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2016年6月

2016年6月29日 (水)

2016-6-27 高野山参拝


多忙続きの毎日に ネットのどうにも情けない情報の連続

閑話休題ならぬ 気分転換の時間が欲しくて 知らない人ばかりのバスツアーに申し込みをして  715分集合といういうことで 5時起床で高野山へ行ってまいりました

程よい晴れ間に恵まれて バス席のお隣にお座りくださったお方がとても良いお方で 偶然の出会いながら 楽しい一日を過ごさせていただきました 
            
個人の参拝では見せていただけないとの真田親子の肖像画も見せていただきました
おいしい柿の葉寿司とか 名物のゴマ豆腐などお土産もたくさん買い込んで 災害地の方々のことを思うと少し申し訳ない思いもしながらも 無事に帰宅いたしました
          
高野山ガイドの方の心使いが少し足りないと感じてお坊様にお話をさせていただくことがありました
聖域では脱帽 禁煙 携帯禁止の注意がガイドさんからありました
着衣の一部としての帽子をとらない私に執拗に脱帽を促されたので 坊におられたお坊様に直に進言させていただきました
「ウィグも被り物ですし 帽子をとることでいやな思いを余儀なくされる方もおられます 無理に脱帽を強要されることを再考していただきたい」と話しますと さすが お坊様は「ありがとうございました」と仰ってくださいました

ガイドの方に「ご案内ありがとうございました 脱帽のことについてお坊様は快くお聞きくださいましたよ」と申しましたが 逃げ腰で「そうなら それでいいでしよう 私らは教えられたことを伝えているだけ」とにべもない返事 態度もふてぶてしく不快なもので残念に思いました

規則は何のためにあるのか 人を不快にするためではないはずです

「仏さまは心と心で接してくださるのではないですか?

「帽子をとるかとらないかではなく 規則だと促されて脱帽しても敬意を持たない人もいるでしょうし 脱ぎたくない帽子をかぶっていても 心は仏さまに近づこうとする人もいるでしょう」と話しましたが 態度は変わらず ご自分のガイドには自信を持っておられる風でそのような忠告がお気にいらない様子でした
          
道理に外れたことを黙認できない 思うことを率直に言ってしまうことがいいのか よくないのか?
黙っていられないのですね

しかし さすがに鍛錬を積まれたお坊様は「ありがとうございました」と 私の気持ちを受け止めて下さり お偉いと思わせてくださいました
          
梅雨の晴れ間のように心地よい一日を過ごさせていただき心から感謝いたしました

2016年6月27日 (月)

アルシャーさんご自身のお人柄が表れるご回答を待ちます

 

2016年6月25日 (土)

2016-6-25おやりになられましたねアルシャーさん

2016-6-25おやりになられましたねアルシャーさん
http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20160625/CK2016062502000024.html
                 
【ペットの殺処分がほとんどないドイツの民間施設の日本版だ。】
             
アルシャーさん このように話されることは 何らかの意図がおありでのことですね
             

一度でもいいですから http://eggmeg.blog.fc2.com/ のご意見に正面から対峙していただけませんか?
             

日本の動物愛護活動を動物福祉のレベルにあげたいとお考えであれば 先ずは活動に関わる人が誠実であっていただきたいですね
             
誠実であるということは 批判している人のことが気に入るかいらないかではなく ご自分の名「アルシャー京子さん」と指名をされて公開の場で 間違いを指摘され問われていることにお答えになることが 「リーダー」 として自他ともに認められているとされているお方の義務の一部だと思います

(S,Ma-「リーダー」 として自他ともに認められている」という意味は このように大衆を前に自己の信ずるところを啓発的に講演されることを言います)
         
それは あなたへの尊敬が一層増すことにもなる機会かもしれません

しかし あなたが批判する人を無視することか 侮って お答えにならないか なれないかということは あなたの信頼が揺らぐことにもなるのかもしれません
信仰的に あなたを信じる人々に対しても アルシャー京子さんを批判する人に対峙されることが指導的立場にある人の義務だと思います

捏造とは考えられない事例を挙げて ドイツ事情ティアハイムの実態として 公開されておられるhttp://eggmeg.blog.fc2.com/ について あなたの真意を伺いたいと存じます
 
 
 
あなたを信じる人々を軽視しておられるのでなければ http://eggmeg.blog.fc2.com/ に記載されています事柄に応えてください
 
 
 
応える必要がないということであれば 社会を侮る行為として許される範囲ではないのではないですか?
              
自信をもって 
http://eggmeg.blog.fc2.com/ の間違いを指摘していただきたいと存じます
 
 

現在の私は 勉強不足ではありますが http://eggmeg.blog.fc2.com/ に書かれています情報が 間違っているとは思いませんので あなたが私を納得させていただけるお答えを示してくださるのであればあなたへの敬意を持つことになります
 
 
 
しかし 今の状況では 答えられないから無視されているように感じさせられて残念に思っています
 
 
 
このように申し上げる私に対しては 名もない高齢者のたわごとに聞こえるかもしれませんが あなたがご活動され始めた時よりも以前から動物福祉の向上には 努めてまいりました
 
私にとりましては このようなことを見過ごすことは あなたも気にかけておられます この国「日本」の動物福祉の基礎つくりには有益ではないと思います
          
あなたがご意見を表明されますことはとても大切なことであり この国「日本」の動物福祉の向上を願って活動をされる方々や されようとする方々 その活動の後継者たちには 真実を知っていただくことが必要なことだと思っています
宜しくお願いいたします  
                     文責 松田早苗 2016/6/25

2016年6月24日 (金)

2016-6-24 まつだコメント『「怖いから言う事を聞く」という関係』

2016-6-24 まつだコメント『「怖いから言う事を聞く」という関係』

 

『「怖いから言う事を聞く」という関係』

拝読させていただきました

      

http://inutoitsumademo.seesaa.net/article/439331266.html

       

とても良いことで 着眼点にこのお方の犬に対する愛を感じます

【彼らにポジティブな感情で満ちた豊かな犬生を送ってもらいたいと思うのが、犬を愛する人にとっては自然な感情なのではないかと思っています。】

         

全ての 動物に接する人々が そうであっていただきたいですね

           

多くの愛護団体のシェルターにいる動物たちには この言葉が当てはまらないことが悲しいですね

          

不自然な感情で多頭数飼育をせざるを得ないのか? 

それを認めざるを得ないのか?

生かすためには仕方がないということなのか?

            

【彼らにポジティブな感情で満ちた豊かな犬生を送ってもらいたいと思う】そのような飼主様に巡り合える動物たちが多くなりますようにと願い 祈ります

           

そのような人間様に巡り合えなかった動物たちの多さにも 思いを巡らせていただけるといいですね

            

水をかけたようですが 底辺を底上げするための対応はほとんどとられていないのが実情ですね

なんとかしたいと願いつつも なんともならない現実につらいものを感じて生きてまいりました

           

誰にも振り向いてもらえない 「幸」と縁がない動物たちに申し訳なく思います

              

人が動物と共生することが続く限り 「幸」と縁がない動物たちはいなくなることはないでしょうが 

一匹でも少なくしてやりたいと祈ります

              

どうか それらの動物のことにも思いを巡らせてやっていただきたいと念じます

2016-6-23 気が付いたこと

一昨日も今日も私事で役所へ行っていましたが 近年の公務員の方々は本当に丁寧で 優しくなられましたね
 
お若い男性の係のお方と話が弾んでやはり認知症のご家族の対応にお困りのご様子がポロリと
 
そこで先輩としてのアドバイズ 何事にも「優しく」が基本ですよと助言をさせていただきました
 
 
 
同じことを話されるときも 聞く側は 必ず今初めて聞いたこととして受けてあげてくださいねと
5
秒の世界に住むお方に 24時間 365日の感覚ではお気の毒ですからねと
 
「優しい」「おいしい」「きれい」「楽しい」「好き」「きらい」は5秒の世界に住む今も 24時間の世界に住む人の感覚と変わりませんからね 何事にも「優しく」が基本ですよと繰り返しました
 
録音して母に聞かせたかったと苦笑いしておられました
 
みなさん わかっていても「堪忍袋」が小さくなってしまうのですね
 
 
 
病院の職員さんたちの手洗いが気になると書いたことがありましたが 何処で見ていても「手を洗う」ということでは驚くほど手間をかけていない人が多くて 水をさっとかけて濡らした程度の人がほとんどです
 
濡らせばバイキンが繁殖するのに喜ぶだけなので いっそのこと 乾燥したままで濡らさない方が良いかもしれませんね アルコールが置いてあることもありますから アルコールだけの方がまだいいでしょうね
 
 
 
ハンカチ持たない人の多さにも何かがっかりさせられます
 
紙を無駄に使う習慣 衛生面では大切ですが 無造作に5-6枚も使う人もいて 「「資源」のこと考えた゛ことないのですか?」 と聞きたくなることがあります

 
 
清潔が第一の医療の現場で手洗いが粗雑だと他のことにも不安が湧いてしまいます
 
流水で30秒間洗うことが基本ですが守っている人はごく々まれにしか見ません
 
私は石鹸があれば必ず使いますし 丁寧に洗うことが習慣となっています
 
自分のためでもあり 家族や周囲の人々と動物たちのためでもありますからね
 
液体せっけんを小瓶に入れて持ち歩いています
 
 
 
最近ふと 感じたことがありましたが 診察をされるご高齢の医師はご自分の「認知症」の検査はこまめになさるのでしょうか?
「認知症」は自覚なき病気だと思いますが だから余計に他覚且つ多角的な観察が大切ですが 日常のなれた仕事はかなりこなせることもありますから 自分のことでもそうですが 医師の場合には少なからず心配してしまいます
 
しかし 運転免許とともに 医師免許にも「認知症」テストが必要ではないでしょうか?

