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2022年11月

2022年11月13日 (日)

2022-11-13 宗教を考える 過去録再掲

2022-11-13 宗教を考える 過去録再掲
現状毎日のように宗教団体関連の問題が取り上げられている
宗教は人間を幸せにするために存在するのではなく 人の弱みに付け込んで利益にしようとする輩にも利用されている
よさそうなことと よいことは 違う

多くの国民は「洗脳」の怖さを「オーム真理教」で学習したはずだが 
他の人がしていることを批判できるが 自分のすることはなかなか自己批判することは難しいのだと感じる
猫ブームに踊る人々にも同じようなことを感じる
「よさそう」と「よいこと」は同じではないことに気が付かなければ「よくないこと」がわからなくなるだろうと感じる
猫ブームにもそれを感じる
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2017年11月13日  · 

2017-11-12 仏教と自死に関する国際シンポジウム(関西大会)まつだコメント

https://www.facebook.com/events/1758582174184285/1791230850919417/?notif_t=admin_plan_mall_activity&notif_id=1510284323394113

ヨガのレッスンを終えて 時間がないのでヨガマットを背負い 昼食も摂らずに会場へ滑り込んだ

何とか初めから聴講はできた

昨日今日は疲労困憊で 横になっていた

罰当たりだったのか?

しかし 感動するには至らなかった

休憩ごとに聴講者の数が減っていったのも あるいは時間に拘束されたお方もおられたであろうが 私と同じ思いをされたのかもしれないと感じた

私はそれでも 最後まで座にいて質疑まで確かめた

私も質問を入れたので あるいはと思う気持ちはないとは言えないのであったが お答えにはなれないであろうとも感じた

質問

インドにおけるカースト制度で 貧困にあえぐ人々がいる

牛に救急車が用意されるが カースト下位の人間には医療さえも与えられないのはなぜか?

宗教に分派ができるのはなぜか?

答えられないことは当然だとも感じる

仏教の教えの元であられる「釈迦」の教えをひたすら信じて実践されるなら 分派などされることはないというのが 浅はかな 無学な 正直な私の考え方

キリストの教えについても マホメットの教えについても同じ

それゆえに 後世の人々が都合よく解釈された宗教には信頼感が乏しく 信じられる人々はお幸せであればそれで大層結構であり 救われておられることもお幸せなことであるので何も異論もない

私は 現在の既存の宗教に救われたいとも思わないし 信頼の全てを寄せることもできない 

宗教家からは多分「不幸な人」と評されると思うが それでも心底信じることができないのに信じた振りもできないから致し方ない

心から尊敬できる宗教家に出会わなかったからかもしれない

宗教にも「金=経済力」がまつわることも仕方がないとは思うが好意的には感じられない

今日の「そこまで言って委員会」でも宗教法人税が取り上げられていた

信教の自由は当然だが 無宗教で生きる自由もまた当然

宗教の拡大のために税制優遇されるなら 無宗教で生きる人にも何らかの税制優遇措置があってよいのではないかと感じる

宗教団体の資産となる広大な敷地の確保も関係ないし 相互互助の恩恵もない

宗教は常に自らが信じる宗教が最高位でなければ意味がない

だから 信じないものを哀れと言う感覚で蔑むことになるように思う

無宗教であれば 他の宗教を貶めることも必要ない

私は一人教祖で一人信者と言っている

人智を超える力を現存の宗教で補おうとされるには無理があると感じるが 全てを科学で説明しきれないところに宗教が生まれたと思う

地球がある宇宙のほかにも宇宙があると言われると それを科学で究明できるのに地球の余命35億年?には間に合うのだろうか?

人生が130年となるようなことを聞くと 「幸」がもっと々遠くなるようにも感じる

長生きが「幸」と刷り込まれたのは自殺者が増えた要因の一つでもあるように感じてしまう

短命でも「幸」な人生もあり 長命でも「不幸せ」な人生もある

自殺者が家族共に非難にさらされることは 生きていることの「意義」を深く感じていないからかもしれない

人にも動物に対しても単に生きていれば立派とは言えないと思う

【律蔵のなかでは、他人を殺すことは罪という文脈はあるが、自分で自分を殺すことについての言及はない。あるいは、身投げは悪だという項目もあるが、これは単に飛び降りるなといっているだけ。飛び降りると下の人が危険だから、飛び降りの禁止なだけ。】

此の一言はとても共感する

凄惨なご遺体に向かわれる方々のことも思い至っていただきたい

ご自分が「死」によって苦しみから救われたということになっても 生きている人々を苦しめてはならないであろうが そこまで考えられないから 「自死」となられるのか?

