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2022年12月

2022年12月24日 (土)

2022-12-21 年の終わりに思うことと感謝

2022-12-21近況
いよいよ2022年の終わりですね

多くのことがあった2022年ですが ウクライナの惨状は「平和」と「戦争」が簡単に入れ替わることを現実にしています

反戦活動家?たちの「戦争反対」が呪文のように聞こえますが 現実をみて 尚 「夢想」に浸れる平和ボケが日本を危うくするのだとも感じます

政治家の気品も責任感も失せた 
単なる高額所得者となるための「議員」が多数となり 日本国の世界での地位向上に努める 国民のために働く「政治家」は何人おられるのか? と 不安を感じます
現状は日本崩壊の懸念を感じさせます

優秀な人材はおられるはずですが 議員として政治に関わることはされないのですね

メディアでお目にかかる多くの女性に 
優秀なお方が増えていますね


政党に属さなければ議員としての地位が確保しにくいが 所属して能力を認めていただける政党もないのかもしれないと感じ それらの優秀な方々に政治は敬遠されているのかなと感じ とても残念に思います

比較にはなりませんが 私的にも多事多難 退屈している間の無い日々でした
2021年の転居からは多忙を極めました
病弱な妹の世話に 転居の片付けも儘ならず 2022年も終わりとなりました
妹の世話をすることは 亡き母との約束もありますから できる限りのことはしてやりたいと思ってのことです

私ができなかった 母の老後の世話を妹が一手に引き受けてくれたことで 当時夫の家庭内介護とボランティア活動の責任者としての立場があり 私は母の介護には金銭的な支援しかできなかったのですが 妹が全面的に引き受けてくれたことで助けられていました
母が案じていたこと 「この子(妹)は独り身で 私(母)がいなくなればこの先どうするのか心配で」といった際に「私にもできることはするから 心配しないで」と申しました
できるだけ私の身近に住まわせるべく呼び寄せたものの 昨年に生死をさまようほどの大病に翻弄させられました 
何とか生きてはいますが活動的な子でしたから コロナ禍でもあり 外出も制限があり 高齢者には過酷な日々ですから 現状は哀れです

昨年の転居の片付けも終わらず 来年に持ち越しです
高齢者となった自分自身 一年の身体能力の低下には嘆かわしく思いますが 現状はまだ1万歩は歩けますし 目覚めと共にベッドで習い覚えたヨガと 朝夕に屋外でヨガを入れた体操をして 心身の衰えを補ってはいますが 体力には昨年との違いをひしひしと感じ 転居が今年であればできなかったと感じています
故に FBもブログも途切れ途切れ 何時まで続けられるのか?
皆様に励ましていただくことで継続できることを感謝しております

小さな庭の鉢植えの花々を楽しむことができることにも感謝しています

ウクライナの悲劇は 
明日の日本に起こることかもしれません

何事にも無関心にはならないようにと努めたいと思っていますが 明日のわが身はどうなるのか?

成るように成る
成るようにしか 成らない 

いただきました励ましに感謝いたします
皆様 佳き新年をお迎えください

2022年12月 5日 (月)

2022-12-4一年のおわりに思う

2022-12-4一年のおわりですね

一年のおわりが 日本の終わりに繋がっゆくようで不安を感じます

国会の様子を見ていると 堕落した議員の数々 見っとも無い人々の生き方をまざまざと見せつけられます
議員は選挙で選ばれるものの 当選後の所業まで予測は困難ですから 「よさそう」で入れた一票を敢え無く裏切る詐欺師のような「政治家」たちには 次回の選挙まで待つしかない

とはいうものの 次回もまた同様なことが起こるだろうということは感じます

日本はどうなるのかと心配はしますが この先の日本についても 若い人々の関心の薄さにも不安を感じますが 私がやきもきしたところで何も変わらないでしょう

幸いと言えるのでしょうか 私個人の余生は知れたものですから
成るように成る
成るようにしか 成らない
と思ってはいますが 大人の無気力 無関心はこれからを生きる子供さんたちには気の毒と感じます

動物あいごについても これだけ多くのフェイク情報が「知識人」「知名人」とされる人々により拡散されていることを怒る人が少なすぎますね

動物を愛しても 人間は愛せない人々も多いのかもしれません

「愛する」ということの意味が「好きか嫌いか」と言う程度に用いられて 「愛しているつもり」の人々も多いように感じますが それを巧みに利用している動物関連業界の利益にさえなれば 誰も今更火中の栗を拾うことはされないのでしょうね

それらのフェイク情報により洗脳された人々は たとえ動物が犠牲にされていても フェイク情報の発信者を擁護しても 批判をする側には「変な人」扱いでごまかすことをしていると感じます

変な人と評価をされても間違ったことは「間違っている」と言えなくなることは情けない
フェイク情報発信者を批判して変な人とされるのであれば 
死ぬまで変な人でいいとは思います

フェイク情報発信者に迎合するくらいなら 
さっさと無口になることでしょうかね


若い皆様 ご自分と これからを生きる子供たちと 愛する動物のために フェイク情報を発信しながら 政治家気取りや 学者気取り 知識人気取り 動物愛護活動家気取りの人々を許さない社会つくりを心がけてください

人は屡々間違を犯しますが 自分の間違いを反省し正せない人には 社会をよくすることはできません と 断言いたします

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