失礼いたしましたかしら???  ごめんくださいませ          

2016年6月16日 (木)

2016-6-16中川智子様 まつだコメント返信

2016-6-16中川智子様 まつだコメント返信

 
中川智子様
コメントありがとうございました


 
【繰り返される誤認情報・・】

 
これは あなたのことではなく ティアハイム「ノーキル」伝説のことです

NHK
をはじめ メディアも人気稼業の人々もこぞって 誤認情報を広報し 訂正も謝罪もされないのは 意図して「動物あいご」の人々を操ろうとしているのか 誤認情報を流すことに何らかの利益があるのか 信じる「動物あいご」の人々の側にも大きな問題がありますが この嘘を公言する行為は「動物あいご」の人々を軽くあしらっているようで 不誠実としか言えません

さんかくたまご様が http://S-ma.cocolog-nifty.com/にも度々情報をご提供してくださっていますが
 
詳しくは http://eggmeg.blog.fc2.com/  で検索されると良いでしょう

本当にしっかりと情報源の原語と対訳で 根拠を明らかにされていますから 私は自分にできない部分を補うことができますことで助かっていますしその点では尊敬しています
本音を申しますと ご自分のご意見のところで表現が過激な部分があり 余計な反感を買っておられるようで惜しい 残念と思うことはあります(さんかくたまご様失礼しました)
しかし これだけの確かな情報をご提供いただけることに感謝しています

中川智子様の熱心さが伝わるコメントを受けて 若いあなたの思いもわからないことはないのですよ
 
確かに理想を求めることは大切ですが 「殺処分ゼロ」は何処で どのような状況で「殺処分ゼロ」と認めるのかでその意義は全く違ってきます
 
行政機関での「殺処分ゼロ」は簡単にできることは何度も繰り返して表明しています
 
行政機関以外で 業者や個人の知識のない人々や 関心がない人々等によるなれ合い致死(なんとなく死なせてしまったや放置致死) また悪意による虐待致死の行為を「殺処分」としないのか? 
これらをどのようにとらえるのか?
(s,ma
-知識のない人と関心がない人とは違います)
 
獣医師による適正な「安楽死処置」は「殺処分」に入れないのか?
 
深く考えると一口に「殺処分ゼロ」ということはとても危うい表現であり ご都合主義に用いられやすいと感じます
         

皮肉な見方と言われるでしょうが 正直な印象は 「殺処分ゼロ」の提唱者の多くが 「人気」にこだわる職種にあるように感じます
 
故に目標として定める行為としての「殺処分ゼロ」という意味合いはいかにもいい加減に思います

優しそうに きれいに 正義であるかのように 装うために 印象つけるために用いられていると 私には感じられます

 
目標として「殺処分ゼロ」にこだわる必要はなく どのような死が 動物に救いとなるのか?
そこが大切なのではないですか?
 
動物の置かれている状況について 日本の隅々まで知ることができるお方はおそらく皆無でしょう
           

「殺処分ゼロ」を証明することはおそらく不可能と言えると思います
 
100%
の「殺処分ゼロ」を達成したければ 動物との「共生」を否定しなければならないでしょう
 
阪神・淡路大震災以前に 若い男性からお電話をいただきました
「動物との「共生」を止めさせたい すべての飼育犬猫を野生に返してやりたいので協力してほしい」ということでした
「人為的に繁殖した共生動物ですから 野生に返すことは無理でしょう」と答えさせていただきましたが その後はどうされたのか全く不明です
 
【あまりにいい加減な飼い主による飼育放棄や遺棄に接しすぎ、助けたくても助けられない現実に人間不信で諦めモード。】
         

私に言わせれば 「あきらめるなら公務員お辞めなさい」です

気持ちはわからなくはないですが 民間にできないことで放置できないことを処理するのが行政機関です
        

あきらめて いい加減な仕事をされて高給取りされては 怒りますね
どのようなときにも どのような仕事にも「誠実」であることが大切だと思います
          

私が懸命に時間を割いてコメント返信をさせていただくのは 可能な限り どなたにも「誠実」でありたいと努力したいからです
思うようにいかないこともしばしばですが それでもしなければならないと思うから 誤解も恐れずに 時には 誹謗中傷に「またか」とがっかりもしますが 自壊しないように「誠実」でありたいと願っています
 
経験を経ることで考えが変わることもあるでしょう
 
私は 約50年前「動物福祉」など意中になかった 関心も 知識もなく 一匹の被虐犬との出会いがなければ 人生は全く違っていたかもしれません
 
この犬との出会いから 未知の「経験」をすることとなり 「動物あいご」と「動物福祉」について考えるようになりました
           

無償奉仕で人生の大半を費やすことになろうとは思いがけないことでしたが 「動物の命を奪う」と表現されても そうしたことに悔いはありません
その時代に生きて その時代にできる動物たちに対する福祉の向上を願って 私なりにではありますが最大の努力をしたと自負しています
 
経験はペーパー学問では補えないものです
学問として「動物」と接することと 実際に社会の中の「動物」問題にかかわることは違いますから
どのように優秀な学者様でも ご経験になれないことはおありなのです
        

経験は多くを学ぶ機会となりますが 自分をつぶす危険性もはらみます
          

自力の限度をわきまえて ご家族とご自分を壊さないようにお働きください
私は現役当時 「無償奉仕のボランティアだからこの程度でよい」と思ったことはありません
若い方々にもそのように伝えていました
有償か無償かではなく 自分に恥じない「誠実」な仕事をすることが大切だと思っています
     

【活動はいつも ご無理のないように ボツボツと 細―く 長―くお続けくださいーs.ma】

2016年6月14日 (火)

T.N様 6月14日 14:37 コメントへ返信

T.N様 614 14:37 コメントへ返信
 
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動物と飼い主様の苦しみ?意味が解りません。我が家には、飼い主が噛むから一緒に暮らせないと飼育放棄し、センターに持ち込まれた噛み犬もいますが、少しの知識と工夫が出来れば、問題なく暮らせる事をしってます。
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まつだ意見T.N様  614 14:37このコメントに あなたと私の違いのポイントがはっきりと出ていると思います
動物と飼い主様の苦しみ?意味が解りません。
これではわからないでしょうね
他者を思いやる心配りが少ないか ないのか 対する人が自分の考え方と違う もっと進んで
憎いと感じたとき どうすればそれを解ろうとできるかではなく どうすれば相手をやり込められるかに転じるのでしょう
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また、どうしても飼い続けられない、どうにもならない事情があるなら、安楽死は選択肢として理解してます。しかし、なぜセンターにもちこむ?普通は愛情があれば、病院での安楽死では?本当にどうにもならない事情があるなら協力してくれる動物病院はあります。
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まつだ意見
私は何度も実例を挙げていますが 10年以上も主治医であった獣医師が「命を助ける学問はしたが 命を奪う学問はしなかった」と言われて老犬の「安楽死処置」(安楽殺処置)を断られた高齢者の飼主様がセンターに来られたことがありました
あなたは「運」よく いい獣医師に恵まれたのでしょうが昨今は「殺処分ゼロ」「ノーキル」とうたわれるようになり 開業の動物病院では「安楽死処置」(安楽殺処置)がし難くなっていることが増えています
飼主側の事情でその時まで動物病院にかかれなかったこともありますし 転居などで親しみのない動物病院にお願いせざるを得ないこともあるでしょう
とにかく事情はたくさんあります
あなたが経験されなかっただけのことです
費用にも 時間にも 動物の飼育ができなくなり 切羽詰まっていれば頼るところは行政機関となります
「そんな人が飼う(買う)からや」
と聞こえてきそうですが 現状では誰でも欲すれば動物の飼育はできます  
飼育を始めた際には120%優良な飼育条件が整っていても 年月とともに飼育の環境が変化して倒産や 病気 家庭の崩壊と理由はいろいろのこともあります
あなたのお考えではそれらの人々を含めて
動物と飼い主様の苦しみ?意味が解りません。
 となるのでしょうね
経験しないことは 知らないで終わることがありますからね
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愛護センターのありかたは変えていくべきです。 松田様は、動物達に深い愛情がありながら、たくさんの動物達の命を奪ってこられたのですよね。でも、飼育動物であれば、それはセンターがする事ではありません。飼い主の責任で行うべきです。 時代はかわってきてます。殺処分0、可能だと思います。安楽死0はまだまだ難しいでしょうが。
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まつだ意見
これでも 愛護センターのありかたは激変というくらい変りましたよ
兵庫県や神戸市(私の知る他の府県もほぼ同様でしたが) を例にとりますと 窓もなくコンクリートの床に水絨毯 餌は糞尿の上にじかにばらまかれていた 無人の保管所もありました
職員は見るのがつらくて仕事に熱意など持てなかったと言っておられました
愛護センターに床暖房が入り 清潔な給餌 給水ができる現状は仕事がしやすくなったと言っておられる職員さまもおられました

