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2016年5月

2016年5月31日 (火)

 「NHKあさいち」でペット事情続きがあるそうです

 

まことに勝手ですが 家族の事情でしばらくPCに向かう時間が十分に取れなくなりました

その間に不調続きのPCをしばらくメンテに出すことに致しましたので いただいたコメント等にお答えできなくて返信等遅れますがごめんくださいませ

ただいま友人からの情報で 明日 「NHKあさいち」でペット事情続きがあるそうです

私は 明日は早朝から出かけますので 録画に致しますので コメントも遅れます

2016年5月27日 (金)

2016-5-26 引き取りビジネス NHK報道 S,Maコメント


なぜ、引き取りビジネスが後を絶たないのか。
                        
今回のNHKはよくやってくださったと感じた
                          
和歌山県もよく現場を見せてくださったと思う
                        
現役時代を振り返ると 珍しい画像でもないが 悲惨な状況を公開されたということは意義があった
                      
見たくない知りたくない人々が多く 現実を知ることが少なく 差し障りのないところだけで映像が構成されていたのでは いつまでも現実を知らされないことになる
文字では表せないことも 画像は赤裸々に語れる
                      
このような現実があることに気が付いていただけることから 行政機関での引き取り拒否や 「殺処分ゼロ」の夢想が現実へと目を開かせることになっていくのだと思う


しかし 多頭数飼育についての批判もなく 詰めるところを詰めてないという感じも否めない
多頭数飼育と知りつつ 譲渡される行政機関の姿勢にも疑問がぬぐえない
行政機関としての理性よりも世論に負けたと感じる


 
「殺処分ゼロ」「ノーキル」は事実上無理があり 生後00日という表示が 果たして信用に値するものか 大いに疑問があり 法律制定にあたり現実を見過ごして 文字だけで完成させたつもりになっている関係者が多すぎるからだと感じる
 
 
 
この取材対象の業者も言っていたが 繁殖や引き取り業者にとって動物は単に商品であり 棚卸という言葉も使われている
 
繁殖業者を調査したことがあるが 法律なんかなんの問題もなく無視できると豪語していた

繁殖のための固定場所は設けないで 移動できるテント設営にして 行政機関や警察の査察がありそうになるとトラックで即 隣接他府県に逃げ延びて追跡を逃れていた

超大型ペット店が開店したというが 動物愛好家がこれらの業者を「育成」していると言って過言ではない
 
業者ばかりでなく 愛護団体の名の下であっても不適正飼育は容認されている

 
自然のおきてに反するという考え方で不妊手術をさせない「動物あいごの指導者」がいることも知られているが 3桁の収容頭数が立派なこととして礼賛されているのもゆがんだ動物愛護のなれの果てと感じる

 
そのような所へ 今や行政機関がおんぶに抱っこで頼り切り丸投げしている
 
こうして 表面化したものだけが取り上げられるが 陰でネグレクトが当たり前の飼主に虐げられている動物たちは数えきれないはずだ

識者コメントとして林良博先生が「余剰動物」ということに触れておられた
 
「余剰動物」については まつだブログでも何度も触れてきたが 地位のおありの方が触れてくださったことは珍しいことと感じた

生産という言葉が匹敵するほどに安易な繁殖が見て見ぬふりをされてきたと感じる
 
商業ベースでの動物たちは「法律第105号」に守られることもなく 子犬子猫の生産器具としての動物の価値は食品製造機械以下で扱われている
 
機会は衛生管理のために清掃も注油も怠らないが 生体である動物たちは機械にも劣る扱いで ただただ虐げられてきた

繁殖業者が良心を捨てて生産した子犬子猫を 知らずとはいえ それを購入する動物愛好家はそれらの業者の存在を許してしまっていることになる

少なくとも販売業者は入手先のことは知っている
 
知りつつも 利益優先のためには 沈黙を守っていると思う

動物愛好家であっても 一般的には「余剰動物」への関心が表立ってはあまりなく 「殺処分ゼロ」「ノーキル」に押されて無関心の闇に葬られていたように感じていた

東京オリンピックまでに 不幸な動物をなくす活動は 何をもって不幸な動物がいなくなったと宣言されるのか 生きていれば見極めさせていただきたい

業者の劣悪な取り扱いは目に余るものが多い

適正飼育と断言できる業者に いまだ出会ったことはない

営利企業であるから営業妨害を懸念されるのか 行政機関の対応は慎重と言うにももどかしい 

殆どの場合放置されている

少しばかりの忠告で改善されるほど善良な人なら このようなあくどい動物虐待はしないであろう

この惨状を見ないで仔犬可愛いという消費者にも責任一端はあるし 報道を控えるメディアにも最高していただきたい 
 
これらを見ても尚 仔犬の入手をする飼い主には動物虐待幇助と言いたい

 

2016年5月25日 (水)

2016-5-25フェイスブックまつだコメントに対するご意見から



H.A

>浮浪猫に対する対策がほとんどされていないと思われる

それこそが「地域猫対策」という合理的で理論的な方法です。

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松田 早苗コメント返信
 
 H.A様コメントありがとうございました
 
【それこそが「地域猫対策」という合理的で理論的な方法です。】
 
合理的で理論的な方法というには大いに疑問があります
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H.A様コメント再投稿
ぜひその疑問と思われるところについて具体的に教えてください!

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H.A様 お答えします
「地域ねこ」として活動されて以来 ほとんどのところで「地域ねこ」として終生飼育管理がされているとは感じられません
「地域ねこ」構想が発表されて約20年ですから 猫の寿命から図ればひとところでの「地域ねこ」活動は完ぺきに収束していることがあってしかるべしでしょうが 継続して遺棄される猫を受け入れているから 「地域ねこ」はいなくなることがないのではありませんか?
遺棄されることに対する寛容さが遺棄の防止につながらず バイパスを作っていると感じます
 
なぜ遺棄は法律で決められたほどいけないとされたのでしょうか?
なぜ猫の登録制度は普及に反対する人々が多数いるのでしょうか?
【自己愛型動物愛護-,Ma】に徹すれば 猫の苦難よりも殺処分させたくない人々の心の安らぎが優先されるからではないですか?
わたしにはこれらのことは合理的とも思えないし 当初の発想から理論破たんしていると感じています
 
それは 活動の発足当時に地域に許容頭数を設けて それ以上の猫は行政機関にゆだねるということが条件とされていたなら 「地域ねこ」の場が今日のこのような遺棄に寛容な場と化すことはなかったと思うからです
 
提唱者の予測を上回る結果となったのかもしれませんが 提唱者を賛辞されても批判されることはほとんどないことも「地域ねこ」に救いを感じている猫愛好家が多いのだとは思います
 
虐待や病気で苦しむ猫たちが 猫愛好家のために犠牲となることを哀れに思うのは少数の人々なのでしょうか? 

まずは 飼育下であっても 「地域ねこ」であってもマイクロチップ管理により飼主が特定できるところから遺棄頭数の減少対策に取り掛かることに皆さんも賛同していただけるといいですね

名ばかりの「地域ねこ」騙りの餌付けが不妊手術もされず 虐待にあっているという状況をあなたはどのように対策をすればよいとお考えですか?

