2022-2-4 83才に思う
2022-2-4 83才
人生齢50年の頃はある意味良かったと感じています
年若くして 偉業を成し遂げてこられた先人の方々に敬意と憧れを持っていました
人間は覚悟次第で考え方が変えられるように感じます
私自身は 30才で期せずしてある日突然に生後5か月ほどの犬と出会いました
「タロー」と名付けました
当時の住まい西宮市で ご近所の方がもらわれた先から返されて困っているとのことで私に打診してこられました
当時は私も働いていましたから 当初は戸惑ったものの「縁」とはそのようなものなのか 困っておられるなら引き取りましょうかと言う程度に引き受けました
我が家に来たが全く「タロー」からは私たちに近寄らず 2階のベランダに犬小屋を置いていましたが 殆どそこから出てこない状況でした
しばらくしてようやく這うようにして出てきて ベランだの境の戸をノックしました
開けてやると這うようにして室内に入り それからは「タロー」も私たちも意気投合 「タロー」の賢さ可愛さに魅了されたものです
「タロー」と暮らし始めて約半年も過ぎたころに「タロー」に被虐体験があったと聞かされました
実は通勤途中に毎度目撃する犬の飼主家族による 叩く 蹴る等の加虐の様子を見かねて ある日 犬だけが放されていたところを当のお方が連れて帰られたとのことでした
一度はもらわれたものの 我が家でも見せたように何の反応もしない犬に興味を失い返されたようでした
仔細も知らずに我が家に迎えたことも「縁」のなせることだったのでしょう
それからは一層いじらしさと 甘えを覚えた「タロー」への愛情が増したことです
「タロー」との暮らしは私たち夫婦の生涯の岐路となりました
「タロー」のために転居した神戸市内の戸建ての新築に移り 瞬く間に犬の救護活動で市街地での飼育頭数の限界となる9匹に達して 尚途絶えることのない引取要請に 7年目に新居から神戸市郊外に移転しました
150坪ありましたから 一時保管目的のミニシェルターを開設し 毎日欠かさず持ち込まれる犬猫 私自身が市街地へ出るために通過する峠道で往復に犬や猫を収容することや 帰宅すると門前にダンボー箱に入れられた猫が置き去りにされているということが日常のことでした
一時保管と言うのは 当時所属していた団体の動物収容センターへ移行するまでの数日間のみ保護していたからです
救護活動で出会う全頭数を終生飼養などできる分けもなく 私が断るか救護活動をしなければ末路は哀れな死であることは目に見えていました
その現実を知りつつ 新規に立ち上げた団体の会員数を増やすために既存の団体をつぶすことを目論んだと言われる人々により 週刊誌へのネタ売りや 団体の誹謗中傷が繰り返され 自らは浮浪犬猫の収容には動かないでペンだけで卑劣極まりない行動をした者が今や動物会での大物らしい それが現実の社会の裏側でもあるのでしょう
一度受けた汚名を覆すことの難しさは「無駄な抵抗はしない」という結論しかなかった
今も動物の「殺処分」反対と叫ぶ人々は あったことも話したこともない 私のことを出会う動物の100%を「殺処分」していると信じて捏造された誹謗中傷を繰り返す 自立していない生き方をする哀れな人々です
山崎恵子さんも初対面で イベント会場での 洗面所の通路で すれ違いに黙礼をした際には顔を背けられたものでした
それ以来尊敬とか好感は持てなかったことも事実です
山崎学園の山崎かおるさんも同様に 初対面のさいに廊下ですれ違ったさいの黙礼に 顔を背けられました
こういう人々が教育者として後進を指導されるのであれば「動物」に特化したことは教えられても 人としての道は教えられないのが当然かと感じます
動物さえ佳ければ良しとされる社会は本当に動物のためにもなっているのか?
おあとは若い皆様がお考えになってください
「タロー」に被虐体験があったことで 私は「何故?」と 動物を虐めることの現実をもっと知ろうとして 「動物福祉」「共生」という問題の深みにはまりました
想像もしていなかったことばかりで 改めて「動物福祉」ということを学びたいと思ったのですが 1970年頃の日本の動物たちはとても「『動物が命あるものである』『人と動物の共生に配慮』」など及ばない状況でした
行政機関に届けられた犬猫の幼体は段ボール箱に詰められたままに積み重ねられて圧死するのは日常の事
大小雌雄混合で収容され 施設とも言えないコンクリートの立方体に床は水浸し フードは床に直播
管理と言うには及ばず放置されているような状況でした
見かねて行政機関と交渉して「安楽死処置」(安楽殺処置)を前提にひきとり 「安楽死処置」(安楽殺処置)までの期間 僅かに数日であっても虐待は回避させてやれたと思っていますが 何もしないで誹謗中傷を趣味にしていた人々はそれでも動物殺しと罵りました
そのような生き方を選択された心貧しい人々を哀れと思いますが 現状の日本では「動物を殺さない優しい人」ということのようですから 動物たちには申し訳なく思います
私は何かをしたいが何をするかも分からないままに神戸市内のある小さなグループに所属しましたが そのグループの責任者の方が相談電話で引き受けた引取の殆ど全てを私に引取要請をされ 困り果てていました
その後 グループが決裂し 全国組織の団体の支部に所属しました
麻生和子様 相馬雪香先生 長英雄先生等が組織の中心であった頃は 「安楽死処置」(安楽殺処置)に対してのやむを得ない是認をしてくださっていましたが その後はこの団体もただの愛護団体と化しているとしか感じられず 日本中が「ノーキル」に酔いしれて 動物が苦痛にさらされていることには無関心でいられるように感じます
「ノーキル」「殺処分ゼロ」を看板にしなければ 募金が集まらないことも承知ですが おあとのことは後輩の方々に委ねることしかできませんから 苦しむ動物たちには気の毒に感じますが 私にできる努力はしたと自負していますから動物福祉のバトンは落としておきます
動物福祉の向上を目指しましたが 現状の日本も世界の傾向も 人間がどう思うかが主で 動物を苦しみから救うためにはどうするかは棚上げです
幸か不幸かではなく 生きているか死んでいるかが現在の問題であろうかと感じます
人にも同じですが 動物を幸せに生かすことには経済力が重要課題です
日本はじり貧の状況のように感じますから 本当は動物福祉どころか 児童福祉を真剣に考えなければならないのでしょう
経済大国はかつての事 貧困児童が多いことが日本の実情です
動物大好きの人々が他人様の子供たちに無関心であることも現代の歪みかと感じます
ピースワンコに億単位の募金が集まることの異常さに誰も無関心です
収容動物の不幸を克服できないのに募金で生かして 更に苦しめて 募金を増やす
人間の非情な一面であり 理性のない感情に溺れる人々の情けない一面でもあります
私も妹もわずかでも 残るものがあれば 貧しい子供の育成に役立てて頂きたいと遺言しています
動物に関わっては来ましたが 現状の動物たちは人の支配から逃れられず 行政機関も見放していますから動物のためにとは考えていません
死後の寄贈が動物に関わる人々は喜ばれたとしても それが動物に反映することは望めないからです
83才
残された時間がどれだけかは分からないが 私にしか言えないことを言い続けられるようにと努力します
人も動物も苦しみが少ない社会となることを願います
今までに頂きましたご支援 ご厚意 友情に深く感謝いたします
全ての生命に幸多かれと祈れます
お礼が言えないままに宇宙へ飛び立つときはごめんください
2022/2/4 松田早苗
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