« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

2017年6月

2017年6月30日 (金)

2017-6-30 チビクロリンの思い出

2013年の今日 チビクロリンが「お先に失礼」と言って私の手元を去りました
 
寂しさもありましたが 安堵感の方が多くて 「チビクロリン」も この家が 長い々間 恐怖の毎日であったであろう浮浪の状況で 苦難を背負わされながらも やうやくたどり着けた「安らぎの家」であったと自負しています
 
永眠は永遠の安らぎを天からいたたけたという気持ちで 感謝の思いに満たされていました
 
私は家族動物との別れで「ペットロス」を経験したことは一度もないのです
 
看取りをさせてくれたこと 時には「安楽死処置」(安楽殺処置)であった場合にも 安らかな死を確認できたことは 飼主として何よりも安堵感に満たされることでしたから すべての苦痛からの解放であり 愛されて看取られたことは 動物にとっても満足なことであったであろうと思えたからです
 
 
 
助けてやりたくても人間不信になった浮浪動物たちの末路は哀れで 誰にも看取られることもなく 孤独と苦痛の中で死を迎えたであろうと思うと 何時も済まないという気持ちでしたから 最期を安心して迎えられることは動物にも飼主にもありがたいことなのだと思うので「ペットロス」にはなりようがなかったということです
 
その上に こちらの都合ではなく 絶え間なく動物は私の手元にやってきましたから 「ペットロス」に浸る「余裕」? もなかったということも言えそうです
 
 
 
月日の流れが速く感じるのは老いの証しとも聞きますが 本当に早く感じます
 
数々の思い出と共に 月日は過ぎ去ります
 
正確に言えば365日が命日と言って過言ではない 現役当時の状況を振り返れば 手元に動物がいないことも この先を思えばありがたいことですので 今この時の安らかな日々が天からの恵みであると感じます
 
全ての動物の冥福を祈ります
 
 
 
チビクロリン」本当に 賢くて いじらしくて かわいかった
 
アジサイが咲くと 「チビクロリン」を思い出します
 
私の40年以上に及ぶ動物との関わりのアンカーとしての役割を立派に果たしてくれました
 
ありがとう 💓
2013712


2017年6月29日 (木)

2017-6-28 行政機関での飼主不明動物の引き取りについて

2017524


2017-6-28
 行政機関での飼主不明動物の引き取りについて
 
近畿よりも北東方面の行政機関での飼主不明動物の引き取りについて 浮浪猫を届けた方が不快感を抱かれて 電話相談となりました

いつもは覗くこともない 自宅の敷地内の母屋からは離れた場所で ある日偶然に見つけた浮浪猫の家族 母猫は逃げたが 子猫が5匹いたそうです

当惑された方は 知人に紹介されて 当方に電話で相談されました
 
警察と 愛護センターへ電話をされるようにお勧めしました
 
その結果 愛護センターへ連れてくれば引き取りますとの回答であったので 猫には触れないで 箱のまま 車で運ばれたとのこと
 
そして 決まりですからと言われるままに 「引き取り願い」にサインをされたとのことです
 
本来であれば 市民が協力されたことに対して 行政機関は労力を省くことができたという 「ありがとうございました」か「ご苦労様」くらいは言わなければならないでしょう
 
不心得な猫愛好家が 自家繁殖であっても「捨猫」と偽って 届けられることがあるから 行政機関は被害者意識があるようですからか 行政機関側では当然とされている書式に対して 協力された市民の側は 書面の内容に不快感を持たれたようです
 
ご自分が意識的に放置して または餌付けして 繁殖させた動物ではないにも関わらず あたかも偽装救護活動のような態度で対処された場合不快になられて当たり前でしょう
 
一言 悪徳飼主や業者の偽装があるので言わなくてはならないことを申し上げますがごめんください とでも言い添えるくらいの心使いがあってもいいでしょう
 
経験を積めば 悪徳飼主や業者の偽装か まじめな市民かは解るものです
 
「法律第105号」改悪以後は行政機関が本来しなければならない 浮浪動物に対する 頭数の増加の抑止や 動物に対する思いやりが働かなくなっていると感じます
 
ネットで自慢そうに首からパネルをぶら下げて 不特定多数の市民に対して 「最低」と蔑みの言葉を投げた 「最低」の動物行政に関わる職員もいました
 

 
これらの行政機関職員は しなければならないことと してはならないこと 市民にしていただきたいことをお願いすることの区別がわかっていないのでしょう

 
「思い付きあいご」の成れの果てとしか感じられなかった 傲慢さが なんとも情けなく感じました
 
 
 
