« 川村先生の記事に対する松田早苗のコメントに対してのご意見とマツダの感想です | トップページ | 2016-11-15 動物福祉 動物愛護 知識 »

2016年11月16日 (水)

2016-11-13 コメントのあり方

2016-11-13
川村先生のTLに投稿された方々の内 お一人でも 本質的な問題解決につながるご提案はないですね
これだけの人数の方々が 回数と時間をかけて問題の本質を語ろうとされないのは 語ると不都合なことになりかねないからでしょうか
如何に敵対する人物の評価を集団攻撃で貶めるかが第一のようです
変な人として評判をつけることで 事情を知らない方々にも先入観を植え付ける
快楽的な中傷であり 問題に取り組むつもりはなさそうですし 当方の問いかけに応えられないからでしょう

不毛な言い合いのレベルに乗るつもりはありません
川村先生の過去の「安楽死処置」(安楽殺処置)についてのお働きと 私が提唱していることは実質同じことです 
終生飼育についての飼主責任としての「安楽死処置」(安楽殺処置)については度々書いていますが 刹那的に部分抽出した言葉を取り上げて攻撃の材料にするあたり問題の基本を追及することが怖いのでしょう
    
行政機関での引き取り 「安楽死処置」(安楽殺処置)の義務つけと書いていますが ガス「殺処分」を奨励したことはありません
ガス「殺処分」もやり方では 怖がる個体を無理やり麻酔注射により致死させるよりも良いだろうということは書いたことはあります
なぜ行政機関での「安楽死処置」(安楽殺処置)が必要かと言えば 「ノーキル」の提唱が社会にすべての「殺処分」が不適切という印象を作り 「安楽死処置」(安楽殺処置)さえも開業というお立場では実施し難くしてしまわれたということから 最近では 獣医師による「安楽死処置」(安楽殺処置)を断られることが増えているからです
     
兵庫県を引き合いに出されていますが マツダの指導とは笑止千万
兵庫県の行政獣医師の方々はきちんとした知識の取得をされていますから 他府県のように民意に逆らうことを恐れて民間への無差別譲渡での 責任回避をしないというお考えかと思います
自分たちの気に入らないことは どのような誹謗をしてでもやめさせようとされることは 他の行政機関で安易な民間への引き渡しが常態化するのも致し方ないのでしょう
民間への引き渡しに積極的出ないことは 不適正譲渡が動物の幸せにはつながらないことを心得ておられるからでしょう
本来の行政機関とされての責務とは何かこということを問い直していただきたいです
民間で容易にできないことをされるのが行政機関とされての責務です
譲渡対象動物が不足しているのに「殺処分」しているというなら 他に先んじて私が糾弾致しますが 現状では譲渡先探しの待機動物はあふれていて 譲渡詐欺にまでも引っ掛かることがある状況です
民間へ移行した動物たちが 多頭数飼育に拍車をかけて シェルターの崩壊にもつながることもあります
     
「余剰動物」の問題の深刻さを物語っていますが 批判に集中される投稿者から 的確な解決提案はされたことがないと言えます
私自身が知識の浅い活動の初期には「動物が好きです」と言われる言葉を信じて譲渡していました
知識が増えるに従い 適正譲渡の大切さを知ることとなり 譲渡頭数は減りました
それでも途絶えることのない引き取り要請があったという時代に 「殺処分」反対という人々がされたことは 実活動で社会のニーズにこたえざるを得なかった私たちの活動の誹謗中傷で 口とペンだけで「ノーキル」を煽っていました 
当時のその「ノーキル」扇動者が行政機関からの引き取りをされることもなく 自らシェルターを作る努力もされたことはなく ご自宅で多頭数飼育をされたということも聞いていません
    
私事ではありますが 最初の犬を迎えて 集合住宅から戸建ての家に移り それ以来6年間で犬9匹 猫5-6匹に増え それ以上は知事の許可が必要とされていたので 郊外に転宅しミニシェルターを運営することになりました
多頭数飼育経験もしましたし 引き取りの実活動 浮浪動物の収容活動と 私生活のほとんどの時間は動物に費やされました
     
譲渡の基準を高くしたことで それまでは考えたこともなかった「安楽死処置」(安楽殺処置)を受け入れざるを得なくなりました
     
遺棄することはできない いい加減な譲渡はできない 手元に置くには余裕がない 当時の行政機関は最悪でした にも関わらず毎日引き取りの要請がありました
救護活動の往復で 浮浪動物の収容をするということもいつものことでした
三宮の市街地に浮浪犬がうろうろしていた状況でしたし 猫はどこにでもあふれるほどいました
現在の状況からは信じられないでしょうから 「安楽死処置」(安楽殺処置)をさせるための言い訳で 誇張しているとお感じになるでしょうが事実です
     
その後阪神・淡路大震災で不眠不休のこともありましたし 神戸市動物管理センターの譲渡制度の改革では 国内で初めて行政機関の施設の収容動物の世話を 施設内に民間人が入って民間が清掃 給餌 給水管理に協力するという制度を立ち上げて それまでは休祭日には清掃も給餌 給水もなかった既成の慣習を変えていただきました
活動ではボランティア不足の時には365日無給で働いたこともありました