2016-5-24Koichi Onabeさんコメント返信

   
 

Koichi Onabe

 
 

524 19:38

 

 

Koichi Onabeさんがあなたの投稿にコメントしました。

昭和の時代、殺処分は公然と行われていましたね。苦情数も今以上だと想像出来る(当時からの各地の苦情相談件数はネット上での時系列検索がほぼ不可能なので「想像」としておく)。それで、当時殺処分が常識だった野良猫の問題は今よりマシだったのですかね。つまり野良猫の原則殺処分で何か解決した問題、つまり捨て猫が減ったとか愛護意識が高まったとかの現象が見受けられたと貴女の発言を読む限り想像出来ますが。これにお答え戴きたい。 (PS このコメントはコピペ保存してありますので削除しても無駄ですよ)
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2016-5-24
コメント返信
Koichi Onabe
さんコメントありがとうございました

削除したものは不真面目でしたからですが 今回は言葉遣いも普通で まじめなご質問ですからお答えいたします


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膨大な資料集の中から古いデーターを取り出すのに時間がかかりますから 正確な頭数はここでは省きますが 今とは桁が違いました
 
ほぼ全国的に当時の行政機関は飼主からと救護活動した人から引き取り 遺棄の現場に出向いて収容もされていましたから万の桁の頭数でした
 
昔も今も子猫が多いことは同じです
犬猫の不妊手術そのものが一般的に周知されていたのではなく 啓発にも苦労をしたものです
 
震災以前には 神戸市内に浮浪犬がうろついていることは珍しいことではなく 猫に至ってはどこにでもいましたし 凄惨な虐待も日常的に通報を受けていました
路上で見つけた段ボール箱は必ず開けて確かめていました
その多くに 生きたままであったり 死体であったり 動物が入れられていました
 

行政機関で あまりにも頭数が多く簡単に引き取られていたことに 私たちは引き取りに際して有料にされることを提案したりしたこともありましたが 行政機関は有料引き取りには消極的でした
有料だと持ち込む人が遺棄することになるおそれがあるからという理由でした
 
引き取りや 浮浪の現場から収容された子犬も子猫も段ボール箱に詰め込まれて積み上げられている状況でした
当然の帰結ではありますがその重みで圧死していることが珍しいことではなく 見かねて私たちが「安楽死処置」(安楽殺処置)前提に引き取ることを申し入れました
先にも述べたように毎日収容される頭数を全て譲渡が決まるまでの期間に収容できる場がなく やむをえずせめて「安楽死処置」(安楽殺処置)により 圧死という死に方から救ってやりたかったのです
 
当時の行政機関も警察も 動物福祉にはほとんど関心はなく 私たちが何かを要求するために面談を申し込むと 「奥さんらひまやなー」 と笑われたものです
犬や猫のことに時間がさける暇人の慰め仕事と思われていたのです
それでも懲りずに足を運び繰り返し訴えて ようやく行政機関から「安楽死処置」(安楽殺処置)前提で殺処分対象の動物たちを引き取ることができたのです
当時 ベントバルビタールを動物に使って「安楽死処置」(安楽殺処置)をすることは珍しいことでした
英国から取り寄せていただいて獣医師が管理をされて実施していましたが それさえも 何もしない口だけ達者な動物愛護活動家は殺していることに批判を続けました
批判するなら 対抗策を提示して自らが実行されることが当然ですが 自分たちは金も力も使うことなく楽に批判だけしていました
2ch
的な表現で ちょうどあなたがご自分のフェイスブックにシェアコメントを書いているような書き方で 正当な批判ではなく相手を小ばかにすることで自己満足を味わっていたのでしょう

その結果が週刊誌の種にされて 社会の実情を大衆に知らすのではなく 誹謗中傷的な書き方で売れる読み物を書いたのだと解しました
それが未だにあなたや あなたに似た考えの人々が 過去の団体やまつだの個人攻撃の材料として使われているのですから活字は怖い 
 
事実に近いことであったとしても 表現の仕方で読み手側には全く違う価値観に置き換えられます
それが今あなた方がされている 過去の事例持ち出しとして現れています
 
当時新聞社2社も 「安楽死処置」(安楽殺処置)を批判するノリノリ記事を書きましたから抗議した結果 動物の置かれている状況と社会の実情を記事にするという形で私たちの活動を正当に理解されるような記事にしていただきました
報道の狡さはいろいろと考えさせられますが 対抗できるだけの実力はありませんから侮蔑することでしかしのげないというところですが 報道によって知ることもたくさんありますから まさに両刃の剣 
書き手の良心に頼るしかありません
 
どのようなことも正当な批判は大切なことですが 感情優先のおちょくりで相手を遣っ付けようとすることは 正当に論理的に批判ができるだけの経験を積んでいないか 能力不足だからできるのです
 
動物のことが大切なこととして感じている者にとって 幸に生かせてやれるのに すべてを殺処分で済ませようと思う人はいないでしょう
それをまげて殺処分が趣味のようにこじつけたくなるのは よほど心がねじ曲がっているとしか感じられません

 
そのような時代の流れがあって 阪神・淡路大震災を経験し 獣医師も経験されたことのない社会の中で 動物が置かれている実情をお知りになったと思います
震災被災動物救護活動ではすべての動物を殺処分しないことで合意して組織活動が成立しましたので 行政機関も保健所業務は一切停止して 被災動物としての対応をされていました
 
震災後は 多数の民間シェルターが浮浪動物の収容をされることになり 震災前と比較をすれば行政機関での引き取り頭数も漸減してまいりました
全体の頭数もわずかには減少したとは思いますが 行政機関での公認頭数に比較して 民間での収容頭数は公開の義務がなく実態は不明です
しかし どこのシェルターも 保護収容頭数がゼロになったので閉鎖したという話は聞きません
あふれるばかりの頭数を抱えて活動されていることは 行政機関が楽になっただけで動物の苦難が減ったのではないように思います
 
民間での愛護意識は高くなった部分はありますが 自己満足型の活動が過剰になったと思うこともあります
例えば 意見の違いは誹謗中傷で攻撃することもその一例です
基礎的な知識を得ようとはしないで ネット情報に甘んじて 事実を確かめることなく伝え聞きを信じ込む やさしさと 非常識の区別がつかない人々も多くいると感じます
コピペ シェア ツイート ネット情報が真実かどうかを見極めずに多数ということで信じられていることが怖いと感じることが多くなりました
 
「ティアハイム」殺処分しない  が間違いで
事実誤認 「ティアハイム」殺処分している が現実ですが
これは典型的な一例ですね
 
誰でも間違いや勘違いはありますが 間違いを指摘されても反論もせず 間違いを認めて謝罪することもできない そのような人々がカリスマ的な地位を維持されることが情けないと思うのです
 
あなたのご要望に応えられたのか?
あなたも4050年後に ご自分の活動を振り返り見て いいことをしたと自負されるようであって

いただきたいですね
 

私は 人間の一人として動物たちに詫びることはたくさんありますが 後悔はありません
動物たちを幸にさせてやれた数は少ないのですが 苦しみから救ってやれたと思っていますので
誹謗中傷にも耐えられるのです
何もしないで コピペ シェア ツイート ネット情報の鵜呑みで満足しているよりは 過去 現在 おそらく残り少ない将来も 誠実に生きることに努めたいと思っています
 

2016年5月23日 (月)