私はその劣悪な状況の時代に生きてきましたので
【松田様は、動物達に深い愛情がありながら、たくさんの動物達の命を奪ってこられたのですよね。】
はい その通りです
他の多くの外野席で「殺すなんて怪しからん」とは言っても 具体的に自分ならこうする と実例を見せた人はいなかったし 年間の収容頭数が最多で12000匹を超えることもあり 適正に保管飼育管理ができるわけもなく 【動物達の命を奪って】苦しみからだけは救ってやれたと思っています
わたしなら この場合に虐待で殺したくて殺していない人に向かっては【動物達の命を奪って】とは表現しないし できないでしょうね
うらやましいばかりの 余裕ですね
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でも、飼育動物であれば、それはセンターがする事ではありません。飼い主の責任で行うべきです。
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まつだ意見
理想としてはそうでしょうが 現実は先に説明したように飼主の能力には大差があり 民間での対応ができないところを行政機関が補うことは当然です
仮に譲渡基準が厳しくなり 全ての飼主様が能力に恵まれた方に限定されたとしても その優良飼育の状態が生涯にわたり 飼育開始時の状況のままに保たれるとは限りません
それを責めても何も解決しませんね
飼主に代わって 私たちのような活動をする人もいますが そのような助けが得られないこともあるのです
そのようなときに動物と飼い主様の苦しみ】を少しでも救えるために 獣医師のお心が支えですが それさえも充てにならないこともありますし 状況で獣医師にお願いできないこともあるでしょう
行政機関は社会の問題を受け止めつつ 改革をしなければなりませんね

あなたに最も欠けていることは他者を思いやることのように感じます
動物に対する愛情が他の人にも向けられるといいとは思いますが  経験があなたを育ててくれることを待つ以外にないでしょう
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意見を言えることが良いことですから これからも意見は述べてください
ほんの少しの思い遣りとともにね ありがとうございました 松田早苗


2016年6月12日 (日)

2016-6-12 さんかくたまご様 コメント返信

2016-6-12 さんかくたまご様 コメント返信
 
さんかくたまご様 コメントありがとうございました

私のブログに、本番組に関する、読者様からこのようなコメントが来ました。 (読者様) うっすらですけど見ましたね http://www.nhk.or....

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ということで そちら様からのコメントが2回スパム仕分けに入っていました

本文抜粋:

2016年6月11日 (土)

2016-6-11さんかくたまご様 コメント返信

2016-6-8過去録からⅡ行政機関とは何だ??

2016-6-11再度見直してやはり不快です
2016-6-8
過去録からⅡ行政機関とは何だ??
過去の写真を見ていると 改めて不快感がわいてきました
 
過ぎたことではありますが
 
6人の行政職員がそれぞれに書き込まれたボードを胸に写真が公開されて賛同の「いいね」が多かったのですが 私はとても賛同できなかったのです
 
改めて不快感が再燃しています


1-
衝動より熱意 飼いたい犬と 飼える犬は 違います

2-終生飼育

3-この命 灰になるためだけに生まれてきたわけじやない

4-税金を 命の処分に使うより 命を生かす社会に使おう
 
公費としては 動物が好きか嫌いかで決められませんから 「余剰動物」に対応するのは公務としての行政機関の仕事です
 
行政機関で殺処分さえもされなくなったら 「余剰動物」の保管は誰がどこでしますか?

5自分の犬を 他の人に殺させる人 最低だと思う
 
そういうあなたも最低に近い
 
思い遣りが足りない
 
最後の決断でそうせざるを得なかった飼主様もおられるでしょうに
 
飼主がどのような気持ちであなたに託したか 考えたことありますか?
全ての人に「最低」とののしることは 思い遣り不足

行政職員には不向きです
 
こういうことを公然と言えるから 救護活動の子猫を「元の場に返してきなさい」と言えるのですね

情けないとしか言えません

6-殺処分あなたが見捨てた家族の命

断腸の思いで決断をされる例もありますから 一律にこのような「ええカッコ」正義ぶるのはいけま

んね

あなた方にかけているのは 動物を思いやるほどの思い遣りを「人」にされていないことではありませ

んか?
動物好きの狭い動物あいごの社会では受けるでしょうが 普通に動物に対する感覚から見ればおかしいですね
 
 

2016年6月 5日 (日)

2016-6-5 A,H様 S,Maコメント返信 自由と束縛

>遺棄された猫の保護が目的としても 遺棄した人に安堵感を与えかねないことになる

地域で棲息している猫をみると少なからず良心をもった者は罪悪感の回避から遺棄しやすいということになるというこが地域猫に反対しているわけですよね。理屈はわかります。ですが現実問題としては対処していくとき、なぜそのような抽象的なことにまで配慮をしなければならないのでしょうか。

前にベテランのボランティアさんから餌やり禁止の看板があると遺棄されやすいと聞きました。ここで餌やりをしていると示す看板になる、つまり遺棄を誘導していることになると。皮肉なことに、松田さんの仰る罪悪感の逃避効果にも使われるでしょう。

という理屈でいえば、地域猫では餌やり禁止の反対運動は、遺棄されることの抑止ともなります。

>不良飼主に囚われるよりは 浮浪の方がまだ救いがあります

もちろんです。

>束縛(管理下)=安全
>自由(放任)=危険 は並行していると思います

私は危険<自由という考え方です。
365
24時間、自由が拘束されない世界でのびのびと動き回ることと危険なことに出会う可能性とどちらが幸福かを考えたら、完全室内飼育には反対です。
うちで保護している愛猫たちは自然環境の中、自由に家と外を出入りしていますが、自然の中でのびのびと幸福そうに生きているのをみると室内飼いなど考えられません。
常に危険と隣り合わせであるということは事実ですが、必要以上に心配すること猫の自由を奪うことであり、エゴのひとつであると思います。つまり自分の不安を取り除きたいがために、過保護になりすぎるということです。その過保護が猫のためになるのでしょうか。
人間の子供に置き換えてみればよいです。
事故にあうから、誘拐されるからという理由で家に閉じ込めておくことは虐待になります。
たとえ室内飼育ではないために寿命を全うしなかったからといっても、生きていた間は室内飼いよりも幸福だったと思うのです。

 

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2016-6-5
 A,H S,Maコメント返信 自由と束縛


 
人間の子供に置き換えてみればよいです。
事故にあうから、誘拐されるからという理由で家に閉じ込めておくことは虐待になります。



この言葉が決定的にあなたと私の違いだと感じます
 
 
 
子供と飼育動物とは違うというのが私の基本的な姿勢です
 
 

あなたのような方々がよく引用される言葉に「ストリートチルドレン」を引き合いに出して 「ストリートチルドレン」を捕獲して殺すのかとまで言った方がいましたが ばかげていて正面から論争する気持ちもありません
 
種の違いで論じれば 同種を守ることが当然です
 
 
 
ですからどのような事態となっても動物を【人間の子供に置き換え】て価値観を図ることは私にはできません
 
 
 
心情的には私も「子供のようにかわいい」「家族動物」とも言い表しますが 人間と動物とは違う
 
それは私が人間として生まれていますから 人間が人間を優先することは私には当然のことです
 
 
 
自然破壊等の行き過ぎた 人間優先とは違います
 
 

そして 人間社会では不足したところはたくさんあっても 人間を守る法律は動物を守る法律よりもより多く 動物は法によって守られるところは人よりも格段に少ないことも 動物をいかにすれば擁護してやれるかというところに及びます
 
 
 
悪徳繁殖 販売業者や虐待加害者に対することについても動物を守る法律は不十分です
 
ならば 人として その知恵をいかに使えば動物を守れるかということに腐心すれば 「保護」という屋内飼育となります
 
 
 
