で示していただきたい
 
「立憲民主党」が「リベラル」と言うには 合点がいかない

2017年10月 8日 (日)

2017-10-7小池知事の主張と野党の主張

10/7 10ch 9;30~  選挙情報  希望の党分析?
小池知事は

 
公約の名は「ユリのミクス」とでも称します!
とのフレーズで 12の「ゼロ」を示されたとのこと

1 原発→2030年目途

2 隠蔽

3 企業団体献金

4 待機児童

5 受動喫煙

6 満員電車

7 ペット殺処分→

8 フードロス

9 ブラック企業

10 花粉症

11 移動困難者

12 電柱

 
 
小池知事の価値観として取り上げられたことであっても 国民すべてが支持できるのかは疑問に感じる
1
 原発について2030年目途とされた根拠は?  廃炉だけでもそう簡単に短期間でできるとは考えられない
2
 隠蔽 については 内部から小池知事自身が問われ党籍離脱者が出ている

4 待機児童と共に貧困児童についてはどのようなお考えなのか?
6
 満員電車については 鉄道運行会社の協力なくしてはできない 

 
単に法令か条例規制しても 現実的に積み残しが出るのであれば 満員でも乗車できる方が良いということも言える
7
 ペット殺処分についてはゴマすり公約→膏薬(貼って剥がす程度)かと感じる
 
 何度も示しているが どのような手段でゼロとなったと証明されるのか?
      
児童等の対人例については戸籍がある限りは 証明可能だが 無戸籍児童もいる現実で ゼロと言い切れることはできないとも感じる
      

 
動物については マイクロチップによって完全に個体管理ができたと仮定しても 登録等法令順守義務違反者はなくならないのが社会であり 気楽すぎる主張だと感じる
      

 
行政機関での「殺処分ゼロ」なのか 日本国中の動物の「殺処分ゼロ」なのか不明であり 日本国中の動物の「殺処分ゼロ」であれば 虐待 ネグレクトにしないための方策も併せて提示されなければ意味がないし 証明できる手段も提示されなければ「言葉遊び」に過ぎない
      

 
ペット殺処分とされているが 野生鳥獣についてはどのようなお考えなのか?
「殺処分」禁止とされた台湾等での現実をどのように判断されるのか
?
      
法的に取り上げる順序として 「貧困児童ゼロ」が優先されなければならないと言いたいし 高齢者の家庭内介護についての現状を改善されることの方がはるかに重要課題であり 「
ペット殺処分ゼロを」項目の7番目に入れるということは単に人気取りに陥っているとしか感じられない
      

 
経済力もない 体力もない 施設にも入れない 孤独死対応を示していただきたい
 
国民の「孤独死ゼロ」に優先して「ペット殺処分ゼロ」が表明されること自体が 国の施策を真剣にお考えなのかと問いたくなる
      

10
 花粉症 についても 法律で規定できることではないと感じる
 
人体は100%の 確率で 同一の発症原因や 治癒の断定ができるとは考えられないのに どのような医学的根拠で10 花粉症ゼロが達成できるのか? 単に発病の予防か治療効果についての規定なのか?
発病の予防であれば 原因植物を淘汰されるお積りなのか
?
防護マスクを配布されるのか
?
治療無料化されるのか
?
      
ゼロと減数は明らかに異なることであり 12の項目について「ゼロ」とされるための手法が同時に示されなければ 一人合点と言わざるを得ないと感じる

 

「立憲民主党」について番組内で コメンテーター氏から党名としては立派だと評価されていたが 単に憲法改正阻止だけを主張されると 本当に日本国民を守るための手段も示していただきたいし 「話合い」と言われると 「話合い」が嫌いな国が周辺に多く 軍事力を強化し既成事実で日本の固有の領土も侵略しようとしている国々のことは 野党であってもなぜ真剣に相手国と話合われないのか?
       
話合いの成果でも示されるのであれば 憲法改正阻止の説得力も生じるが 単に日本の国力を弱めて 他国の利益が増すことに無関心ではないのかと案じられる

 
国会議員諸氏の中には 日本を良い国にしたのか 弱い国にして他国に準じることを是としたいのかと 判断に迷うことがある
 
 
 
選挙権を得てから 棄権をしたことはありません
 
投票後に後悔したことは何度かありましたが 議員諸氏の良心までは見抜くことは困難です
 
それでも棄権はしない
 
議員になられる方々が 国民を裏切ることのないようにとひたすら願うことしかできません

 

それでも 選挙で意思表示をすることは国民の義務だと言いたいです

 

 

 

 

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