2023-2-17 過去録再掲 動物福祉とは何をするのか?
三度過去録再掲ですが 変わらない動物あいごと災害時対策は 何度提示しても十分には考えていただけない
目先の「ノーキル」にとらわれた「あいご活動」?の「つもり活動」は 果てしなく続くのかと感じています
動物福祉を見捨てでもわが心の安寧に固執して「ノーキル」から離れられない
奈良市が行政機関として3年連続殺処分ゼロと報じられていましたが それなりにご立派ではありますが 「地域猫」や「TNR」で遺棄された猫たちの生死不明の頭数は読まれないですから 社会全体としての殺処分問題は残っていると感じています
根性が悪いと言われるでしょうが 貧困児童をさておいての
動物あいごへの公金助成は再検討されたいとは感じます
松田 早苗
2017年2月17日 ·
読者様への返信
【何が一番大事か考えると「うちの仔」なんですね。】
はい 私もそう思います
同時に 誰にも存在を知られないで「生きている」 また 人の「ノーキル」発想の影響で「生かされている」動物たちもいますね
残念?と言いますか 私はそれらの動物たちの苦境を知ってしまいました
48年前にタローと名付けた1匹の成犬となる前の5~6ケ月くらいの子犬に出会いました
その頃はまだ「動物福祉」と言う言葉も知らず 知識もゼロ 単に「かわいい」と「かわいそう」だけで我が家に迎えることになりました
その経過は説明すると長くなりますが この犬を迎えることに 積極的に自ら求めたというよりも 状況がそのようになっていったということなのです
飼主のないかわいそうな犬とだけ聞いていました
我が家に迎えて半年も過ぎるころ この犬の素性がわかりました
同じ市内とはいえかなり離れた山手のあたりで いつもこの犬のもとの飼主宅付近を通行される方が いつみても親子で 踏んだり 蹴ったり 叩いたりの暴行を加えていたそうです
ある日 犬だけが離れて道路にいたので とっさに連れ帰ってしまわれたそうです
その後 その方の友人知人のところへお願いしたものの 間もなく返されて困っておられました
(S,Ma注-振り返って感じることですが 普通のご家庭では飼育したくならない 犬小屋の奥に隠れたまま 何事にも無反応な子犬でした
対人恐怖症からだったとは のちに気が付きましたが 私が意識して相手になることを強要しなかったことが 結果的に正解であったと後に得た知識で知りました)
そして 直ぐ近所だった私に声が掛かりました
当時は共働きでしたから 躊躇したものの その愛くるしさに惑わされて 引き受けてしまうことになりました
迎え入れても 当座は全く鳴かないし ベランダから 室内に誘っても入っては来ませんでした
そしてしばらくの後に この犬が虐待被害犬であったことを知らされました 事情がわかると 鳴かないこと 人のそばに来ないことの理由がわかるような思いでした
一層愛おしくなり 我が家の一員としてそのまま14年間の天寿を全うするまで終生を過ごすことになりました
この犬を迎えたことで 被虐動物のことを知り もっといろいろと知りたいと思ってグループ活動に参加しました
知るほどに 何とかしなければと思うようになりました
シンポジュウム等に参加して知識の取得に努め いつも最前列で手を上げて質問していました
行政機関との交渉にも 業者の調査にも 飼主訪問にも 可能な限り時間を費やし 状況改善のために努力をしてみようと思ったのです
先ずは 茶道 華道 木彫と趣味を全て捨ててしまいました
そうせざるを得ないほどに時間をとられました
ボランティアが歩けば 浮浪動物に出会う という時代でした
民間の動物の飼い方も粗末でした
飼料も家人の残飯が普通でしたし 屋外飼育は当たり前で 伝染病も多くて 平均寿命が6~7年とされていました
行政機関の「殺処分」方法も 保管管理の状況も 今とは天国と地獄の差ありました
行政機関で引き取られた動物たちはあまりにも多数であり 保管場所がなく段ボールに入れられたまま積み上げられて 下は圧死している それ以前には 大型も小型も成犬も子犬も 同居で共食いもありました
行政機関の「保管施設」はほとんどが窓もなく 空調もない コンクリートの立方体でした
そのような社会状況を見て見ぬふりはできず せめて「安楽死処置」(安楽殺処置)をさせてやりたいと行動したのが 私の所属していた団体でした
当時では珍しい ベントバルビタールが用いられました
行政機関での「殺処分」に不満と義憤を感じた全国の動物福祉に関心があった人々は 北は北海道から 南は沖縄まで 空輸でも 私たちのシェルターに「安楽死処置」(安楽殺処置)を依頼してこられました