2016-5-23NHK和歌山御坊市子猫海捨殺害

2016-5-23NHK和歌山御坊市子猫海捨殺害

82
歳男が和歌山県御坊市で浮浪子猫をレジ袋に入れて海へ遺棄殺害したと報道された
 
目撃者にツイートされて全国から一斉に警察署や行政機関へ「法律第105号」違反と通報があったとのこと

 
加害者は反省していると言ってると報道されていたが 以前から迷惑を感じて継続的にこのような行為をしていたとのこと

 
無論 無条件でこの男の行為は悪いです

 
しかし このような虐待の機会を作り出している浮浪猫に対する対策がほとんどされていないと思われる

 
行政機関も殺処分しないことで方向性が定められているし 遺棄に対する対策はほとんどないに等しく 遺棄に対して非常に甘い動物愛好家たちの世論形成があり 「地域ねこ」として支持されている

 
事実上「地域ねこ」管理がされていなくても行政機関は捕獲もできないし 遺棄に対して罰則が適用されることもほとんどなく 野放しの状況であり たまたまこのような事例が表面化したのであって 人知れず残虐に殺されたり 虐待されている浮浪動物たちのことにはあまり関心がもたれていないと感じる

 
「殺処分ゼロ」は合法的な数字だけを問題視しているのか?

このような殺害の頭数は「殺処分ゼロ」のカウント対象には取り上げないのか?
2016523k



「ノーキル」「殺処分ゼロ」を唱える動物愛好家を自認される方々は真剣にこの事例が警告していることに対峙していただきたい

2016年5月20日 (金)

2016-5-19熊本地震とペットに関するNHK報道と民放YTVの特異な飼主についてⅡ


Yamasaki Hiro
様コメント返信·
 
松田さん、
 
コメントありがとうございます。
 
だから日本人は、日本愛護は、日本人獣医師は、何をしなければならないとお考えでしょうか?何をして来るべきだったとおっしゃりたいですか?
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Yamasaki Hiro 
様ご意見ありがとうございました
 
フェイスブックでは文字就職ができませんし 文章が長くなりましたので
 
http://-ma.cocolog-nifty.com/
に 書かせていただきました
 
以下のように あなたのご意見に対して 松田意見として緑色太文字で返信させていただきました
 
 
 
ご参考までにご高覧いただければと存じます
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松田意見
 
私が見たところでは 国家(政治家 官僚)も地方行政機関も 日獣も 愛護団体の多くも 法律家さえも現実逃避をされてきたと思います
 
その理由は少しずつ違うと思いますが 目先の「生命尊重」という逃げ言葉に重みをもたせて 国民を低俗な判断に誘導し あたかも優しい政治 優しい行政 優しい動物あいご活動であるかのような印象で「生命尊重」を悪用されたと思っています
 
幸福にではなく 死を否定すれば国民の「動物を愛する心」に満足感を与えられると読まれたのではないでしょうか
 
そうすることが 国家や地方行政機関の経費を軽減できる 動物愛護に熱心すぎる市民の一部のリーダーは殺処分を否定することでその活動支持者を増やしてきました

故人となられたお方ではありますから特に名をあげませんがN.Fさんは場面によって考え方の表明を変えておられたことは知る人ぞ知る
 
「安楽死処置」(安楽殺処置)を認めつつも 大衆に向かっては殺処分を否定していた
 
団体運営での金の問題で裁判沙汰になったことも知られています
 
その方の熱心な支持者が政治家にも法律家にもおられます
 
私が何度か取り上げた棒愛護団体も 「安楽死処置」(安楽殺処置)を他の団体にゆだねながら その頼みの堕胎を誹謗中傷することで 自らの社会的地位を不動のものとされたことは ある意味あっぱれなのかもしれません
 
社会は強そうに見えるところに加勢します
 
社会での多数意見に対抗した意見を述べることは大きなリスクを伴うことはしばしばあります
 
無論述べ方が下手ということもあるのでしょうが 耳障りの良い「やさしさ」に浸りたい気持ちはわからなくもありません 
 
著名な人々は多数意見が正論か否かよりも「多数」であることを支持することが自らの保身には大きな利点があることを知っているのだと感じます
 
「ノーキル」議員団も 芸能人が好まれる「殺処分ゼロ」活動もその典型だと感じています
 
根本的な「動物福祉」よりも 社会の中での動物たちは単に目先の「かわいい」か「かわいそう」で判断されて 何が真に「かわいそう」であるのかには触れたくないし 知りたくないのでしょう

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飼い主の高責任論には私はずっと疑問を抱いてきました。
 
なぜなら、一言で言えばかなりの現実離れ故に、です。

手術しない、ほとんど後手の餌やりさんたちを糾弾する反餌やり派の人たちは、過剰な数になったり、質の低い餌やりをコテンパンに批判、しまいにはドイツのハンターによる徘徊猫射殺当然論まで引き合いに出し、飼い主の高責任論、室内飼い責任を強く主張します。

それって、日本で一般病院などと同じくサービスを提供する形の医療を提供して来なかった、生み出さなかった獣医師側の人間関係問題ですよね?
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松田意見
 
余剰動物の問題を正面から向き合うと殺処分に触れないわけにはゆかなくなるから 数の問題は棚上げして 「共生」の仕方で「地域ねこ」を登場させたのだと思います
 
この点についても 「地域ねこ」の提唱者の黒沢獣医師に問いかけたことがありました
 
「地域に適切とされる餌付けねこの頭数制限は必要ですか?」と
 
彼のお答えは 
 
「猫の頭数ではなく世話をする人数が大切である」という意味の答え方をされました
 
極端には 猫が50匹いても世話をする人が50人いればよいということになるでしょう
 
猫好きの人だけが住む社会ではないことが考慮されていないし 個々の猫の完成にも配慮がないお答えだと思いました
 
その時から 私は黒沢獣医師を意外にもうわべでことを収めようとされる 動物福祉に関心があまりないタイプの行政獣医師だと感じるようになりました
 
【反餌やり派の人たち】の過激な言動があることはよくないと思っていますが それに劣らず
 
【質の低い餌やり】の人々から受ける「抗議行動」も目に余るものがあり どちらが過激かということでは五分五分のように感じています
 
野生鳥獣に対しても餌付けをしている人は 対人攻撃が「暴言」だけではなく「暴力」行為に移ることもあるという訴えをしばしば聞いています
 
 
 
【ドイツのハンターによる徘徊猫射殺当然論】については ドイツ「ティアハイム」の誤情報が意図的に流される事への反論として取り上げられていることも見逃してはならないでしょう

 

【飼い主の高責任論、室内飼い責任を強く主張します。】
 
私はこれは当然であり 飼主責任が自覚できない飼主が多すぎるから「猫」が簡単に「地域ねこ」という名のもとに遺棄されることになると思います

【獣医師側の人間関係問題】
 
確かに開業獣医師の方々は社会問題としての動物の陰の部分に関心を持たれることは少なく 低料金で不妊手術をされる獣医師や 「安楽死処置」(安楽殺処置)に理解を示される獣医師に対して冷淡な見方をされていたと感じています
 
不幸な動物たちのことなど知りたくもないし 関与したくもないということは 獣医師教育の過程で「動物福祉」の基礎知識を教育課程に組まれることがなく ごく最近までは教えられなかったことと 教える人が少なすぎたのだと思います
 