それは 動物を飼育する権利は 他者に対する迷惑を可能な限り抑制する 即ち 「屋内飼育」をすることで認められるというのが私の考えです
 
 
 
子供に匹敵するほどに可愛いということはできても 私は二者択一 どちらかしか助けられないときには 他人のお子様であっても 迷わず人の子供(人間)を助けます
 
 
 
最近の話題で 動物園で人間の幼児を助けるためにゴリラが射殺されました
 
賛否の論争はありますが もしも 対応が遅れて 幼児が死亡していたら 対応の迷いを多くの人々は許さなかったでしょう
 
幼児の保護者の監督責任も話題に上がっていました

動物飼育には動物に対して監督責任があるというのが私の考えであり 無残に死なせたくないから 保護=束縛となります

束縛といってもケージに閉じ込めていいとは申しません
 
 
 
米国デンバーを訪れたとき 浮浪猫は一度も目にしませんでした
 
案内のお方に問いました
 
そのお方のお答えは 
 
「教養の比較高い住宅地では屋内飼育が普通ですが 貧困層の下町に行けば浮浪猫はいます」ということでした
 
 
 
咬傷事故を起こした犬は処分されるということも 日本よりも一段と厳しいのだと知りました
 
 
 
価値観ですから米国が良くて日本が遅れているとは思いませんが 社会の中で相互に譲り合うということに重きを置けば 動物飼育は可能な限り他者に迷惑を及ぼさないことだと思います
 
 
 
そのことが動物の社会的地位 「愛すべき動物」によりよくつながるものと思います
 
 
 
猫が嫌われ動物とされていることが犬よりも多いのは 浮浪猫の多さに起因していると思います
 
この頃の猫ブームは その先が心配されます
 
 
 
必要以上に心配すること猫の自由を奪うことであり、エゴのひとつであると思います。
 
 
 
自由であるために凄惨な虐待被害にあったときにも 事故で動けなくて ウジ虫に食いつくされて死に至ることも仕方がないと言い切れますか? そして そのように冷静でいられますか?
 
 
「自由に楽しんだ結果だから仕方がない」と言い切れますか?
 
 
わたしにはそのようなことは考えられません
 
 
 
逸走で行方不明となっても申し訳なく思いますから ましてや自分の意思で「自由」=「放任」していたことによって不幸にさせたのでは 深い後悔の念に苛まれることでしょう
 
 
 
そして それをエゴという言葉で言い換えることは私にはできません
 
 
 
エゴということは自分だけに都合のよいことだと思いますから 猫に都合のよいことが何もない時にしか使えないと思います
 
 
 
守るためにという「言い訳」と思われるのでしょうが 「屋内飼育」は 私には猫に許してもらえる範囲の選択肢であると思っています
 
 
 
外界を知らずに育てば 生息域=屋内がテリトリーのすべてとなるでしょうから 猫なりに不満はないと思います 
 
 
 
自然の味を知っているあなたが 外はいいよと教えなければ 猫はそれなりに安全を保障
 
 
 
されて 人の愛情も一身に受けて 満足しているでしょうから不幸だとは思いません
 
 
 
価値観ということでは 譲り合ってあなたの方が立派ですというところにはたどりつけないように思います
 
 
 
何かの活動をするということは 自分の考えに近い人々の中で暮らしたいから 賛同者をより多く得るために相互に意見を述べ合うのだと思います
 
 
 
どちらとも決めかねておられる方々がお一人でも支持者となってくださることで 自分の考えに近しい方が増える 即ちそれだけ心安らかに暮らせるということでしょう
 
 
 
あなたはあなたのお考えを広められるご努力をなさってください
 
いいことはいいと賛同いたしますが よくあることですが意見の違いを誹謗することで 遣りこめたかのような錯覚を持つ人にはなりたくないとは思っています
 
 
 
長い活動経験から得たことは 動物を苦境から救い 守れるのは人であり 人以外にはないということですが 守っているつもりで 人はしばしば動物を苦境に追いやっていることも多々あると思います
 
不適正多頭数飼育と溺愛はその典型だと思います
 
 
 
これ以上議論を重ねてもほぼ平行線でしかないと存じます
 
 
 
これらの返信を書くためには時間の配分をこのために割かなければならず これからは返信ができかねると思います
 
微妙なことを書きますので慎重にならざるを得ず これでもとても気を使っています
 
 
 
逃げると思われたとしても現実的に時間が不足しています

書き足りない思いはありますが 私が世話をしてる「人間」は話してわかる人間のことではなく病気なのですから 私の時間が足りないといってもどうすることもできません
 
 
 
自分が思いついた時間に思いっきり話すことを聞いてやらなければ 満足することなく何度でも挑んできます
 
当方の食事時間さえ遮られることもありますが 私にできることであれば応じてやりたいと思っています
 
そうしなければ若い人達へ矛先が向かい 皆が共倒れになりかねません


 
先に別の方が「老害」ということばを使われましたが 高齢者となることはどうすることもできないことではあります
 
わたし自身も若いころにはこのような現実を想像したこともありませんでした
 
 
 
皆様にも その時は必ず来ます
 
どのように高齢期を迎え耐えるのか 今からおつもりなさることもいいかもしれません
 
 
 
このような次第ですから事情ご賢察くださいませ
 
 
 
意見が多様であることが自由に生きている社会であると思いますので それでも確かめたいことがおありでしたらどうぞ お尋ねください
 
誠実に生きることに努めているつもりですので ご返事は遅れるかもしれませんがさせていただきます
 
 
 
真摯なご意見をいただいてありがとうございました
 
どうぞ ご活躍ください    2016/6/5  松田早苗

 

2016年6月 4日 (土)

2016-6-4(2015-6-2ペット店調査報告書)


2015-6-4
時期が来れば公開しますとフェイスブックに書きましたので 一年目の今日公開させていただきます
      

 
当時はすぐに公開すればこちらの身分が知れることを少なからず心配しました2015629in0001


2015629in0002


2015629in0003



 
一年目ですので当時 管轄行政機関に提出しました 調査報告書も公開いたします
 
ご参考までにご高覧いただければと存じます
 
再度
 
なぜ動物が好きという人々がこのような商売ができるのでしようか?
なぜこのような店を訪れて「癒された」「楽しい」「面白い」と思えるのでしようか?


 
全てを実名で公開したいのですが 時には礼儀を考えない「てめえ」型の抗議というよりも「嫌がらせ」をする方がおられることを案じますので 実名は伏せました
 
動物あいごの人々が時には怖いと思うことがあります
 
動物のためであれば人がどのように傷ついてもかまわないかのような錯覚を正しいと思う人もいます
 
心中ご賢察くださいませ
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調査訪問時間 2015/6/2 14:00~15:00
 
調査訪問者 2名


珍獣   ハウスD
見学料 1時間
 
大人(中学生以上) ワンドリンク付き      2000
 
子供(4歳以上小学生以下)  ワンドリンク付き  1000
 
幼児(3歳以下) 無料

ノボリや看板がなければとても展示動物がいるとは思えない細長い4階ビルだが すべてのフロアに展示動物がいた
 
不潔 
 
行動の自由は無い 
 
安らぐ場も時間もない 

業者登録番号 展示0000000 とあるので 正式に営業許可を得ているとみなすが この状況で許可されたということが理解できない

動物の入手のほとんどは輸入に頼っていると言っていたが 正式な許可証があるのか?
展示だけではなく 販売もしていたが 同一場所での販売なのか 他に保管している場があっての販売なのか?

店舗の形体が狭い廊下で触れさせていたことと 一旦建物に入ると容易には出られない構造であったので 不安を感じて調査目的であることを悟られないように気を配らざるを得ない雰囲気であった

衛生管理では 手指を水洗することもなく 簡単にアルコール噴霧での消毒のみであった
 
幼児の客には危険と言っていい程度の「ふれあい」であり 親の責任と共に 業者としての良心は一切感じられなかった

特に ハナクマの管理と猛禽類の管理は虐待と言い切ってよい程度であり 法律第105号の存在意義が問われる状況である

以下の質問に文書でのご回答を賜りたく よろしくお願いいたします

1.
開業以来 行政機関としての現地査察を何度されたのか?
2.
その際にどのような評価をされたのか 査察の日時と評価をお尋ねしたい

3.指導個所があったのであれば どの点についてか?
4.
改善の勧告をされたのであれば その結果の確認をされたのか?
5.
どのような結果に対してどのような評価をされたのか?
6.
この状況が適正であると判断されているのか?
.適正であると判断されたのであれば 理由をお尋ねする
8.
不適正であると認められるのであれば どのような対処をされるのか?