【仏教で人を殺してはいけないという法律があるが、それは重要物語がある。この世は一切皆苦、苦しいんだという教えによって、みずから死んだり、人を殺したり、人に殺してもらったりする事件がおきた。】

「人に殺してもらったりする事件」

と言う表現は殺された人の人格を傷つけるように感じる

時には嘱託殺人もあろうが 普通には 被害者であり 頼んで殺されることは珍しいことだと思うが 宗教家故にこのような表現となるのか? 説明不足なのか?

私には違和感が残る

【結論、一番古い仏教経典、最初期の経典に、自殺が罪悪、犯罪、いけないことであるという記述はない。その後の時代の変化のなかで、自殺が悪いという記述はあるものの、最初期の経典にそのような記述はない。】

そのことは教えが時代によって変えられて行ったことの証明であり 時代の価値観の変化で宗教の解釈が変わることは普遍的ではないからだとも感じてしまう

ど素人の勝手な解釈と嘲笑されるであろうが そのようなことが積み重なって 「営利的な宗教」かできるのかもしれないと思ってしまう

【自殺にまつわる世間の画一的なイメージは残念に思っている。自殺で亡くなった人は弱い人、罪だ、おかしい人だという声が残念。それは生きている我々が勝手に決めつけている。世俗で欲望にまみれて生きている我々の方が、仏教的な人としては劣っているのかもしれない。】

【亡くなった人の顔をこっちが判断、ジャッジしてはいけない。生きている人も様々な気持ちで生活しているように、死んだ人も様々な気持ちで死んでいった。】

自殺を称賛することもないが 貶めることもない このことばには賛同する

【インドは元々カースト制のもと差別されていた。仏教は生まれで人を差別しない。】

之には大きな違和感を持つ

差別されている カースト制下位の人々が 聖なる「牛」以下であって 救えないで 貧困 レイプ等に苛まれていても放置されているとしか見えない 

仏陀の国としての誇りは何処かと問いたい

「宗教」の救いとは何か?

基調講演にも パネリスト各位にも これぞ宗教家仏教は素晴らしいという感じは持てなかった

多分に不遜であるからなのだと自覚はしている

 

2022年11月12日 (土)

2022-11-11法治国家とは? FB過去録引用

2022-11-11法治国家とは? FB過去録引用

何年たっても 同じことを言い続けなければならない

動物あいごに関わる人々は性が悪いのかと考え込んでしまいますね

動物あいごとは何か?

動物のためではなくて 自分の心の安らぎのために尽きるのか?

法治国であるはずの日本 国民に「先生」と評される人々が法の順守義務をないがしろにされている 
意識の低さにも悲しくなるほどに落胆します

Megumi Takeda様に糾弾されている 多くの知名人各位

良心は何処へ?

法律は守るべきものではなく 営業利益に活用さえすればよいとのお考えかと察してしまいますね

恥を知れ!!!!!
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「地域猫」活動
どこが猫のため 地域のためになっているのか?
日常 居住地の敷地内に放置している猫のふんの始末はこの土地に来て以来 私以外の人で隣の高齢者婦人が時たま始末をされてはいるがそれ以外にする人は皆無だ 
ほとんどは私が始末しているが 飼い猫の自由行動なのか 捨て猫なのかもわからない

たまに耳カットをしている猫は見るが 親子連れもいた 長く同じ猫がいる様子もない

昨年春にこの土地に来た頃には 5-6匹の猫を見たが 半年足らずでほとんどの猫はいなくなり 新たに通ってくる猫がいた

先日前足を怪我して歩行困難になった 衰弱した猫が 駐車場の車の下でうずくまっていた
とても安全に保護してやれる状況ではなく 段ボール箱にビニール袋をかぶせて 古着を入れてやって設置したら何とか中に入ってはいた 
水とミルクと 室内飼育をされているお方がペレットを提供してくださり与えたらほんの少し食べてはいたが ご近所さんが2日目の早朝に跛行をしながら敷地から出て行ったと話されていた

おりしも雨が続いた それ以後は姿を見ないから 空へ引っ越したのかと思った
誰にも看取られることなくひっそりと 日にちをかけて苦痛に耐えて命が尽きたのであろうと思った 

行政機関で引き取らなくなって以来 多数の猫が哀れな末路を強いられていると察する

猫ブームで稼いでいる人々がどれだけ猫のことを思いやっているのか?