開業獣医師よりも 行政獣医師の方がより動物福祉に熱心な方が多かったように感じていました 
 
人工繁殖と人工淘汰は 動物の福祉と「安楽死処置」(安楽殺処置)にかかわり 並行して学ぶことであり 
 
人工繁殖ばかりに偏られた教育の結果が出ているのではないでしょうか?
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なぜ日本には、イギリスや米国のようなスペイクリニックが出来なかったとお考えですか?福祉協会ならご存知でしょう。
 
もちろん、愛護、NPO、市民側にも非がありますが。
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松田意見

40~50年前には 大学を卒業されて 開業されるにあたり小動物(犬猫)を診療対象とされることが蔑視される時代であったとも聞いています

畜産獣医師こそが真の獣医師であり 「犬猫」ごときと一笑に付されるような考え方が主流であったようですから 当然「犬猫」ごときの問題には関心は払われなかったのではないでしょうか
 
 

犬猫が獣医師に診療を受けることなど 飼主の意識にはほんのわずかな人にしかなかったようです
 
ましてや 不妊手術とは無関心というよりもそうすることが「あきれた」行為であると感じられていました
 
私が不妊手術の啓発に回っていたころよく聞いた言葉です
 
「へえー 犬猫もくくりますんか?」でした


 
「くくる」というのは 対人不妊手術が奨励されていたころの 男性の「輸精管結紮」のことですが 結紮が切れて不妊に失敗するということもあったようです

人間の食事の残り物が犬猫の餌であり フードなるものは一般には普及していなかったのも事実です
 
田舎では どんぶりや鍋に 人の食事の残りものであるタケノコや玉ねぎが入っていても当たり前のこととして不審に思う飼主はいなかったでしょう
 
 
そのような時代があって 阪神・淡路大震災を経験し 震災被災動物救護活動が社会的に注目され この年を「動物福祉元年」ともいわれるようになり 今日の同時同行避難についても当然であるという考えに発展してきています

阪神・淡路大震災当時に同時同行避難などといえば 対人被害が甚大なときに動物のことなど持ち出すことは「怪しからん」と思われる程度の社会的位置づけであったのです
 
「動物のことなんかする暇があったら被災者のことをせんか」とよく言われたものでした

社会的地位が低い動物の診療をされる獣医師に対しても尊敬されるには至らず 獣医師が尊敬される職業になったのはわりに最近のことでもあるでしょう


 
愛護の活動団体は質よりも数 多頭数飼育が評価される時代であり その裏には「殺処分ゼロ」「ノーキル」の提唱が大きく作用していると感じます

「ノーキル」「殺処分ゼロ」を提唱すれば 当然「安楽死処置」(安楽殺処置)の方法を議論することも少なく 無関心の闇に葬られています
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私は地域猫というコンセプトと制度の、あまりにも著しい現場との乖離に疑問を持ってきました。
 
それと、行政の腰抜け場当たり手術助成金と、獣医師会の小っちゃいスケールの価格破壊防止のための行政への圧力に、ヘキヘキして来ました。
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松田意見
 
【行政の腰抜け場当たり手術助成金と】
 
行政機関とされてはこうするしか致し方なしということも言えるでしょう
 
熊本方式が礼賛され ネグレクトであっても生かしていること 殺処分しないことが褒められて 動物愛護団体も競って表彰したりしていましたからね
 
神戸市などは「殺処分ゼロ」を目指せと言って街頭デモ行進までされていましたから 骨抜きの管理職は楽な道を選択されることも致し方なしかもしれません
 
動物福祉について 「安楽死処置」(安楽殺処置)が必要であるとお考えの信念のおありになる行政獣医師には苦難の時代です
 
現在の中間管理職の方々が定年退職される頃には ほとんどの行政獣医師は「殺処分」はしないことで 強い民間あいご団体の僕となられるのではないでしょうか?
そのようなことを危惧しています
 
【腰抜け場当たり】の仕事をしていれば褒められることになっていますから 熊本方式の作った影は動物には哀れというほかはないでしょう
 
不妊手術助成金についても 遺棄を容認する「地域ねこ」制度があれば必要悪ともいえるでしょう
 
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今年も横浜市獣医師会が必死で助成金を市外に持って行かれぬよう市に圧力をかけていますね。ご存知ですか?

平成26年度、6200余りを手術しても、平成27年度も同じくらいの手術しても、平成27年度の飼い主不明猫の引き取りが増えたのには、それなりの理由があります。

多頭飼育、処分ゼロ独り歩き、安楽死をしない、出来ない獣医師たち、早期不妊去勢を真剣に突き詰めず、相変わらずべらぼうに高い手術費用、そこに行政の、いや市民の税金を投入させ、愛護さんも大絶賛。
 
黙って数減らしを推進しましょう。安楽死出来ない日本人と日本人獣医師たちは。
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松田意見
 
【安楽死出来ない日本人と日本人獣医師たちは。】
 
第二次世界戦争で「反戦」といえば非国民でした
 
今の時代 わたしは殺処分愛好家のごとき評価です
 
それでも信念は曲げられませんので 
 
【繁殖規制の無い現状では 安楽死処置は動物福祉からは切り離せないものです-,Ma】
 
人工繁殖した人間の責任は 人工淘汰でしか補えないと思っています
 
問題とされるでしょうが 人についても同じことが言えるようになるのではないかと案じます
 
自然に生きて自然に死ねることが尊いとさることは無理なのでしょう
 
すべての科学の発達はもろ刃の剣だと感じます
 
ならば科学の衰退を願うのかと聞かれたら 「のー」としか言えないでしょうが その考えの延長線上に核兵器は存在していると感じています
 
 
 
ご質問に的確に応えきれていないかもしれませんが私の能力はこんなところです
 
悪しからず ご寛容に

2016年5月19日 (木)

2016-5-19さんかくたまご様返信


さんかくたまご様コメントありがとうございました

諸外国での多頭数飼育規制について識者間では知られたことではありますが 過去のシンポジュウムで飼育指導の専門家として高名なお方が パネラーとして立たれた壇上から ご自分の複数種の動物多頭数飼育を自慢と受け取られる形で披瀝されたことがありました
                                                      
私があらかじめ質問したいと運営側に意思表示をした段階で 時間切れとの理由で質問をさせていただけなかったことがありました
専門家として識者と称される地位をカバーされた主催者側の配慮であったと感じました
                           
この件について記事を書きましたので当ブログのアーカイブに記録があります
                             
このお方は不幸な動物を民間シェルター等から救った結果多頭数飼育になったのだから許されるとお考えだったのでしようが 専門家であるがゆえに身をもって範としなければ 知識を得ようとされる人々に誤認情報を与えることになるという発想はなかったのか疑問に思いました
                               
多頭数飼育が真の動物福祉には常識的に否定されていることについての自覚が不足していたのであろうと推察しましたが その後の状況は全く分からないままに 改善されたのか否か その後も専門家として識者としてご活躍でした
                             
この一例をとりましても明らかなように 多頭数飼育が殺処分頭数を減らすための有力な手段であると信奉されている人々はたくさんいます
                              
わたし自身がミニシェルターを設けて 多頭数飼育を経験したから言えることですが 「多頭数飼育」は動物のためではなく あくまでも殺処分回避のために動物福祉を棚上げにしてできる 人の心を救うためだけの行為だと感じています
                       
私の場合は保管動物たちの一頭ずつが終生飼養ではなく 期間限定の一時的保管であったから何とかしのいでいましたが 各個体を終生飼養目的に多頭数飼育することは私にはできないことでしたでしょう
                       