二度と持ち込まれたくないのか 浮浪猫の繁殖防止のためには 遺棄か 自家繁殖かの真偽は確かめられなくても いったん引き取ることが今後の遺棄や繁殖防止策として必要なことと判断されるのか?
愛護に迎合して 引取りの抑制を主流に 行政機関とされての体裁さえ整えばいいのか?
いろいろと考えさせられました
 
 

【また、犬や猫を今後買う場合には、法令を遵守して終生適正に飼い続け、みだりに繁殖しないように措置します。】
 
引取り書にサインをしなければ引き取りはしていただけないので 従ったが 多忙な時間と身体的な負担もある中で 市民としての協力のお積りで届けられたのに この市民のお方が 猫に遭遇してしまわれた状況に配慮することなく 一方的に繁殖させて引き取り要請をしたかのような文言に対して 不快ですと話されていました
 
 

逃走した母猫の 所在も不明のままですし これでは2度目に そのようなことがあった場合には 届けられないで放置されることもあるのではないかと心配します
 
 
 
行政機関としての職務として 飼主不明動物の行政機関引き取りは義務化していただきたいと申し上げます
------------------------------------------------------------



 

2017年6月23日 (金)

2017-6-23神戸湊川・いちばつまみぐいツアー


 
神戸湊川は とても懐かしい所です
30~40
年以前には 動物救護活動資金つくりのために 当時の所属団体支部主催で 公園バザーを開いていましたし 商店街のお菓子屋さんがご厚意で 店先を提供してくださり 定期的に4~5人でミニセールを開催していました
 
グラシアニさんはじめ外国人会員もたくさんおられて 積極的にセールにご協力いただいていました
 
 
 
春秋の神戸湊川公園バザー当日には 会員が20~30人くらいは協力していただいていました
 
お弁当係りも自発的に受け持ってくださり パネル展示もして 老若男女 子供連れの方もいらして お客様も多くて とても活気がありました
 
現在のように動物愛護団体は多くない時代でしたので 事務所には連日救護活動要請がありましたし 電話は ひっきりなしにかかってくるという状況でした
 
事務所にも 5~10人くらいの会員さんが来てくださっていましたし 相談に来られる市民の方もたくさんおられました
 
不妊手術助成金も草分け的に手掛けていましたから しっかりと頼られていましたし 口先の活動家からの誹謗中傷はあっても 活動には信頼を持たれていましたので誇りがありました
 
 
 
近頃は「ノーキル」「殺処分ゼロ」と提唱される時代となり 架空の理想?に踊らされる時代となり 動物福祉は衰退しつつあると感じます
 
 
 
動物の「安楽死処置」(安楽殺処置)を是認すれば なんでも関わる動物のすべてを「殺処分」しているかのように 悪意に満ちた捏造されたことが 真実のように流されます
 
 
 
先日 事実として団体とのかかわりの経緯を説明しました 「ペット法塾」についてのことも 流した当人は悪意があってのfake情報であるのでしょうが 確かめられることもなく 今回のようにコメントされた方が何もかも知っているぞとばかりに揶揄したおつもりだったのでしょう
 
このコメントがなければそのまま マツダは「ペット法塾」から破門された人間であるとの評判になっていたのでしょう
Facebook
コメントで偶然にわかったことであり ほんの一例にすぎません
 
このようにして敵意を以って捏造された事柄が 相手を陥れるための評判として流されていることは 私たちも気を付けなければならないことでもあると感じます
 
 
 
件の法人組織でありながら 寄付者の意志も確認せずに 寄付金をさっさと懐に入れた団体代表も ネットではほめちぎられているようです
 
事実の確認はとても難しいことでもありますが 疑問はできるだけ率直に 当事者に問うことが良いのではないでしょうか
 
 
 
私も現状役時代に マツダはかかわった動物の100% を「殺処分」していると聞かされたご当人が 疑問に感じて下さり マツダ当人に電話で聞き合わせてくださいました事例がありました
 