とても 心豊かな人々が沢山いて 「地域猫」活動が猫の幸せにつながっているとは信じられない

前足を怪我して歩行困難になったあの猫も殺さない程度の「地域猫」活動の犠牲になったと感じる

「地域猫」活動とはだれのためにしているのか?
営利のために 言葉巧みに人間の利益のために猫を犠牲にしていると感じるが それに疑問を投げかける人々もほとんどいないと言い切れると思っている

現役でうかつに「地域猫」活動の批判でもすれば総攻撃に会いかねない
知る限り「地域猫」活動で尊敬できる人々にはあっていない
行政機関も引き取り拒否すれば楽でよろしかろうと 
誰のためにされているのか再確認していただきたい 

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2014年11月10日  · 2014-11-9飼主マナー 過去録から

先日悪戦苦闘してキーウィ等を切り倒して整地したところに 毎朝犬の足跡が派手に残されています

せっかく整地しているところに 態々犬を入れることがいけないことだと思われないのか?

当方には思い当たることはないのですが 何かの恨みで嫌がらせなのか?

単に犬が入りたがるのでするがままにさせているのか?

犬の散歩コースになっているので いろいろな飼主さんと犬に出会いますが 鑑札も迷子札もつけていない犬がほとんどです

その都度 柔らかく(のつもりですが)法律があること 非常時の対策としても必要であることを話しますが 次回に出会ってもつけてはいないですね

リードをつけていない人は減りましたが 小型犬ならいいだろうといつもフリーで散歩をさしておられる飼主さんがいます

近所の方であれば 2度3度の注意はし難く 犬は憎くはないのですが 私は決して「かわいい」とは言いません

フリーを認めてはいないと言いたいのですが あからさまにも言えず このような飼主に飼われていることが「かわいそう」と思うのです

先日 某著名団体から譲渡された犬だと言っておられた怖がり屋さんの犬も狂犬病予防注射済票だけで鑑札はつけていなかった

注射済票をつけているだけ良い方ですが 鑑札は紛失したら困るからと言ってしまっている飼主さんは多いですね

鑑札の交付の際に2枚渡すことも検討されてはいかがかと思います

法的な義務は履行されるように指導することが良いと思います

譲渡や 販売の際には 法的義務の履行を徹底して教え そのことが非常時にも役立つことも教えていただきたいですね

少なくとも動物に関する指導的な立場におられる方々には徹底して自らが実行していただきたいと思います

ネットに公開されます写真であっても 芸術写真でない場合の日常の写真であれば首輪も鑑札もない犬の写真は載せないくらいの配慮がほしいものですね

 

2022年11月 5日 (土)

2022-10-24inさんかくたまご様情報 ねこちゃんホンポ糾弾

2022-10-24inさんかくたまご様情報 ねこちゃんホンポ糾弾
http://eggmeg.blog.fc2.com/blog-entry-1951.html


ドイツでは「自由に外に出歩かせることが保護猫の譲渡条件」は呆れた創作~ティアハイムの保護動物の譲渡契約のひな型 - さんかくの野良猫餌やり被害報告 (fc2.com)
ドイツでは「自由に外に出歩かせることが保護猫の譲渡条件」は呆れた創作~ティアハイムの保護動物の譲渡契約のひな型
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2022-11-4s.maコメント

なぜ このように事実を曲げて報じる必要があるのか?

詰まるところ営業利益に起因するのかと感じます

掲載紙は心地よい文言をそろえた記事で 読者を増やしたいのか?
執筆者は自己の職業利益に結び付くことを目されるのか?

いずれも 読者を侮るフェイク情報の提供という 最も下品な行為をされていると感じます

事実に基づくと主張されるのであれば Megumi Takeda様が指摘されるように 出典を明示し反論されることが 言論に携わる者にも 法を順守される職にある者にも 必然であると感じます

不都合を看過するがごとく 無視を重ねられることは 動物あいごの大衆がよほど低俗で無知な人々であると断じておられるとしか思えない

他方で

関係者からの反論も異論も出ないことは 報道の事実を知らないのではなく 冷静に見て 動物あいごの社会で何らかの「席」を保持されるのであれば これらの著名な法律家や出版社には反論をせずに黙視することが得策であることも承知されているからでしょう

私のようにすべての動物あいご関連活動から 離脱をして 利害のない一個人であればこそ 言いたいことが言えますが 現役で何らかのつながりがあれば 私であっても言いにくいことが多いとは感じます
故に
私は言いたいことを言わせていただくためにすべての所属を断ち切り 全くの一個人として発言できることを選択いたしました

Megumi Takeda様に糾弾をされている方々に 社会人 専門職 職業人としての誇りと責任感がおありなら また 日本をよくしたい 日本の動物あいご活動を正しく導きたいとお考えであれば 今からでも反論か 訂正謝罪をしていただきたい 
言論や法に関わる人としての職業倫理からも 責任感を示していただきたい

「ねこちゃんホンポ」と「わんちゃんホンポ」
渋谷寛弁護士 
ペット法学会 
串田誠一参議院議員 
反論か謝罪か あなた方の良心をかけて対応していただきたい

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