ましてや 飼育管理人一人あたりについて5匹を超えることは 飼育されている動物たちに相当な忍耐の強要をしていると感じます
                                             
犬は悲しい一面があり たとえ虐待する飼主であっても 多くの場合に飼主となれば従順に従います そのことが飼主に曲がった自身を与えることもあるように感じます
                                                                        
飼育指導や調査訪問をしていて いつもつらく感じたことの一つでもありました
                       
【太田光明氏は、「もっと犬猫の飼育数を増やすべき」と主張されていますが、獣医師業界の利益誘導でしょう。】
                         
そういうお考えの方はたくさんおられます
これだけ動物関連の職種が増えて 従事者も20年前とは比較にならない数字ですから 現実的には致し方のないことでもあるでしょう
                                                         
ならば対策として 余剰とされる動物たちのことにも配慮される必要があります
                                                               
「殺処分ゼロ」「ノーキル」とうたいながら 単に社会の中で動物の頭数が増えればよいというお考えは 真に 動物のためを思いやることをされないからできることだと断言したい心境です
                        
真に動物と社会のためを思いやってくださるなら 増えすぎた動物のたまり場が 劣悪終生飼育を許容する多頭数飼育のシェルターであったり 遺棄のカモフラージュ「地域ねこ」にされることではないことを願います
                         
空前の猫ブームのバブル崩壊が来たとき 猫たちはどうなるのでしょうね?
                         
阪神・淡路大震災の際に仮設集合住宅で取り残された猫たちをたくさん救護活動してまいりました
                                                 
一時の慰めを猫に求め 理由はそれぞれでしょうが 現実には多くが遺棄されたまま餌も水もないところで野良となったり 飢えや病気で死んでいました
                                                
猫大好きといった人々の犠牲者であると感じましたね  
                         
【自己愛型動物愛護-S,Ma】の犠牲となる猫たちが いなくなることはないでしょうが 漫然と容認されることに無関心でありたくないと思っています
                                   
例え殺処分好きだと揶揄されたとしても 
【繁殖規制の無い現状では 安楽死処置は動物福祉からは切り離せないものです-S,Ma】
「殺処分ゼロ」を実現させたければ動物との共生を否定しなければならないでしょう

それが50年間近い 動物救護活動の現場で体得した感想です



2016-5-18熊本地震とペットに関するNHK報道と民放YTVの特異な飼主について


2016-5-18
 18:30~熊本地震とペットに関するNHK報道がありました
                           

 
大阪府獣医師会長がインタビューを受けておられました
                                    

 
同行避難の難しさに触れておられましたが 現地で避難先での動物共生について 車内共生が多いことなどご苦労をされておられる様子が語られていました 
                              

 
「阪神・淡路大震災」 「東日本大震災」を経験したとは言えども 自然災害にマニュアルはあってないようなことでもあります
 
災害規模 地域制等がそれぞれに違うからであります 
 
 
 
インタビューをされる司会者との対話形式で15分間ほどもかけておらた割には物足らないもったいない  という偽らざる感想でした
 
 
 
多頭数飼育の抑制や 特異な動物飼育の問題 狂犬病予防法と鑑札の装着義務(迷子札には触れておられたが 鑑札についての言及はなかった)については触れられませんでした
                           

 
非常用フード 水の予備を7日分目標とされていましたが ならば 多頭数飼育者がそれだけの食料や水 日用品を同行避難に携行できるのかということで 非常時にいかに多頭数飼育が困難を抱えるかということに触れていただき 警鐘を鳴らしていただきたかったですね
 
 
 
国法である狂犬病予防法は獣医師として順守しなければならないことであり 鑑札の装着が飼主の義務であることも明確にしていただきたかったですね

雨を遮るものがなく 濡れたままに係留された犬の姿についての状況説明もなく 見ているのは悲しかったですね                            


 
この報道の後で 同じころに民放YTVで特異な飼主について取り上げられていました
 
興味本位であり 教訓的なことには一切触れられてはいませんでした
                         

 
犬が好きだという若い夫妻は願望は100匹の犬と暮らしたいとも言っていましたが 災害時や日常管理について考えられることはなさそうな感じした
                                    

 
他の富豪の夫妻が飼育している突然変異で色素脱となった白のアロワナを一尾1000万円で4尾飼育しているとのこと さほどの富豪であっても 水槽は アロワナ4尾の棲み処としてはさほどに広くはなさそうであり 好んで飼育されているにしては囚われた飼育動物の哀れさを感じさせます
(
金銭的余裕が?)衝動買いをされているとご自分でも認めておられました
 
 
 
今夜はなんだか虚しい気持ちになりました
 
動物福祉だ愛護だと言っても 一般的にはこのレベルで 特別に虐待と指摘されることがなければ「問題なし」とされているように感じます
 
 
 
今は私自身が飼主でもなく 動物に関しては全く利害がないから このように踏み込んで書くことができますが 無償のボランティアであっても現役であれば獣医師会に気遣いもしなければならず 感じたままには書けませんね
 
ここは 私の役割であろうと思いますので 感じたままを述べさせていただきました
 
悪しからず ご寛容にと申し上げておきます

 

 

2016年5月13日 (金)

2016-5-1320165-13ケムンパ 様コメント返信


ケムンパ 様コメントありがとうございました
                                
【「成功例はない」】

はい 私も内心は同じように感じてはいますが 私は現地調査をしていませんので 断定的に言えないところもございます

努力されておられる方々に対しての少しばかりの気使いのつもりです

                          
【 (
天候の悪い日)
 台風大雨大雪の日は猫たちはどうしているのでしょうか?どこかのガレージにひそんでいるのでしょうか?】
                         
                                                
過去のことになりますが(:現状は確かめておりませんので)多摩川での著名な餌付けのご夫婦が「犬と猫と人間と-Ⅰ」にも紹介されていました
                
その後台風で河川敷の猫たちは多数流された様子でしたね
野宿生活者の方々の被災もあったようですが 
流された
自然災害仕方がない人々は忘れる
                                      
猫の餌付けはとどまることはないのでしょう
「優しいお方」というとらえ方で紹介されていましたからね
                         
猫に優しいお気持ちはおありでしょうが 「動物の福祉」を学ばれたなら もっとQOLにも 人社会とのつながり この河川敷に遺棄している人々に対する対策的なことにも行動をとっていただけたのではないかと思います
                                                         
一般的な行動パターンとして
飼主か救護したものの飼育に困った
対応がわからないか面倒だ餌付けの場がある捨てるのではなく「置いて行く」誰にもとがめられることはない
                                                                                                                   
この「犬と猫と人間と-Ⅰ」には私も取材を受けて 当時の『CCクロ』活動として 映像の中に残されていますが 監督の「()神奈川県動物愛護協会」を高く評価されておられる様子を知るにつけて「動物福祉」についての彼ご自身の基本姿勢に疑問を感じて フェイスブック友の交流にも抵抗があり 距離を置いています
                        
わたしごときが抵抗しても何らの変化はないことは十分に承知ですが ごまめの歯ぎしり 
こだわりです
                                  
著名なお方ですので 影響力はおありになるでしょうから 絶賛される方々とは少し違う見方をさせていただいています
                          
それだけに 「ノーキル」「殺処分ゼロ」の立役者となられることには慎重であっていただければと 思ったのです
      

                           
(
猫の狩りについて)
 猫は野生の鳥類を含む小動物を狩ります。地域猫活動や外猫飼いは動物愛護ではありません。】

2016年5月12日 (木)