神戸市の成犬を譲渡対象にしていただくように 行政と交渉して 実現したことと 100%「殺処分」にすることとは矛盾があるとお感じになられたのです
100%
を「殺処分」が基本活動であれば 行政機関が保管する動物をわざわざ譲渡対象として 救命することは矛盾しているからでしょう
 
丁寧に説明をさせて頂いて ご理解を得られましたので その後は何かと相談を寄せてくださるようになられ 長いお付き合いをさせて頂いていました
 
何事にも誠実に 信念を以って生きることに努めたいと思っています

2017年6月18日 (日)

2017-6-17生命誌研究館 「チョウと植物の関係」の研究聴講

2017617jt5


20176172


2017-6-17生命誌研究館 「チョウと植物の関係」の研究聴講
昨日のヨガの影響で 今日はさっさと歩けない ヨガの当日よりも翌日に悲鳴が上がります
日頃使わない体のあちこちがきしんでいますが 是非参加したいレクにのたのたと足を運びました
      
何事も知らないことを知ることはなんだか心地いいことです...
「知識」は何時かどこかで 役に立つこともあり 生涯単に知っただけのこともあります
それでも何事にも興味津々なので 知らないよりも知ることは楽しいことが多いものです
    
無論 知りたくもない誹謗中傷 fake情報は除いて ですがね
しかし 時には【知りたくもない誹謗中傷 fake情報】であっても知らされると なるほどと 馬鹿さ加減の因果関係や 発信元の人物像が窺え 無駄ではないこともありますけどね
    
定例の第三土曜生命誌研究館レクに参加してまいりました
本日は 尾崎克久研究員の御研究が論文として 今春社会に出されてそうで なぜチョウの親が孵化後の幼虫の食性まで配慮して産卵できるのかと言う趣旨の御研究のお披露目でした
自然の配慮とは「すごい」ことがあふれているのに 私たちは何の気なしに見て「当たり前」と思い込んでいるのですね
その些細な疑問に立ち向かうことが学問の面白味なのでしょうが 根気とチャレンジ精神がチャンスをつかむ「幸運」をもたらし それをつかめる見極めができることは学問であり 知識でありますが それらは何時も自然の中に潜んでいるのだと改めて思わせてもらえます
上辺しかわからなくても「不思議」と「面白い」が新たな学問の誘いかなと 高齢者となった今頃ではありますが 改めて感じ入っています
次回はミニシンポジュウム「形づくりと細胞周期の関係」を考えてみましょう!
と言うことのようです
楽しみにしています
皆様もどうぞ

2017年6月16日 (金)

2017-6-14 ピエリ守山ライオンが流血

2017-6-14 ピエリ守山ライオンが流血
(2017-6-15UP)
http://www.huffingtonpost.jp/2017/06/04/pieri-animal_n_16950192.html

ピエリ守山でライオンが流血「生き地獄で本当にかわいそう」の指摘運営側の認識は?【UPDATE

執筆者: 泉谷由梨子 

------------------------------------------------------------
滋賀県と守山市が立ち入り調査
 
【「現状では問題がないと考えている」と話した。】

ここの動物園については「2015-1-30 滋賀県個人動物園」 すでにFacebook ブログに取り上げたことがありましたが 滋賀県の動物行政歪んでいませんか?

動物福祉としても 対人 対動物の災害対策としても 私が県民市民ならこの近くには絶対に住みたくないですね
 
危険は予測できる範囲にあります
 
 
 
大災害に際して 行政機関としてとるべき責任についてはどのようにお考えなのか 知事コメントを頂きたいですね
------------------------------------------------------------
過去にも何度も「移動動物園」の現地調査をしましたが 何処もバックヤードは虐待ともいえるひどい状況でした
 
子供に「ふれあい」として連れ出されるのですが 子供はもとより 誰でもが気安くは見れないバックヤードの状況を知れば とても「可愛い」とは言えないでしょう
 
過去にあった住宅展示場のイベントに出されていた 犬の調査で 毎年通うことになってしまった犬の動物園についても「2014-8-18イベント犬調査」として 報告書を上げています
 
此方の行政機関ご担当の方々は適正な指導をされていますし 業者も努力されていることは認めますが やはり業者はしたたかです
 
「営利」あっての業者です
 
大改革をしないで 現状維持であれば 幼少の子供たちに不潔な動物に触らせることにも問題があるでしようし「移動動物園」は必要ないと言って過言ではないと思います

------------------------------------------------------------

2017年6月 7日 (水)