ご多用とは存じますが6月末日までにご回答を賜りますよう お願いいたします
尚 調査についての如何なる情報も 当該業者に知らせることはしないでいただきたくよろしくお願いいたします
漠然としてはいますが 危険を感じるものであります

 2015/6/3 文責 松田早苗
 (,Ma注-)現在は所属団体はなく 全くの一個人の活動です

ペット店カード出世日「00日頃」表示

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ペット店カード出世日「00日頃」表示
NHKペット購入トラブルについて 写真取り込みができなかったので 別に提示いたします
先の記事に添付したケージの写真は テントで繁殖している悪徳業者のものです

2016-6-3S,Maコメント返信

2016-6-3S,Maコメント返信
 
A.H様 大変お待たせいたしました
 
家族の事情はまだまだ困難が続きますが PCがメンテからかえって参りましたので 取り急ぎコメント返信に取り掛かりました

 

長い文章となりましたので フェイスブックでは修飾編集ができないので

 

http://S-ma.cocolog-nifty.com/ 
 
に書かせていただきます
 
よろしくお願いいたします 松田早苗 
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A.H
>人間が介入 (餌付けや不妊手術) をしないところで 自然発生し 自然淘汰される猫が本来の野良ネコです

そもそも動物はすべて自然淘汰されなければならないのです。
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まつだ意見
【そもそも動物はすべて自然淘汰されなければならないのです。】
それは野生動物として自然発生した場合に限られます
給餌 給水 医療にも関与し 繁殖で人為的に発生した動物が家畜となっていますから 飼育下動物は自然淘汰は正確な表現ではないと思います
強いて自然淘汰というなれば天寿を全うした場合かと思います

------------------------------------------------------------
またこの「自然淘汰」って私が地域猫活動をしてく上で出会う言葉です。増やした人、無知無関心の人は自己弁護のためにこの言葉を使います。
ですがし自然淘汰されている(はずの)猫は野良猫ではなく、西表ヤマネコなどの純粋な野生猫です。
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まつだ意見
私が「良」を入れていたことに気が付かないままにしていたからいけないのですが 正確には「野良猫」ではなく「野猫」ですね
「西表ヤマネコ」に限らず いわゆる日本猫も狩猟法では「の猫」と表されて 「西表ヤマネコ」とは別に扱い 「野猫」は狩猟対象動物とされています
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参考
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E7%8C%AB

 

野猫(のねこ)とは、ネコ科家畜であるネコ(イエネコ)が野生化した個体群である。しばしば片仮名ノネコと書かれる。

 

野良猫と野猫は、通常は同じ意味だが[1][2][3]、狩猟鳥獣としてハンティングの対象として良しとするため、野猫と野良猫は違うものであるとされたこともある[4]。この場合の野猫の定義は、人間の生活圏への依存が全くみられない、野生動物であるとされる。野猫と野良猫に遺伝的な違いはないが、食生活によって区別するとされる(昭和三十八年の国会における林野庁指導部長による発言[4])。

 

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野良猫はもともと人に増やされ、人工発生し、(純粋に)自然淘汰されていない猫のことです。

>飼育されていた猫が遺棄されて浮浪することは もとは飼主がいたことであり 根本的に違います

ですからこれも、飼育という人工的な環境にいた猫ですから、そこから遺棄されたり逃げたりした場合、浮浪つまり野良猫となるわけです。

松田さんと私は野良猫に対する定義からして違いますね。
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まつだ意見
ここは 「の猫」としした方がわかりよかったかと思います
「の猫」「野良ねこ」はどちらも浮浪している猫 人が介入して生息していた飼い猫が逸走や遺棄で飼主をなくした状況の猫とされていますが 「の猫」は人里から離れて生息するとされ 論争はありますが 狩猟の対象とされています
市街地で遺棄された猫は間違いやすいので私は 「浮浪猫」と表現することが多いです

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A.H
>安易に飼い始めて 安易に捨てる
この悪循環を支えていると感じられることが「地域ねこ」の弊害だと思っています。

安易に飼うことが捨てることと直接的な理由になることはわかりますが、それが地域猫の弊害に関わるのでしょうか?
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まつだ意見
安易に飼う 買うということは 必要経費や時間的余裕 居住空間 心の余裕も含めて適切でなくても 「刹那的に衝動的に飼う 買う」 ことになる状況のことを言い表そうとしています
飼主としての責任が果たせなくなった場合に 譲渡も「安楽死処置」(安楽殺処置)も考慮できない人々がいますが 少しばかりの良心があれば 誰の目にも留まらない場に遺棄するよりも 比較的遺棄する人の良心の呵責が軽減される「餌付けがされている場」として「地域ねこ」の場が選択肢に上がるでしょう
現に「地域ねこ」の場には新しい猫の顔が増えることが嘆きの声として上がっています

------------------------------------------------------------
>【その猫を地域ぐるみで世話をするということが「目的」であり、当然のことながら「遺棄」するわけではありません。】
「「遺棄」するわけではありません。」意味が一貫していないと感じます

松田さんがおっしゃる野良猫=遺棄されたという不可解な考え方にに対して「地域猫活動は当然のことながらそんなことは目的ではない」という意味です。

>遺棄することに対しての飼主責任を問うのであって 飼主か救護活動で管理責任が生じた場合も含めて猫に関わった人間としての責任を放棄することで「遺棄」となります

責任を放棄することで「遺棄」にはなりますが、地域猫はその遺棄された猫を保護する場であり考え方です。すべての人に譲渡できるわけではありませんし、適切な飼い主にめぐりあうわけではなく、最悪の場合虐待者に譲渡される可能性があります。

ですから私は譲渡されるよりも、限りなく自由に行き来できる環境や可能性を作られる状態で世話をし、地域で見守り、寿命をまっとうする(野良猫ではなく地域猫)猫の方が幸福なのではないか?とも思います。もちろん共存以上に、猫のほうも人を愛し、人の家族になればそれはそれで最高です。
------------------------------------------------------------
まつだ意見
【責任を放棄することで「遺棄」にはなりますが、地域猫はその遺棄された猫を保護する場であり考え方です。すべての人に譲渡できるわけではありませんし、適切な飼い主にめぐりあうわけではなく、最悪の場合虐待者に譲渡される可能性があります。】
【地域猫はその遺棄された猫を保護する場】
                        
ということは遺棄された猫の保護が目的としても 遺棄した人に安堵感を与えかねないことになることにおいて 捨てることで 殺さなくて済んだという贖罪感を与えるであろうことに「地域ねこ」活動に疑問がわきます

当に【責任を放棄することで「遺棄」】
となるという解釈はあなたと同じです

【限りなく自由に行き来できる環境や可能性を作られる状態で世話をし、地域で見守り、寿命をまっとうする(野良猫ではなく地域猫)猫の方が幸福なのではないか?】

 


私が現役時代を含めて 40年間以上見てきた浮浪猫で幸せだと感じたことは一度もありませんでした
先にも何度も触れていますが 不良飼主に囚われるよりは 浮浪の方がまだ救いがありますが 自由が良いとされるなら 家屋内飼育の意義が問われます
束縛(管理下)=安全
自由(放任)=危険 は並行していると思います
                        
餌付けや触れ合うとき 人の目に触れているところでは「幸」そうに見えるでしょうが 
【限りなく自由に行き来できる】
ということは 人の監視下を離れて目視できないところへ行く可能性が多く そのような 監視できない時間 場所での虐待や傷病は防ぎきれません
                         
それらの虐待や傷病被害にあった動物たちを見つけられた場合には 携わる人にもよりますが 医療を受けさせることもあるでしょうが知らなければ「いなくなった」で終わるでしょう
                 
虐待や傷病で苦しむ動物たちは自らは自己申告できません
                     
人目に触れないところで苦しみながら死までの時を耐えなければならないのです 
                      
それは長い日数のこともあり 知りつつも「かわいそうだけれど捕まらない」とよく聞かされました
決して自由が「幸」にはつながってはいません

【限りなく自由に行き来できる】
は 「地域ねこ」に携わる人々の気休めだと感じています
                      
不自由(管理下)は安全につながりますが 自由は管理がない即ち無防備 自己責任ということも言えます
「地域ねこ」が 管理された「保護下」という感覚でなければ 【、寿命をまっとうする】ということは言えないと感じますが 私が知る限り10年以上という天寿を全うしたという猫はわずかしか知りません
たぶんよほど幸運であったのであり 人々に見守られた結果ではないと感じることが多いです
現実には 「地域ねこ」が 一般的な飼い猫(適切な家庭飼育猫)と比較して短命であることは指摘されていますね
平均的には 2-5年と言われているようです
飼主自身に虐待されることもありますが 適切な飼主に恵まれて 譲渡(購入)で飼育された猫たちは20年の長命も珍しいことではなくなりましたね
ゆえに 浮浪動物が「幸」と感じたことはありません
「地域ねこ」に頼っているのは 猫よりも「ノーキル」を提唱される人々の心の安らぎのよりどころとされているとみているのが私の見方です
凄惨な死に方をしたり 死に直面しながらも逃げ惑う猫たちに出会うが何もしてやれないという 無力感に苛まれる つらい場面に遭遇されたご経験はおありでしょうか?
私はそのたびに遺棄した人間の無責任な行為を詫びたものです
                     