2016-5-11コメント返信


 
2016-5-10忘れられない犬たち」について 譲渡が抽選 無差別譲渡であったことについての 非表示でのご質問がありましたのでお答えします

 

無差別譲渡の頃は歯がゆい思いをしたものです

私たちの経験から判断すれば 言動等で明らかに不適正飼育になるであろうと思う人にも 抽選で当たれば渡されていました

そのようなとき 当時の行政獣医師に追跡調査を提案して 実際に現地へ同行訪問をしてみたら虐待飼育であったことを立証することになり 以後は事前訪問を実施できる体制を整えて 講習も受けていただくようになりました

多くの犠牲となった犬たちの無言の訴えが行政機関にも伝わったのだと思いますが その時に担当された職員さまたちの思考の転換があったから改善に進めたと思います

今また 私が感じることは子猫の対応において 「ノーキル」が主体となりつつあるようですが 授乳期の子猫はむしろ積極的に「安楽死処置」(安楽殺処置)をさせることで成長した猫の譲渡先が増えることが考えられます

 
子猫と成猫を比較すればその愛らしさは子猫に軍配が上がることは当然でしょう
 
そうして 成猫は「地域ねこ」とされて合法的?に遺棄される方向に進まざるを得なくなるのです

 
行政機関として譲渡先のシェア争奪戦に食い込むことが本当に猫たちの幸せを拡大することになっているのか もう一度 感情的に世情に流されることなく 冷静にご判断していただくことを願います

 
行政機関だからこそ 批判をされても「寄付金」とは無関係に実施できますが 民間のシェルターではこの時代に表だっての「安楽死処置」(安楽殺処置)は難しいことでしょう

 
陰で不適正飼育を容認することにもつながる 余剰動物となった猫たちの行く末を真剣に心配してやってくださるなら 行政機関は授乳期の子猫を救命しないでいただきたい

 
成猫たちの譲渡先を一つでも増やすためには絶対数の増加を抑制しなければならないでしょう

 
成猫たちのQOLを大切にしたいのか 授乳期の子猫を助けて猫の人口を増やすのか?
猫を愛する皆様も真剣にお考えください

 
 
 
「安楽死処置」(安楽殺処置)に際して 授乳期の子猫は成猫と比較をすれば恐怖を感じることはほとんどないでしょうし 使用する薬剤も少量です 
 
「安楽死処置」(安楽殺処置)を実施される獣医師のご負担も成猫と比較をされるなら 軽減されるのではないでしょうか?
 
 
「地域ねこ」活動の成功例は少なく 妊娠中の浮浪猫の捕獲で悲鳴を上げておられる書き込みも見ます 
 
何が猫に対してより良い選択肢となるのか 皆様もうわべではなく真剣にお考えください
 
 
 
飼主の責任を問うなら 「地域ねこ」制度は矛盾しています

 
「責任を全うしなくていいですよ」「遺棄すれば 「地域ねこ」となって生かせますよ」
遺棄を奨励しているかのような誤解を生んでいるように感じます


 
飼主責任を捨てて 猫も捨てて 誰が喜ぶことになりますか?
 
 
真剣に猫を大切に思う飼主であればどんなことをしてでも 飼主責任を果たされるでしょう

 
しかし当節は 飼主責任を果たす選択肢としての「安楽死処置」(安楽殺処置)にご協力いただける獣医師も少なくなっていますし 行政機関は引き取らないとなれば 口先だけの猫あいご活動としか考えられない状況を作っているように思えます
 
 
 
猫との共生を始めようとされる方は 万一にも飼育の継続ができなくなった時のことを飼育を始める際には真剣に考えて於ください

 
譲渡の際の講習に際しても 「安楽死処置」(安楽殺処置)という選択肢があること
 
そのことはしっかりと教えていただきたいですね

 
死を見届けることが飼主責任の最も大切なことであると教えてください
 
譲渡をした場合にも 譲渡先の飼主様から死亡のご報告をいただいて 確認することが 譲渡の条件となりますようにと願います

 
お願いいたします

2016年5月11日 (水)

2016-5-10忘れられない犬たち


 
今日5/10は 浮浪犬としてやってきた子犬でしたが 我が家で生涯の最期を看取った「ユキ」と阪神・淡路大震災被災動物として救護のシェパード犬「ジョン」の命日です
 
 
2002
年以前 当時神戸市動物管理センターで毎週水曜日に子犬だけの譲渡会が催されていましたが 抽選で無差別譲渡であり 改革を交渉しその後2002/6/1から成犬譲渡が可能になり『CCクロ』活動へと推移してゆきました
 
 
 
神戸市動物管理センターで毎週水曜日に子犬だけの譲渡会で貰い手がない子犬たちはすべて殺処分対象にされていたので 私たちが関与するようになってからは 私が自宅へ引き取り 次週の水曜日に連れて行き再度譲渡会に出していました
 
そのような次第で 当時は我が家では子犬が絶え間なくいる状況でした
 
 
 
連れて帰った子犬たちは大人の犬たちがとてもよく世話をしてくれていました
 
その中でも「ユキ」は 母のように子犬に自分の手を差し伸べて遊ばしていましたからいつも子犬が「ユキ」の手をかじるといった具合で ほほえましい光景でした
 
当時の椅子もテーブルも新入りの子犬たちにかじられて やせ細り 折れる前にと塩ビのパイプをはかせていました
 
昨年の転居でさすがに廃棄しましたが 私たちの苦難の時代を見守ってくれた思い出の深い椅子とテーブルでした
 
家具もあちこちかじられて惨憺たるものでしたが 子犬を連れて帰れる状態の家庭環境は私だけだったので 一手引き受けをしていました
 
あの子犬たちの感触は疲れも 損得も忘れさせてくれるものでしたが 具体的な損害についての被害には所属団体の本部の幹部は知らなかったでしょうね
 
知ってほしいとも思いませんでしたが そのようなことを知らないままで 個人の家庭生活を犠牲にしながらでも神戸市との関係を築いていったことなど 思いやることをされることもなく 知る由もなかったでしょう
 
 
 
ジョンは被災動物として連れてこられたものの大型犬のいる場所がなく 従来の神戸市動物管理センターの保管室に収容されていました
 
世話が十分にできず気掛かりでしたし 大型犬の譲渡先には特に気を使いましたから最後まで心配の種でもありました
 
果樹園の番犬にという申し出を断った際には参加しているボランティアの一部の人々から「傲慢」だとも言われましたが 「ジョン」が体験したであろう苦労がさらに苦痛の生涯につながることは避けてやりたいと念じていました
 
最後になってご紹介いただいたお方のおかげさまで 関東方面の素晴らしいご家族に出会えたことは「ジョン」のためばかりでなく私たちの心も救われました
 
申し分のない環境でご家族様のあふれる愛に見守れて過ごさせていただきましたが 最期は悪性腫瘍で生涯を閉じました

この上のない 医療も受けさせていただき 愛情もいただいて安らかになれたことは感謝の気持ちで一杯でございます
 
私の新居でも 今も写真の「ジョン」は幸せな思い出をよみがえらせてくれています
 
愛する「ジョン」と「ユキ」の冥福を祈ってやります

2016年5月 7日 (土)

20016-5-1 「幸」の数 いくつあるかな?