2017-6-7 将来の人材育成と年金と介護費を考える

2017-6-7 将来の人材育成と年金と介護費を考える
 
公的年金は受給額が次第に下がり 介護費用は次第に上がっています
 
夫の年金で介護費用はようやく間に合っていましたが この先どれだけ生きているのか?
現実の問題として考えると正直怖いですね
 
私の介護費用が必要になった時には 果たしてどうなるのか?
自分の年金ではとても賄えないことだけは確かですから 不安はあります
 
法改正で自己負担額が3割負担と決まりましたが 今まで何とかしのいでいた人々がしのげなくなる時何が起こるのか?
介護職の方々の処遇のためには給与UPは当然ですが 現実の問題では 利用者の負担UPは即生死にかかわることもあるでしょう
 
市民税額決定書が届いたものの 青色申告をしなければ当然控除はなく 認知症で自己申告ができない人々の税額は控除無のままで「しかたかない」といって見過ごすのか?
個人番号何のためになっているのか?
個人番号の活用はどれだけどこに適切に活用されているのか?
長生きが怖いと思う時代が迫っていると感じます
 
自殺率は確実に上がるのではないかと案じます
 
老後の経費を備えると言っても 実力の程度で 備えられないこともあります
 
高額資産家から貧困層に配分できるような仕組み 世代間互助と 提言されているようですが 個人の資産を他人に使ってくださいとは言いにくいし 協力も難しいことでしょう と思います
 
 
 
私は自分自身の緊急救護活動に際しては 絶対に!! 救命措置はしないでほしいとメモを持ち歩いていますが 仕事でしなければならない医療職の方々には困った注文なのでしょうね----
本当に 適切な条件で 対人「安楽死処置」(安楽殺処置)を認めていただきたいと念じます
 
今夜のBS4CHで 介護談義をされていますが ケヤマネさん次第で経費が変わることもあるとのこと
 
健康なうちに 介護ボランティアをして 将来の自分のための施設探索を兼ねることを勧めておられます 
 
家族介護費の税額控除も検討すべしとの意見があるようですが 金額ばかりではなく 体力はどうしようもないことです
 
介護ロボットと言っても すべての人々が恩恵にあずかれるものでもなく 明るい介護をと言えども 現実はやはり厳しいでしょう
 
将来を支えて頂くための若い世代に対しても配慮は必要です
 
動物のために公費を負担している 行政機関は再考が必要と思います
 
先ずは子供の育成に国家としての 経費負担をし 人口減少にもっと積極的に対策をとらなければならないでしょう
 
動物のことは 飼主責任を厳しく問わなければならないと思います
 
声の大きな 票につながる動物の「あいご」に加担する議員諸氏には 将来何が必要かをお考えいただいて 票になることだけを考えるのではなく 声を大きくする気力もない働く親御さんたちのことにも動物の「あいご」に示されるほどの協力と関心を以っていただいて 行動をとっていただきたい
 
子供育成こそがすべての国家の原動力です
 
国を支えて頂くための子供さんたちのことは 国家の存亡がかかっていることです
 
動物のことに対しては動物愛好家の相互負担を務めとして 公費の支出は 対人支援 特に子供教育費の全額国家負担等に充てることで 養育費支援に活用されることが本筋と感じます
 
何事も人材次第です
 
動物福祉も適切な人材があってのことです
 
現実に照らして しなければならないことの順位を検討するときだと思います

2017年6月 3日 (土)

2017-6-3 考え方の基


 
トランプ大統領が「パリ協定脱退」を表明された
 
自国の雇用問題優先だとか
 
米国内の雇用が拡大して 経済が好転したとして 地球規模の温暖化の問題と比較をされないのは身勝手のように感じられるが この考え方と 動物愛護の「ノーキル」とは 規模においては比較にならないのかもしれないが 事態に対処すべき根底の発想が似ていると感じる
 
目先の利益と 支持者の声の大きさに呼応するのか 将来のあるべき社会像を考慮して 現在の困難な状況を耐えながらしのぐのか
 
 
 
トランプ大統領の目先の利益
 
自国の利益 雇用問題優先
 
世界のこと 地球規模の温暖化の問題は棚上げ
 
 
 
動物愛護の目先の利益
 
「ノーキル」「殺処分ゼロ」の考え方の優先
 
行政機関での引き取り制限 業者引き取り 虐待 ネグレクトに目を瞑る
 
 
 
事態の結果
 
トランプ大統領の目先の利益
 
温暖化が進み 米国ばかりでなく 地球規模の温暖化で生態系全体に悪影響をもたらすことは 米国民を含めて 地球の全生物に 生死にかかわる問題が生ずる危険性がある
 
果たして 米国民の「幸せ」につながるのか?
 