当時は神戸市内の繁華街にも犬も猫も毎日と言っていい程度に浮浪していました
その結果 私たちの運営シェルターの年間の最多収容頭数が12000匹を超すことがあり とても終生飼養などできるわけもなく 「安楽死処置」(安楽殺処置)に追われたというのが実態です
「殺処分」するなと言い続けた人々は対応行動としての 実効性のあることは何もされず 単にベンと口で誹謗中傷に明け暮れ 挙句に週刊誌に垂れ込みました
主に誹謗中傷していたそれらの人々が住んでいた 大阪府は当時としても最悪の保管状況で 当該シェルターに連れてこられる動物の半数以上が大阪府からでした
週刊誌は 事実を興味本位に取り上げ皇室叩きの延長に 売れる読み物として書くことで 真実を知らされない 知ろうと努めない世間は「殺処分」を非難し その流れは今も続いています
当時の誹謗中傷のサンプルのような週刊誌を今も後生大事にブログに残しておられるお方がいます
今は動物あいごの人々の間では大物らしいですが 人を誹謗中傷し 人を貶めて 捏造したこともメディアに訴える それらの嫌がらせをする人が 本当に動物を愛していると言えるのかは 今も疑問に思っていますが 一度得られた「ご名声」は私など歯が立たないところですし 社会はうわべが繕える人が「えらい」お方になるようになっているようです
実力もおありなのでしょうから「仕方がないこと」の一つです
阪神・淡路大震災までは動物愛護団体と言ってもわずかしかなく 実行動で動物の保護収容活動をするところとなるとほんの少しでした
阪神・淡路大震災当時も悪意のデマは飛び交いましたが そのデマの続きが 被災動物を数千匹「殺処分」していたという 団体の代表理事名での愚かな誤認情報に基付く事実無根の記事で 各政治家やその他の関係各位に送付したと自慢そうに書いていました
この件では 続けて此方も執拗に謝罪訂正を求め続けましたが 当該団体所属だったNさんお一人は謝罪されましたが 首謀者の団体代表は 自分の名をネットに流すことが「名誉棄損」に当たるとまで言っていたようです
錯覚と傲慢 滑稽もここまでくると
軽蔑することしかできません
自分のHPで 自分の書くことは信用するなと言う類の書き込みまでするような輩が 未だに「動物虐待防止とかでご活躍」のご様子です
これらの事実からも日本の動物あいごの脱線振りは「仕方ないと思います。」につながりそうです
しかし それでは 日本の動物は救われません
被災動物救護活動では全国初の官民協働作業となり 絶対に「殺処分」はしないと決めて活動をしましたし その活動には多くのボランティアさんが全国から参加してくださいました
それらの方々に対しても 被災動物救護活動についての誹謗中傷は許せないと思いました
被災動物救護活動の基本は 飼主がおられる動物か否かが判断できないというところで「殺処分」はしないと決められました
日常の保健所とされての活動もすべて休止されて 被災動物としての保管 飼主返還 譲渡 治療に専念しました
総数 1556匹保護しました
書ききれませんので もとに戻ります
動物あいごに携わられる方々が
真実を知ることから初めていただきたいと思います
まつだ についてさえも 10年前に現役退任してすべての役職も肩書もない現状ですが 敵視している輩はまだ「殺処分」に専念しているかのような書き方で あの手この手で嫌がらせをしています
動じている輩の言い分も「老害失せろ」とか 「どんどん殺せですか」とか
知り尽くしたつもりになれるのんきな人々です
自分たちは現実の活動をどれだけされているのか 実態は知りませんが すべてを知り尽くしたかのような態度で「コメント」を楽しんでいます
私たちはこれだけの活動をしていますというところはあまり印象に残らないので不明です
一部の人は 餌付けとTNRはしているのでしょうが
ご自分の飼養猫も屋内飼育反対で 内外 自由行動が猫の幸と主張している人もいます
動物はお好きでも
人間社会に対しては配慮ができない人々のようです
私とは生き方が違うので お好きにどうぞと言ってあります
此方も懲りずに 5フリーダム(5項目の自由)に基付く「動物福祉」の向上を訴えています
多くの思いを同じくしてくださる方々に励まされています
「仕方ないと思います。」
と思われることも「仕方ないと思います」が
真実を知ることには努力していただきたいと思います
また ご意見を頂ければ嬉しいことです
よろしくお願いいたします
長くなりましたことごめんください 松田早苗
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