20016-5-1
「幸」の数 いくつあるかな?
1

2

5

 
まあね いくつでもいいわね
1
つあれば いいわね

1
つもないの
 
それでは つくらないとね
 
簡単よ
 
「幸」と 感じるだけでいいのよ
 
すると 「幸」がやってくるわよ

「腹が立つこと」いくつあるかな?
1

2

5

 
まあね いくつでもいいわね

1
つでもあれば 忘れたらいいのよ

「幸」の数を 増やすより
 
怒りの数を減らす方が むつかしいかな 

「幸」はすぐそばにいても感じないこともあるけど
 
「腹が立つこと」はいつまでもへばりついて放れないものね


 
でもね
 
どんなに「腹が立つこと」があっても
 
「死ね」ということは絶対に言わないでね
 
「死ね」 このことばをつかうのって かなしいわね 
 
これをいう人の 心が死んでいるのかな

1つでいいから 「幸」を感じてみてね

------------------------------------------------------------

 


 
「うれしい」と感じることある
 
そんなときに お礼を言えた
 
言わなかった

それとも言えなかった

どうしてかな
 
そんなこと言ったことないから
 
言っても 言わなくても 変わりないと思っている

「うれしい」と感じることができた 自分にお礼を言えると
 
「うれしい」と感じることをしてくれた誰かにも お礼が言えるかな
 
お礼が言えたとき きっと「幸」を感じることができるのかな




2016年5月 5日 (木)

2016-5-5フェイスブックとブログでのやり取りについて

 

神戸市民女性の猫虐待惨殺事件について書き込みしたことに始まったその後は 本題をそれてしまったようですが これも今日の動物に関係する人々の一面が出ていることであり 「致し方なし」
なのだと思います
                                           

これ以上この件では触れたくないのですが 現在の気持ちを書いておきます

何方であれ 誰かに人物査定していただくつもりもありませんし 他人様の人物査定を私がすることもありません

どのように評価されようとも そのお方のご自由です 

それによってそのお方が社会から人物査定を受けられることにもなるでしょう

素晴らしいお方と見做されるのか否か? フェイスブックご利用の皆様次第です

私にはどちらでも関心はありません
                                 

このようなやり取りがどのように動物福祉の向上に役立つのか 賢明な方々はご判断されるでしょう                           

私はブログ フェイスブック以外には現在はやっていません

                                

やってもやっても空しいものを感じますが 活動をしてきた経験を残すことも私の役割と思うから細々と続けています
                                      

しかし ある女性獣医師は話し合ったこともなくても 私について「愛護」か「哀誤」かわからん と言っています

虐待とタイアップしている婆とか 如何に下品に相手を攻撃できるのか そうすれば敵とみなす相手を封じ込めることになるとでもお考えなのか?

そのように感じます

                                  

「いいね」と感じることのすべてにさせていただくことにも 躊躇があります

あの方にはさせて頂いてこちらの方にはしなかった と言う事がひっかかり し難いと言う事も感じています

                                

動物愛好家 あいごの活動家には中間の考え方ができるお方が少ないと感じることが多くなりました

                                    

動物に対して極端に大好きでなければ「あいご」ではなく 社会性を無視できなくて理性的に判断した部分を表明することは「冷静」ではなく「冷淡」と考えられやすいように感じます

                                 

一部の人々による現状のままのネットの使い方にはストレス解消だけに使われていて 動物福祉の向上には何ら関心がないのではないかと感じることもありますが 行方不明動物の探索等には効果を発揮していますから 何事にも功罪はありますね

                                    

生き方はそれぞれですから 自らが決めるしかありませんが ご自分の周辺しか見えていない人々は 扇動されて 対抗する考え方の人や団体を誹謗することが「活動」に参加できていると思う方もあるのでしょう

                                   

2chはほとんど見ません

社会の分析や心理学でもされていれば関心が持てるのでしょうが 汚い言葉の応酬は見たくもないし 事実無根でも平気で書き込まれています 私自身についての書き込みでそう感じました
                                       

それらに対抗したところで 相手は それを待ち受けてまた攻撃の材料にされるものと感じます

此処でもそれに類するものを感じますから「ここまででおしまい」としたかったのです

                                   

社会的な報道や広報に詳しいお方にお尋ねしたことがありました

2chは存在意義があるのですか? と

その専門家のお方ははっきりと肯定されていました

社会の不満分子の毒のはけ口に必要なのかなと私なりに思いました

                             

私が書くに際して 文言を選んでいるのは動物によって迷惑を感じておられる方々のことや 動物が嫌いと思われている方々にも 動物が人々を慰めたり助けたりしていることがあり 社会の中で共生できる命であること 動物が好きと言うだけで動物との共生を無条件で良しとしているのではなく 周囲にも気を使っていることも 知っていただきたいと思うことを伝えたいからです
                                    

動物のことでお困りのことがあれば 私にできる事であれば協力させて頂きたいと言うところもあり 間口を広くとっているつもりです
                                  

時には 迷惑を受けたり 多頭数飼育でお困りのご家族の方から相談があることもあります

                                       

動物が嫌いな人(奴と表現されることが多い)は 一人前ではないと平然と言う人もいますが 好きでも社会のルールが守れない一人前の社会人ではない人もたくさんいます

                                 

好きでも嫌いでもない人々を 「嫌い」にしているのが「地域ねこ」活動の一面でもあります

40年間を超える活動経験で 本当に幸せな浮浪動物を私は確認したことはありません

悪徳飼主に囚われているよりはましだと言うところはありますが あまりにも哀れな浮浪動物の末路を多数見てまいりました

餌付けの人々からは そのようなときには「こわい」「気持ち悪い」と言う言葉を屡聞きました

                                 

餌付けの際には 空腹が満たされるから 食べているところを見るのは満足感を満たされるでしょうが それ以外の時間に虐待されようとも 事故に会うことがあっても「仕方がない」で済まされます
                                   

決して「仕方がない」のではなく 人の都合で「仕方がない」と片付けなくてはならないにすぎません

家猫並に医療と住環境が与えられたなら 救える命ですが 「地域ねこ」とされた時から末路は限りなく哀れなものとなることは否めないのです

それもこの国に生まれて「地域ねこ」とされた宿命でしょう

                                  

今後もいろいろな方に遭遇し 喜怒哀楽と言うよりも それに勝る不快な経験をしながらでも書くことに努めたいとは思っていますが 妥当な「批判」は必要ですが 悪意に満ちた「誹謗中傷」や 人様を罵ることはしたくないですし 攻撃されることで生き方 考え方を変えることはしたくないと思っています
                             

今までも これからもご覧くださる皆様 至らないところはご寛容にとお願いしつつ 悪しからず 今後共によろしくお願いいたします

2016/5/5 文責 松田早苗

2016年5月 4日 (水)

2016-5-4何か勘違いをされているお方のために


それにしても自分と価値観が合えば匿名を問わず。

このお方が想定されていると思います当該人物について フェイスブックでは実名登録されています               
個人のブログで ハンドルであっても それは自由な裁量です
価値観というよりも 実情に基づいた情報のご提供をいただいていることに 学ぶべき視点が多いことが 尊敬できるところですが 表現の仕方では私とは違うというところもございます
                           