猫の感染症が 市街地に出てくる野生動物 タヌキや 狐に広まっていることも珍しくはないですね
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
A.H

 

>【松田さんが、遺棄に対して寛容しなければならないと思われているのでしたら、【遺棄の防止】ということと矛盾しています。】
驚きますね
全く反対の解釈をされています

について、その個所のコメントを見返しましたら

>遺棄されることに対する寛容さが遺棄の防止につながらず バイパスを作っていると感じます

と書かれていました。これは私の読み違いです。失礼しました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
まつだ意見
お分かりいただければよろしいかと存じます

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

しかし「遺棄されることに対する寛容さ」というが、反地域猫となることがまったくわかりません。

>遺棄に対して「寛容」であるのは「殺処分ゼロ」思考の方々の多くに見られると感じています

「殺処分ゼロ」思考はその「寛容」があるせいというわけですね。ですが殺処分ゼロにしたい人が遺棄はその原因となるわけですから、遺棄に対して寛容しているとは思えませんが。
寛容とはどういうことなのか、もう少し説明していただけませんか?
――――――――――――――――――――――――――――――――――
まつだ意見
殺処分回避のための対応としては まずは「譲渡」ですね
しかし 「余剰動物」と表現されますように 譲渡受け入れと 譲渡待機の動物の頭数は 圧倒的に 「譲渡待機の動物」が多数であり 譲渡待機の動物のいくらかは新たな飼主に恵まれますがその多くは「余剰動物」とみなされることになります
遺棄されることに対して 殺処分しなかったからという「寛容」な解釈で「地域ねこ」として「見守る」ことにされているのではありませんか?
ある 法律家と論争した際に「なぜ捨てたらいけないの 殺すより 生かせてやれていいでしょう」と言われて唖然としたことがありました
この言葉に遺棄に「寛容」というよりも ご自身が救われていることが表されていると感じています

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
A.H

 

>【登録制度にすることについての利点は何になるとお考えでしょうか?】
飼主としての責任感をより意識させることになるでしょう
逸走した場合や災害時の所有権保護にも役立ちます

逸走した場合についての利点にはなりますね。ただ、現実問題としては無理でしょう。
飼主としての責任感をより意識させることには疑問です。
であれば、登録制度のある犬の遺棄は少ないということになります。狂犬病予防の注射、鑑札の義務ですら一体何人の飼い主がそれを実行しているでしょうか。迷子犬に鑑札がないことでどれだけの犬が殺処分されていることか。猫も同じことです。登録制度にしたからといって人間側の意識や法律が変わらないかぎり遺棄は減りません。

>【もし把握できたとしても次には飼い主が誰になるかという問題があります。】

については、あふれんばかりの猫の譲渡先がそうそう見つかるわけがないという意味です。(ご自身も「譲渡先の確保は「余剰動物」という言葉が表しているように非常に困難です」と書かれています)仮にマイクロチップなどで管理体制ができても、蛇口をしめないかぎり無駄になります。そのために手術の必要性があるわけです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
まつだ意見
>【もし把握できたとしても次には飼い主が誰になるかという問題があります。】

については、
【あふれんばかりの猫の譲渡先がそうそう見つかるわけがないという意味です。】

 

間が飛んでいますね
【もし把握できたとしても次には飼い主が誰になるかという問題があります。】
については 登録の書き換えをすると書いています

「譲渡先の確保は「余剰動物」という言葉が表しているように非常に困難です」と書かれています)仮にマイクロチップなどで管理体制ができても、蛇口をしめないかぎり無駄になります。そのために手術の必要性があるわけです。

文章として直には移行していません

現状は マイクロチップの挿入は任意であり 未だ少数であることも効果が表れない一因となっているでしょう
義務とされて飼主責任の表し方の一つとされたなら 今よりも効果は上がると予測できると思います
犬の遺棄頭数に比較して 猫は圧倒的に多数です
登録制度の有無とともに 飼育管理の在り方について リードの義務等の制限がより多い犬に比べて 猫の飼育管理について規制が少ないのは事実です

狂犬病予防法は守られない法律の代名詞のような状況で放置されていることが問題です
国民の義務違反とともに 行政機関とともに立法府の責任も大いにあるでしょう

なぜ守られないのかの一因に 獣医師ご自身が否定されていることも少なくないと感じています
であれば「狂犬病予防法」改正等の行動をおとりになられることが筋だと思いますが 法律第105号にもご関心が低いお方が多いと書きましたが 「法律をまもる」という国民としての義務のあり方にも関わることだと思います
いらないのであれば 変更されるように働きかけられることが大切でしょうし 存続させるなら 守ることに力を注がれることが国民として 社会人としての良識だと思うのです
 
獣医師とは 獣医療のみならず あらゆる面で動物との共生にかかわる専門家であっていただきたいし 適切な指導がお出来になれますようにと願っています
                     
「命を助ける学問はしたが 命を奪う=殺す学問はしなかった」と よく聞かされますが 医療とは苦痛の軽減が基本だと思うのです
苦しむ飼主と動物を救うことの一助としての「安楽死処置」(安楽殺処置)は 立派に人と動物と社会を救うことになる とはお考えにならないのでしょうかね??

昔 ジステンパーの症状が顕著に出ている浮浪犬を保護したものの 開業動物病院では診察もしていただけず ましてや「安楽死処置」(安楽殺処置)のために診察台にあげることも 他の来院動物に感染させる危険性があるからと言われて断られて途方に暮れたことがありました
そのようなときに 初代の神戸市獣医師会長は「どうしても 誰かがしなければならないことで 死によってしか救えないのであれば私の技術を提供しましょう」と仰られて 犬とともに人間(まつだ)と社会を救ってくださいました
今も忘れられない御恩であり 感謝の気持ちで一杯でした
当時は 隔離設備もなく それだけ動物病院の設備が整っていなかったということもありますが その気があれば 屋外でケージの中で 「安楽死処置」(安楽殺処置)のための注射をすることはできるのです
心が狭いと感じたものでした

――――――――――――――――――――――――――――――――――
>私は自分の飼育していた動物たちを二次的に譲渡するつもりは全くありませんでした
>わたしと同等か以上であれば

これについてはまったく私と同じ考えです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
まつだ意見
私の場合は 「安楽死処置」(安楽殺処置)を致し方のないこと 「ベストではなくてもベター」として受け入れていましたが どうしても「安楽死処置」(安楽殺処置)さえも殺処分として受け入れられないお方が多く それらの方に新たな譲渡先「良い椅子」をお譲りするということも考慮しての決意でもありました

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 


>余剰動物対策の一策としての殺処分は非難されても責務としてできる機関が行政機関です

うーん、これは難しいですね。

「殺処分ゼロ」とうたう人たちはたくさんいますし、理想通りになってほしいですが、現実的にはそうはいきません。
「蛇口は開きっぱなし」という表現通りだと思います。
ですが法35条では「引き取りを断ることもできる」という解釈もできますし、今の時代、行政が自ら断っていますし、愛護家ではない(むしろ処分したい方の)民間人もその事実は知っています。古いセンターの取り壊しの際に殺処分機を最初から作らないというところもあります。

行政が殺処分ゼロとうたっているところも実はボランティアに丸投げした結果の数字だとある保健所の職員さんが言ってました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
まつだ意見
【「蛇口は開きっぱなし」という表現通りだと思います。】
繁殖や販売業者を制限できない現状では「蛇口は開きっぱなし」
にならざるを得ないですね
現状は調べていませんが 過去にはJKC顧問に故.・宮澤喜一氏等の高位の5-6人の政治家が名を連ねておいでのことがありました
業者の規制には立法というところで関門があるのかもしれません

【行政が殺処分ゼロとうたっているところも実はボランティアに丸投げした結果の数字】
その典型が 広島市 でしょう
民間団体の窓口的存在のようにお見受けしてしまいますが 間違いであればご指摘ください

熊本市も 不適正多頭数飼育で褒められていたのですが この度の大震災でご苦労の最中ではあり 時期的には言いにくいのですが 日常の多頭数飼育管理のために 被災動物を受け入れる場がなく 他府県に保管動物を引き受けてもらわれたと聞いています
                           
以前から私は 「数字的」に行政機関が「殺処分ゼロ」を達成することはいと優しいことだと公言してまいりました
不適正多頭数飼育保管をして 不適正譲渡をして 受け入れ拒否をして 民間丸投げをすれば明日からでも数字は「殺処分ゼロ」にできます
                           