何もしないで文字だけ書いて 調査だけして揚げ足取りに徹して「安楽死処置」(安楽殺処置)が必要だと言っているのではありません
     
動物飼育のために困られていた飼主と 動物のためには「安楽死処置」(安楽殺処置)を認めないでは対処できなかったのです
当時は感謝されていましたが 行政機関で体験したこととして 行政機関に働く人々にも 譲渡を求めたり引き取りを依頼される民間人にも 動物愛護の名のもとに訪れる活動家にも「なぜ」と叫びたくなることは沢山ありましたが 佳き協力者に恵まれて適正譲渡の基本ができた時には安堵いたしました
     
今は 民間シェルターが増えたから「殺処分」しなくて済むという事にはなりません
引き取り業者のことも「業」として 公的な規定の中で運営されていれば それを止めさせることは至難の業です
飼主責任の果たし方に「安楽死処置」(安楽殺処置)が認められることで 民間シェルターや業者に引き取られ 不必要にネグレクトを強いられたり 遺棄されることが防げることを願うから 「安楽死処置」(安楽殺処置)が認められることを提唱しているのです
    
再度繰り返しますが「安楽死処置」(安楽殺処置)とは動物に負担を最小限にすることに努め 信頼した人間に見守られて永眠させることがより良い選択肢であるのです
それをさせないように 社会の価値観を作り 「ノーキル」「殺処分ゼロ」を唱えて自己満足に徹した人々が 動物と飼育困難に直面する飼主や関わる人々を困らせているのです

故に行政機関での「殺処分」を「安楽死処置」(安楽殺処置)に徹することを義務つけていただきたいと提唱しているのです
   
長文となるのは いかに表現すれば誤解を少なくできるかと腐心するからですが それさえも嘲笑うことで議論を避けようとされるのが「ノーキル」提唱者たちだと感じています
    
ご丁寧に晩節を汚すなとまで言及していただきましたが 私の晩節の生き方はご心配ご無用に願います批判を趣味とすることなく お若くてもご自身の生き方にも振り返ってご覧になられることもお勧めいたします 

マツダの問いかけには一切答えないというよりも答えられないのでしょう
「余剰動物」はなぜ発生するのか?
「余剰動物」の根本対策は何か?
     
終生飼育管理と 遺棄を罰則付きで禁じた「法律第105号」を迂回してでも 不適切な活動も黙認してでも容認される「地域ねこ」活動は 法律にも常識にも本来は相反する発想であることは認めなければならないでしょう
そのうえで「殺処分」頭数の削減に努力することと 将来の屋内飼育の観念が普及するまでの対策としての「地域ねこ」でありたいとされたのが 活動の提唱者の行政獣医師だった黒沢獣医師の発想だったはずでした

人と動物が同等の命の重みとされるなら「飼育」という言葉は当たらないし ましてや 浮浪動物を捕獲して不妊手術をすることは許されないことです
動物であるがゆえに 「殺処分」を最小限の犠牲に抑えるために 人が言い訳として不妊手術を「させていただいている」ということを認識しなければなりません
人の都合で不妊手術をさせて頂くということは 術後動物の生涯を幸せに見守りますという約束もしなければならないというのが私の主張であります
   
ご自分では直接に「安楽死処置」(安楽殺処置)に立ち会えないことは致し方ないことですが 全否定が動物を救いから遠ざけていることもあり 救いとしての「安楽死処置」(安楽殺処置)を飼主の皆様がお考えいただきたいと存じます

私は飼主であった当時には 飼育動物について 緊急時に連絡先として家庭主治医を明記して 私に判断能力がなくなった場合か死亡した場合はすべて「安楽死処置」(安楽殺処置)をしてくださいと明記していました

活動経験から 私と同等か私以上の飼主に引き取っていただけるなら そのお方には 今まで「幸」に恵まれなかった動物に譲渡先を譲りたいこと 私以下の譲渡先には譲渡することはしたくない という理由です
私と生活を共にした動物たちは 私の死後に不安やネグレクトを耐えさせたくないということも大切な理由でした
晩年を共に過ごした動物たちは 幸にも 私が看取ることができ 天命を全うしてくれました
今は 動物がいない暮らしを心安らかに過ごしています
    
現役のお方が「安楽死処置」(安楽殺処置)に触れられないことが 今回改めて感じましたから 私が伝えなければ どなたも語れないものと思います

余談ですが 川村先生のTLで仲間のお遊びにじゃれあいの投稿をされる非常識さにはなるほど この程度の方々とと変にガッテンとなります

« 川村先生の記事に対する松田早苗のコメントに対してのご意見とマツダの感想です | トップページ | 2016-11-15 動物福祉 動物愛護 知識 »

動物福祉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/333032/68444591

この記事へのトラックバック一覧です: 2016-11-13 コメントのあり方:

« 川村先生の記事に対する松田早苗のコメントに対してのご意見とマツダの感想です | トップページ | 2016-11-15 動物福祉 動物愛護 知識 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

最近のトラックバック