それでも 特に最近は自ら情報探索をしている余裕がないので 自分では得られない知識の補充に大いに参考にさせていただいています
                                     
原文の写しと対訳を採用されていますし それに対抗して もしも 間違っていると指摘できるなら
公然と反論されるべきであり 陰で このお方の情報がねつ造だの 信じてはいけないなど 粗末な発言が多いことは 事実上 このブログ主様に対する敗北宣言なのでしょうね 

このお方に誤報を指摘されている著名な方やメディアは触らぬ神にたたりなしの類のように感じます
                                         
批判をされたから【
「実名を名乗れ」】と申し上げたのではありません
ローマ字が実名とは思いませんでしたがそれでも実名だと仰せなら致し方ありません
                                       
【どうやら貴女は自分の存在を大きくみせようと強がっている様ですね。】
                                            
小さな存在であることは十分に自覚しています
すべての活動から引退していますし 一人の「老害」と称されることもある高齢者となりました

身の丈は自分が見ても人様がご覧になられても隠し様はないものですし 社会的地位もなく 肩書を出すこともありませんから 大きく見せる必要もありません

だからこそ 現役では言えないことが言えるのです

現役当時はこの私でさえも言いたいことの半分くらいで我慢していましたよ
松田個人の意見だと言っても所属団体の名に託けられたりしますからね

このように悪意があるコメントで 悪印象を定着させようとされているのでしょうかね

過去にフェイスブックやブログで松田に近づかれた方々が あいご(哀誤)の人々から ご家族に及ぶほどの嫌がらせ被害を受けられて ブログをたたまれ フェイスブックでは匿名にされた方々を知っています
それらの加害者?を訴えることも怖いと話されていました
                                     
「「安楽死処置」(安楽殺処置)をみとめることは 自分(マツダ)が殺されたらいいのに」と発言された若い方もいましたね
社会性のない 非常識さえも 動物に対することでは「やさしさ」だと勘違いしているのでしょうね

無論あなたがそのお仲間だなどと申し上げていないことをここではっきりと申し上げておきます

なので実名をと申し上げましたが どうでもよいことですから これまでにいたします

思想的な左右勢力の葛藤と 動物あいごの左右?勢力の葛藤
人が生きるところ 葛藤はつきものなのでしょうね

どの道を歩くのかは自分で決める以外にはないはずですが しばしば自由意志とは思えない マインドコントロールされたのかと感じる動きをされる方も見受けます
そういう方のコメントは頓珍漢になりやすいですね

人種も思想も多種多様であり 違うから切磋琢磨になるようでありたいとも思います

2016年5月 3日 (火)

2016-5-2 フェイスブックシェアに返信



K,O
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11時間前 ·

またワケ分からんコメントを。
金子明日香の事件をダシに地域猫活動批判ですか? この老害は。
牽強附会も甚だしい。
(,Ma注-)
http://kotowaza-allguide.com/ke/kenkyoufukai.html

       
 

【読み】

 
 

けんきょうふかい

 
 

【意味】

 
 

牽強付会とは、道理に合わないことを、自分の都合のいいように強引に理屈をこじつけること。

 


 http://yoji.jitenon.jp/yojic/1282.html

       
 

読み方

 
 

けんきょうふかい

 
 

意味

 
 

自分に都合がいいように、滅茶苦茶な理屈をこじつけること。
 
「牽強」は道理に合わないことを合っているかのようにいうこと。
 
「付会」は無理に関連付けたり一つに合わせたりすること。
 
どちらも理屈をこじつけるという意味。
 
「牽強附会」や「牽強傅会」とも書く。

 


K,O
さんがあなたの投稿をシェアしました。

11時間前 ·

やれやれ。


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2016-5-2 K,O様 シェアありがとうございました
批判であろうと 誹謗であろうと お一人でも多くの方々の目に留まることになります
広めていただいたことには感謝です

K,O
様 シェアありがとうございました

あなたと考え方が違うことで老害と評されることにあなたの考え方の一部が読み取れます

それぞれに考え方がありますから 反論でしたらご自分のホームなり 此処にでもご意見を表明されてはいかがですか?

ご自分との意見の違いを 単に小ばかにした表現でしか表明できませんか? 
残念ですね 

【意見は違って当たり前 他人の意見の尊重も忘れずにs.ma】 
意見の違いの中から学ぶこともたくさんあります 
私は考え方の違いは致し方のないものだとも思っています
すべての人々が同一意見であることの方が変だと思います
反論は誹謗ではなく 正当に反論されることを望みます
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2016年5月 1日 (日)

2016-4-27社会の中の動物と飼主2

https://www.facebook.com/asuka.kaneko.357?fref=ts

についての状況が下記に記されています
 
ご参考までにご高覧下さいますようよろしくお願いいたします
 http://tanteiwatch.com/53016



病気であれば致し方なし
とされる事に対して 事件が起こるたびに考えさせられます

病気の人の人権も大切ですが 普通の生活をしていて ある日突然にこれらの人に殺傷される被害者とそのご家族と社会に対して 専門家たる医師や弁護士 裁判官はどのようにお考えなのでしょうか?

無論職業倫理と一般的な良心ともいうべき事柄には矛盾もあり 関係される方には葛藤もおありになられるのでしょうが 単に加害者を病気という理由で 断罪することなく 入院によって徹底的に隔離なり治療に徹することもされていないかのような印象のままに社会に返される 
私にはそのように感じさせられます

弁護士としての職業は個人の利益を守りさえすれば 社会で普通に生活する人々の利益は損なわれても仕方がないとお考えなのか?
疑問は尽きません

少年Aのことも話題に上ってはいましたが 担当された医師や弁護士の現在のお気持ちはどうなのでしょうか?
十分に償ったから 一般社会人として認めなければならないとお考えなのでしょうか?

https://www.facebook.com/asuka.kaneko.357?fref=ts

に記された事実と今後の再販防止にはどこでどのような対応をされるのか?

この人にとらわれることになった動物たちの入手経路はどうであったのか?
譲渡か浮浪動物の収容から始まったのか?
譲渡か購入であれば譲渡者か販売者のコメントも聞いてみたいですね
浮浪動物の収容であれば 「殺処分ゼロ」と唱えて「地域ねこ」活動をする人々にもこれでいいのか問いたいですね

無論万全を期したつもりでも 飼主となられるお方のすべてを見抜くことは難しいことではありますが 「殺処分ゼロ」「ノーキル」と唱えながら 収容動物の頭数が100の単位ともなれば 一匹でも譲渡に出したいという感覚になることは否めないでしょう

このような悲惨な動物虐待を減らしたいなら 適正譲渡に徹することです
そして 大規模なシェルターがなぜ必要となり 収容動物数が減らないのか 考えてみてください
                                   
多頭数収容しているから立派な仕事をしているとは 胸を張っては言えないことです
なぜ多頭数の不幸な動物たちを収容しなければならない状況が生ずるのか 
動物愛好家と自負するのであれば その方々にお願いします 
原因と現状の多頭数収容対応で充分であるのか 疑問を抱いてください

神戸市民のこの動物虐待をした女性に対するコメントにも 表現や文言の粗末さにがっかりとするものが多いと感じます 
感情の赴くままに罵詈雑言で憤りを表現される動物好きの人々には怖いものを感じます

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