何をもって「殺処分ゼロ」を証明できるのか?
虐待やネグレクトで死に至った動物たちはカウントしないのか?
「安楽死処置」(安楽殺処置)も含めて 行政機関だけが殺処分さえしなけければ「殺処分ゼロ」なのか?
これほどあいまいで 国民をごまかす言葉の使い方になぜ多くの人々が酔いしれるのか?
「殺処分ゼロ」の言葉を利用する側の意図的な 「優しそうな感じ」が前面に出されるからであろうと感じます
支持者に人気稼業の人々が多いこともうなずけます

【古いセンターの取り壊しの際に殺処分機を最初から作らないというところもあります。】

これについては「殺処分機」は不要であり 携わられる方々の心的ご負担はおありでしょうが 義務と動物に対する思い遣りがおありであれば 「安楽死処置」(安楽殺処置)に努めてくださることが 獣医師としてのやさしさだと思います
――――――――――――――――――――――――――――――――――
それにしても「余剰動物」を殺すための業者に頼むのなら自分の手で殺すべきです。家畜と同様、自分が殺せないから他人に殺させたものが食べれるわけです。

先にも述べたように、私は限りない苦痛を与えられている動物たち苦痛を考えると、最終的、つまりその地獄から救われないのならば死こそが唯一の救いだという考えですので、安楽死についてはケースバイケースで仕方ないと思ってます。実際、飼っていた猫が瀕死の状態のときに獣医師に頼んだこともあります。
言葉が話せない動物ですから、そういう判断も飼い主がしなくてはなりませんので辛いですが、人間に対してもそうですよね。
北欧のある国では人間の安楽死も合法化されていますし、日本ではなぜか死がタブー視されてますがこれはおかしいです。皆誰もが死ぬために生きているのですから、死を考えずによりよく生きることもできません。

つまり死ぬ方が楽になるのなら、安楽死させてあげるべきだということでしょうか?それならば松田さんとの考えは私と同じです。
しかしそれがどうも地域猫の方法論に反対されているのと結びつかないんですよ。

>「終生飼育義務」の終局責任の果たし方うちに「安楽死処置」(安楽殺処置)があると考えています
共生動物の死を見届けることが本来の飼主としての「終生飼育義務」でしょう

つまり、飼い主のいない猫はすべて安楽死させ、飼い主として全うさせる(安楽死)ということでしょうか?
――――――――――――――――――――――――――――――――――
まつだ意見
【つまり、飼い主のいない猫はすべて安楽死させ、飼い主として全うさせる(安楽死)ということでしょうか?】

誤解を恐れずに答えるなら 「はい」です

もっと丁寧に言えば
【飼い主のいない猫】
となる前に飼主が決意されることです
そこで
「飼主は死を見届けることが飼主責任の果たし方」と思っています
無論「譲渡」で解決できればそれでよいのですが 譲渡先から死亡の報告を受け取れることが責任のうちに入れられていなければならないと思います
私が携わった譲渡動物のすべてではありませんが その多くは死亡のご報告をいただいています
公的な譲渡であった『CCクロ』活動の動物たちもマツダにご報告をいただいていることはたくさんあり 飼主様に心から感謝しております
                     
例え病気や飼育困難な動物たちであっても 「安楽死処置」(安楽殺処置)を断ることが 獣医師としての「やさしさ」であるとは 認めたくありません
ご自分の心を優先された【自己愛型動物愛護-S,Ma】故であると言いたいのです

――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回このようにご丁寧にご意見をいただきましたこと それに対して返信の機会をいただきましたに感謝いたします
                   

 

先にも述べましたように 家族の事情でPCに向かうのは深夜になることが多く 誤変換や誤字脱字もあり 冷や汗ものではありますが ご覧くださる皆様のご寛容さに支えられて維持しております
                                
時には 2ch的な嫌がらせコメントもきますが それもその方の感性ですから このように自分の意見を公開することに対しては容認しなければならないのでしょう
                                
今までにも数人の方が理論的に攻防できなければ 古い貶めることを意図された週刊誌を持ち出されて 殺処分礼賛をしていたかのように曲解して蔑むことで優越感に浸られているご様子ですが それも社会の中の一コマですから致し方なしです
論争に勝てそうにないとされた段階で この週刊誌が持ち出されるのもよく似た行動パターンです
自らは 普段は週刊誌に批判的だと言いつつも 週刊誌の記事を丸々信用されるあたりは批判の対象にもしたくない ご都合主義の典型かなと感じますが どうでもいいことです
活字は消すことはできないし 編集側に修正に応えてくださるほどの善意はないでしょうからあきらめることになります
週刊誌の中でマツダに「安楽死処置」(安楽殺処置)の洗脳をされたということが書かれていましたが この方とは施設ですれ違った程度の出会いしかありませんでした
故に マツダは相当な超能力者であるとなってしまいそうです
気に入らない他者を誹謗するためには手段を択ばない 低俗な輩には対抗する気持ちもないですが この方はなかなか 現在も動物あいごでご活躍です
社会は正義よりも金と力がものをいうのでしょう
                               
時代背景をご存じない若い方々には 想像もつかないことなのでしょうが ほんの30~50年ほど前の日本の動物の扱われ方は「ひどい」ものでした
たかが動物 されど動物
生きていてほしいのか 生かしてやっているのか 

人間の食事の残り物 残飯を与えて 屋外につながれていることが飼い犬の多くの処遇でした
時には犬舎もなく農機具や柵につながれていたり 放されていたりして 田んぼの農薬の水を飲み中毒死する犬も珍しくはなかったのです
農家も牛蒡のてんぷらの牛蒡を抜き取り 農薬を詰めて田畑に置いていることもありました
フィラリア やテンバー等の感染症が多くて 犬の平均寿命は6~7年とされていたものです
                        
動物に対して不妊手術をすることが物珍しいこととされていた時代です

当時は 子猫よりも子犬の引き取りや遺棄の収容頭数が多く 万の単位でした

兵庫県の場合は昭和59年子犬の収容頭数が12.262匹 成犬が12.254匹と記録されています
昭和53年から昭和65年までは子犬と成犬を合わせて2万頭を超えていました
平成15年頃から犬の収容頭数が減少に転じてきています 

猫は平成4年が子猫9085匹  成猫1775匹が最多収容頭数となっています
犬と比較して 猫は平成25年も子猫の収容頭数は1500を超える頭数であり 犬とは格段の差があります

熊本市では市民が持ち込まれた遺棄の救護子猫を「もとの場所へ返しなさい」という 信じられない「指導?????」が映像にありました

行政機関の責務として引き取りをされる行政機関には厳しい批判がありますが このように行政機関としての責任回避とみなされる行為が「優しい」と評価される社会現象がありました
                       
あるお方が 今の若い方々は最近の愛護団体の先鋭的な行動に感激していて 昔に「動物福祉の向上」を目指して活動した者たちがいたことなど知らずで そのことを古い資料で初めて知ったと言われていましたが 昔からの地道な 困難を耐えての活動が今日の動物福祉の礎になったと 自画自賛とでも言われそうですが その時代にできる精一杯の努力は惜しまなかったと自負しています
                  
新たな時代を築かれる若い皆様が 感情優先ではなく 知識と理性に基づくご活動をしていただけますようにと祈ります
長い 長い コメント返信となりました
ごめんください
ご自愛の上ご活躍くださいますようお祈りいたします
ありがとうございました  松田早苗
 

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いいね! · 返信 · 昨日 13:53

 

A.H
>動物観による不妊手術回避もあります 

その動物観は哲学的なことですし、そもそも、どうぶつを本当に愛するのなら、皆、そのような動物観をもっています。
しかしそれは問題がなければの話です。様々な精神的肉体的労力や苦痛、費用、時間もかけてTNRをすることはありません。
これはまた

>理由は問わないで殺処分はしてはならないとなれば遺棄に逃げることになるでしょう

と同じ考えだと思います。
手術をしなければ増える一方の猫であれば、動物を思うという気持ちとの自己矛盾に必ず出会うということです。

>二次的に不幸が連鎖していくことの防止策としてやむを得ず不妊手術 繁殖制限を「させていただいている」のです

全く同感です。

>「不妊手術してやったよ勝手に生きてゆきなさい」「病気もケガも虐待被害も不運なだけですよ」

これは過剰な考え方ではないでしょうか。またそれがTNRの基本とはとうてい思えず、というよりもあなたもおっしゃる「二次的に不幸が連鎖していくことの防止策」ということが根底にあります。

 

いいね! · 返信 · 昨日 14:11 · 編集済み
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まつだ意見
これは過剰な考え方ではないでしょうか。またそれがTNRの基本とはとうてい思えず、というよりもあなたもおっしゃる「二次的に不幸が連鎖していくことの防止策」ということが根底にあります。

そう考えなければ到底{TNR} の「R」 放すことはできないでしょうね

 

現役当時に遭遇した数々の苦しみにあえぐ猫たちを見てきた記憶は忘れられません
放した後の苦難を想像すれば私には不妊手術後に放すことはできないことですが 関わられる人の心を尊重すればそれはやむを得ないと思うしか致し方がないというところです

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A.H

 

>獣医師の金儲け】となったとしても 社会的に利益がより大きくなることを選択するのは社会の仕組みでは当然ではないですか?

