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2016年5月25日 (水)

2016-5-24Koichi Onabeさんコメント返信

   
 

Koichi Onabe

 
 

524 19:38

 

 

Koichi Onabeさんがあなたの投稿にコメントしました。

昭和の時代、殺処分は公然と行われていましたね。苦情数も今以上だと想像出来る(当時からの各地の苦情相談件数はネット上での時系列検索がほぼ不可能なので「想像」としておく)。それで、当時殺処分が常識だった野良猫の問題は今よりマシだったのですかね。つまり野良猫の原則殺処分で何か解決した問題、つまり捨て猫が減ったとか愛護意識が高まったとかの現象が見受けられたと貴女の発言を読む限り想像出来ますが。これにお答え戴きたい。 (PS このコメントはコピペ保存してありますので削除しても無駄ですよ)
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2016-5-24
コメント返信
Koichi Onabe
さんコメントありがとうございました

削除したものは不真面目でしたからですが 今回は言葉遣いも普通で まじめなご質問ですからお答えいたします


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膨大な資料集の中から古いデーターを取り出すのに時間がかかりますから 正確な頭数はここでは省きますが 今とは桁が違いました
 
ほぼ全国的に当時の行政機関は飼主からと救護活動した人から引き取り 遺棄の現場に出向いて収容もされていましたから万の桁の頭数でした
 
昔も今も子猫が多いことは同じです
犬猫の不妊手術そのものが一般的に周知されていたのではなく 啓発にも苦労をしたものです
 
震災以前には 神戸市内に浮浪犬がうろついていることは珍しいことではなく 猫に至ってはどこにでもいましたし 凄惨な虐待も日常的に通報を受けていました
路上で見つけた段ボール箱は必ず開けて確かめていました
その多くに 生きたままであったり 死体であったり 動物が入れられていました
 

行政機関で あまりにも頭数が多く簡単に引き取られていたことに 私たちは引き取りに際して有料にされることを提案したりしたこともありましたが 行政機関は有料引き取りには消極的でした
有料だと持ち込む人が遺棄することになるおそれがあるからという理由でした
 
引き取りや 浮浪の現場から収容された子犬も子猫も段ボール箱に詰め込まれて積み上げられている状況でした
当然の帰結ではありますがその重みで圧死していることが珍しいことではなく 見かねて私たちが「安楽死処置」(安楽殺処置)前提に引き取ることを申し入れました
先にも述べたように毎日収容される頭数を全て譲渡が決まるまでの期間に収容できる場がなく やむをえずせめて「安楽死処置」(安楽殺処置)により 圧死という死に方から救ってやりたかったのです
 
当時の行政機関も警察も 動物福祉にはほとんど関心はなく 私たちが何かを要求するために面談を申し込むと 「奥さんらひまやなー」 と笑われたものです
犬や猫のことに時間がさける暇人の慰め仕事と思われていたのです
それでも懲りずに足を運び繰り返し訴えて ようやく行政機関から「安楽死処置」(安楽殺処置)前提で殺処分対象の動物たちを引き取ることができたのです
当時 ベントバルビタールを動物に使って「安楽死処置」(安楽殺処置)をすることは珍しいことでした
英国から取り寄せていただいて獣医師が管理をされて実施していましたが それさえも 何もしない口だけ達者な動物愛護活動家は殺していることに批判を続けました
批判するなら 対抗策を提示して自らが実行されることが当然ですが 自分たちは金も力も使うことなく楽に批判だけしていました
2ch
的な表現で ちょうどあなたがご自分のフェイスブックにシェアコメントを書いているような書き方で 正当な批判ではなく相手を小ばかにすることで自己満足を味わっていたのでしょう

その結果が週刊誌の種にされて 社会の実情を大衆に知らすのではなく 誹謗中傷的な書き方で売れる読み物を書いたのだと解しました
それが未だにあなたや あなたに似た考えの人々が 過去の団体やまつだの個人攻撃の材料として使われているのですから活字は怖い 
 
事実に近いことであったとしても 表現の仕方で読み手側には全く違う価値観に置き換えられます
それが今あなた方がされている 過去の事例持ち出しとして現れています
 
当時新聞社2社も 「安楽死処置」(安楽殺処置)を批判するノリノリ記事を書きましたから抗議した結果 動物の置かれている状況と社会の実情を記事にするという形で私たちの活動を正当に理解されるような記事にしていただきました
報道の狡さはいろいろと考えさせられますが 対抗できるだけの実力はありませんから侮蔑することでしかしのげないというところですが 報道によって知ることもたくさんありますから まさに両刃の剣 
書き手の良心に頼るしかありません
 
どのようなことも正当な批判は大切なことですが 感情優先のおちょくりで相手を遣っ付けようとすることは 正当に論理的に批判ができるだけの経験を積んでいないか 能力不足だからできるのです
 
動物のことが大切なこととして感じている者にとって 幸に生かせてやれるのに すべてを殺処分で済ませようと思う人はいないでしょう
それをまげて殺処分が趣味のようにこじつけたくなるのは よほど心がねじ曲がっているとしか感じられません

 
そのような時代の流れがあって 阪神・淡路大震災を経験し 獣医師も経験されたことのない社会の中で 動物が置かれている実情をお知りになったと思います
震災被災動物救護活動ではすべての動物を殺処分しないことで合意して組織活動が成立しましたので 行政機関も保健所業務は一切停止して 被災動物としての対応をされていました
 
震災後は 多数の民間シェルターが浮浪動物の収容をされることになり 震災前と比較をすれば行政機関での引き取り頭数も漸減してまいりました
全体の頭数もわずかには減少したとは思いますが 行政機関での公認頭数に比較して 民間での収容頭数は公開の義務がなく実態は不明です
しかし どこのシェルターも 保護収容頭数がゼロになったので閉鎖したという話は聞きません
あふれるばかりの頭数を抱えて活動されていることは 行政機関が楽になっただけで動物の苦難が減ったのではないように思います
 
民間での愛護意識は高くなった部分はありますが 自己満足型の活動が過剰になったと思うこともあります
例えば 意見の違いは誹謗中傷で攻撃することもその一例です
基礎的な知識を得ようとはしないで ネット情報に甘んじて 事実を確かめることなく伝え聞きを信じ込む やさしさと 非常識の区別がつかない人々も多くいると感じます
コピペ シェア ツイート ネット情報が真実かどうかを見極めずに多数ということで信じられていることが怖いと感じることが多くなりました
 
「ティアハイム」殺処分しない  が間違いで
事実誤認 「ティアハイム」殺処分している が現実ですが
これは典型的な一例ですね
 
誰でも間違いや勘違いはありますが 間違いを指摘されても反論もせず 間違いを認めて謝罪することもできない そのような人々がカリスマ的な地位を維持されることが情けないと思うのです
 
あなたのご要望に応えられたのか?
あなたも4050年後に ご自分の活動を振り返り見て いいことをしたと自負されるようであって

いただきたいですね
 

私は 人間の一人として動物たちに詫びることはたくさんありますが 後悔はありません
動物たちを幸にさせてやれた数は少ないのですが 苦しみから救ってやれたと思っていますので
誹謗中傷にも耐えられるのです
何もしないで コピペ シェア ツイート ネット情報の鵜呑みで満足しているよりは 過去 現在 おそらく残り少ない将来も 誠実に生きることに努めたいと思っています
 

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