動物愛護の目先の利益
 
「ノーキル」「殺処分ゼロ」の考え方の流布により 適切な「安楽死処置」(安楽殺処置)さえも否定され
 
動物に虐待ネグレクトを強いることになる
 
その結果 悪徳業者引き取りや 「安楽死処置」(安楽殺処置)を否定された個人の飼主は 世間体を気にして ネグレクト飼育を続けることにつながる構図となる
 
果たして 飼育動物の「幸せ」につながるのか?
 

2017年6月 2日 (金)

2017-5-31 不妊手術 要不要論について

 災害時対策として配慮すれば 不妊手術は必要です
 
個人が屋内飼育に徹しておられても 災害は何時どの程度に起こるかを考えると 倒壊等で逸走すれば 動物個体として 子連れとなることの苦労と 繁殖による 人社会に対する損失も配慮されることが 動物に関わる者の 良識であると言いきります 
 
阪神・淡路大震災後の 仮設集合住宅での異常繁殖を経験しました
 
不妊手術は自由な選択ではあるでしょうが 発情期の動物に対する思いやりと 過繁殖問題として 社会的責任感が優先されるならば しなければならないことだと申し上げます
------------------------------------------------------------

M.Tかの京子アルシャー氏ですが「ドイツのティアハイムでは不妊去勢なしで譲渡している」と吹聴しているようです。しかしティアハイムベルリンのHPj販売犬リストを見れば、かなりの割合で不妊去勢済みです。
------------------------------------------------------------
2017-6-1
まつだコメント返信

M.T様コメントありがとうございました
 
京子アルシャー氏は何を目標として自説を流布されているのか 解せません
 
本当に謎めいたお方です
 
動物福祉を目途とされているとは感じられず 不妊手術不要論の自説が正しいと信じているのか 意固地なのか?
日本の動物愛護の人々を軽視か蔑視されているのか?
今も PWJでの動物専門教育の校長であれば 何をどのような価値観で教えておられるか聞いてみたいですね

 

2017-6-1
2017-5-31
 不妊手術 要不要論について 補足Ⅱ
 
一度 捕獲箱で恐怖体験をした動物たち 特に

 

猫はrelease後に要保護状況となった場合に 再度 捕獲箱で収容することは困難な場合が多く 見過ごさざるを得なくなることがあります
 
健康な動物に不妊手術をすることはほとんどの場合は人間の都合です
 
「不妊手術」をしてやったのではなく させてもらったという認識が大切だと思います
 
術後は 人の都合で不妊手術を実施したので 終生「幸」に過ごせるように腐心することは当然でなければならないはずです
 
人間にとっては 性行為は個人感覚で異なりますが 動物にとっての性行為は「子孫を残す」生きる目的です
 
自然に反するとされて「不妊手術」に反対されることは間違いではないと思います
 
しかし 過繁殖による動物の不幸はあふれています
 
現状を考慮すれば 「不妊手術」に救いを求めることは致し方のないことです
 
 
 
「不妊手術」してやった感覚が罷り通る今日ですが 本来は 人間の都合でしていることを忘れてはならないでしょう

災害被災地で繁殖することを避けるためには 「不妊手術」は必要です
災害被災地では飼料も水さえもないことを再認識しなければならないでしょう
 
個人飼主の1匹が 不妊手術未施術のために出産したとして 一度の出産で 56匹とします
5
6匹なら何とかできない頭数でないでしようが PWJについてお考えいただきたいことは 
過剰といえるような多頭数飼育の状況で 被災されたと想定しますと 100匹が短期間に出産すれば
たちまち 500600匹の世話を迫られることになりかねません
多頭数飼育状況で「不妊手術」は「選択」できる範囲ではないと提言させて頂きます

« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

最近のトラックバック