ただしそれが純粋な動機と実践であれば公益となるでしょうし、そうなればマイクロチップもわざわざ否定しません。
実際には助成金に関わっている獣医師は、申請者にわざと耳カットをしない、手術のために病院に一度連れ去ったら最後、野良猫は元のところに戻らないという脅しをしている輩もいるようです。
私たちボランティアにあおりがくるというわけです。

耳カットしなければ目印がなくなり、捕獲した猫を二重に手術しなければならない。連れ去ったら戻らないと言われて手術をしなければまた猫も人間間の問題も増える。

>遺棄の防止に何がより有効であるのかは 「安楽死処置」(安楽殺処置)が否定されているので 現在決め手が確立していないと思います

逆に安楽死処置が肯定されれば遺棄の防止の有効的な方法がみつかるんでしょうか?安楽死が認められれば遺棄が減るのでしょうか?疑問です。
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まつだ意見
【逆に安楽死処置が肯定されれば遺棄の防止の有効的な方法がみつかるんでしょうか?安楽死が認められれば遺棄が減るのでしょうか?疑問です。】

 
飼主責任の表し方に「安楽死処置」(安楽殺処置)が認められるなら 飼主として理解はできるが自らはできないというお方のためには 過去の私のような役割を引き受けてくださる方も現れることで 遺棄の頭数が減ることは期待できるでしょうが 「殺処分ゼロ」の考えを変えることには時間がかかるでしょう
現状では「安楽死処置」(安楽殺処置)そのものが悪いこととして あいご家にも獣医師に反感を持たれていますから「安楽死処置」(安楽殺処置)が 飼主の終生飼養義務の一手とされることとなるには「殺処分ゼロ」「ノーキル」の再検討がされなければならないでしょう

【手の届く最高峰が理想 それを超えるものは空想-S,Ma
【理想の実現には 知識と力と忍耐と理性と幸運が必要であります-S,Ma
幸運に恵まれることとは開拓することも大切ですから 嫌われつつもこうして訴え続けています

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A.H
 
こちらこそ長文になりまして、すみません。

松田さんの安楽死のお考えが動物のためであることは、よくわかりました。
しかしそれでもなぜ地域猫の考え方が遺棄への寛容となるのかわかりません。
所詮完璧なバランスがとれている自然に対し、人間が少しでも関与や干渉をする限り、繊細な均衡で保っていたバランスは崩れ、人間も自己矛盾につきあたる以上、手を出さないということしかありません。
その最小限のなかでの最大の抑止力はTNRであり、地域、行政に理解と協力を求めるのが地域猫の考え方です。

放たれた猫の責任を最後まで負うことも責任のひとつだとは思いますが、活動において、個人の資源や資力には限度というものがあります。
安楽死させない限り幸福な動物でないというお考えも、過剰な一般化ではないでしょうか。
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まつだ意見
【その最小限のなかでの最大の抑止力はTNRであり、地域、行政に理解と協力を求めるのが地域猫の考え方です。】

その中に動物による迷惑を感じておられる方々や 猫自身のQOLはほとんど保障されていないということには 「我慢してね」で済まされているように感じます
我慢の限度がいかほどなのか?
虐待被害が頻発することの原因は何か?
怖い猫は虐待加害者もほとんど相手にはしないでしょう
人に慣らされた「やさしい」「かわいい」「警戒感が少ない」ねこが犠牲になる確率が高いことは否めませんね

【安楽死させない限り幸福な動物でないというお考えも、過剰な一般化ではないでしょうか。】

「安楽死させない限り幸福な動物でないというお考え」
表現に 反対へ誘導しようとされる意図されたものを感じ 抵抗がありますが 現実的に考えると私は 経験的に遺棄するよりは「安楽死処置」(安楽殺処置)が救いてあると感じています 
ベストではないがベターであると思います
飼育動物の死を見届けることが飼主責任であるという価値観が定着されるなら 現状の民間シェルターの在り方も変わると推測します

それでも人が動物との共生をする限り 虐待もネグレクトも遺棄もなくならないと断言できます
それは 膨大な組織力をもって活動されている諸外国の動物福祉の団体が証明されています

時代で価値観も変わりますから 自分の信念に基づいて より多くの方々に考え方を知っていただく努力をすることしかないと思います
あなたはあなたの正しい?と思われることを 私は私の正しい?と思うことを軸として より多くの人々に知っていただく努力をすることだと思います
意見の違いを誹謗中傷で貶めてやろうとする人がいれば それは自らが社会人として成長したくないとの意思表示であろうと感じます

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長くなってしまいましたことと 注意深くご覧いただきたいと思いますので よりわかりよい表示ができます ブログで意見表明をさせていただきます
ご参考までにご高覧下さいますようよろしくお願いいたします
返信が遅れましたこと ごめんください
当方の事情にご寛容にご理解いただいたことに感謝いたします
ありがとうございました  2016-6-3 文責 松田早苗 

2016年6月 3日 (金)

2016-6-1NHKあさいちペット販売事情「買ったペットの病気」

2016-6-1NHKあさいちペット販売事情「買ったペットの病気」

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ペットショップで購入した動物の健康状態は一目でもわかる場合と普通には健康そうに見えるとか 少しおとなしいという印象が病気のためであったりと 難しいところもあります
 
しかし ペット店も以前に比較すれば 清掃等の見た目だけでもよくはなってきています
 
ショーケースの中しか確認できないので 行政機関のような査察ができないのでは 裏側の現実の把握は難しいことではあります
 
 
 
そのショーケースに表示された日時の表示も信用に値するのか疑問ですし ペット店では狂犬病予防法の順守義務が徹底しているところはないと言って過言ではありません
 
鑑札の装着義務違反がほとんどの所で当たり前になっています
 
首輪をしていると危険であるとか 見栄えが良くないということのようです
 
これは法律の順守義務ということが問われることであり 動物自体にはない方がよいのでしょうが 
 
6か月以上の成犬となっていても装着がない場合がほとんどです
 
法律を守らない国民が多すぎて 罰則の適用がしにくい 今更 狂犬病予防法違反では罰金も取れないのが実情です
 
狂犬病予防法違反で罰金をとれば飼主の意識の向上には役立つかもしれません
 
これでいいのですか?

何事も「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」
 
国民が法の存在も知らないで違反をしている現状はやはりただすことが必要でしょう
 
法律第105号に至っては獣医師さえも無関心なお方もおられるとなれば 情けないことです
 
育成教育の段階からしっかりと教え 国民に指導できるお方となっていただきたいです
 
「そんなもん知らんでも動物の病気は治せる」と言われたお方もおられました
 
 
 
2014//10現地調査したもので すでに当フェイスブックにもUPしていますが再掲します 
 
展示の子犬子猫のほとんどに出世日が「頃」となっていました
 
病気も問題ですが このように消費者を甘く見ていることは否めませんし 動物を買いに来たほとんどの人々にも 意識の中には「かわいい」しか見ていないから業者に侮られるのだと感じます
 
これらの人々には「法律」は「われ関せず」でしょう
 
 
 
最低の知識を得てから動物を迎えていただけるようなシステムを作られることが望ましいですね
 
 
 
販売者からブリーダーにまで戻れないと言われていましたが 販売の条件に出生元の確認義務を課すことも大切だと思います
 
過去に調査した悪徳ブリーダーの記録写真も提示します
 
写真はわかりにくいので残念ですが 調査した所は 京都と奈良の府県堺で 付近には民家はなく 空き地の貸借だと言っていました
 
犬好きのおばさんということで潜入しましたが 隠し撮りは見つからないかと正直不気味でした
 
偶々 通報者があって急きょ調査に向かいましたが 必ず同一箇所にとどまっているという保証はないのです
 
予定が組めないから 行政機関も警察も動きがとりにくいのです
 
大型~小型まで犬をケージに閉じ込めて 掃除もほとんどされず不潔な環境で繁殖に使われているのです
 
助けてもやれないこれらの動物たちが今もたくさんいるのだと思い 本当に申し訳なく思います

最後に一言
 
出演されていた獣医師が「海外ではペットショップで子犬を売らない 保護施設で入手する」と発言されていましたが 不正確な発言であると思います
 
日本以外はすべて「海外」です
 
指導的役割をされるお方の言動には責任が大きく 大切な部分の説明は丁寧にされますように ご注意をしておきます
2016-6-4
 文責 松田早苗

 

 

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