« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »

2016年2月

2016年2月 5日 (金)

2016-2-4 77才誕生日

2016/2/4 誕生日ながら朝から神戸へ向かい 友人の愛しまれておられたお猫様がお隠れあそばされたので???御慰めに参上してまいりました

  

もと野良さんだったのですが 餌付けを始めたからには責任があるからとお感じになられて飼主としての義務を完璧に履行されました

  

猫の方が家屋に入ることを拒み屋外にとどまったのですが 可能な限りの処遇をされたことは言うまでもありません

屋外に続く軒下に暖房つきの箱を置いてやり 高齢となった猫のために食にも医療にも万全を尽くされました

  

一昨年くらいに獣医師からはもう限界の検査数値ですと言われながらも 日々精魂込めてお世話をされ 獣医師からも賞賛されるほどに幸せに延命されていました

しかし ついに天寿を全うして永眠したのですが 外野席からも拍手を送りたいほどに誠実に飼主としての責任を果たされました

お見事でした

そのような分けで 遠路を厭わず馳せ参じたのですが 当日が私の誕生日であることは言っておりませんので猫の思い出話の聞き役を務めさせていただきました

  

後期高齢者となっておられる飼主様のご決意で もう新たには動物は迎えられませんとのお心つもりでしたので 飼養の世話が一切不要な代役を差し上げてまいりました

陶芸家優子ちゃんの陶猫を連れて リビングキッチンに定住させて頂き とても喜んで頂けました

  

大切な作品のお猫様をお譲りくださった優子ちゃんありがとうございました

夕食を共にしながら動物談義に花が咲きました

   

そんなわけで夜更けてから高速を走って帰宅しましたので 皆様からメッセージを頂きながら 返信が遅くなりましたこと ごめんくださいませ

  

身に余るお言葉もたくさん頂戴して よき誕生日に幸せを感じさせて頂いております

  

世界の人々と世界の動物たちにもこの幸せなひと時が恵まれることを祈ります

全てに感謝の気持ちで一杯でございます

ありがとうございます

余生も誠実に 清く 正しく 美しく 生きられますように と願っております

フェイスブックにたくさんのメッセージを頂きましたこと心から感謝いたします

今後ともによろしくお願いいたします

 

2016年2月 3日 (水)

2016-2-2猫糞被害者@名古屋様返信

2016-2-2猫糞被害者@名古屋様返信

猫糞被害者@名古屋様コメントありがとうございました
随分とお久し振りです
私事ながら当方も引っ越し騒動が後を引いていますので ネットもご無沙汰ばかりしています

 

 

 

【多頭崩壊の原因は「飼い主の知識不足」。私も同感です。】

 

知識不足と共に とても心からの動物へのいたわりや思いやりとは思えない行為であると私には感じられるのです

 


名古屋で著名な(?)猫の愛好家(?)がおられますね
億を超すお金をつぎ込まれたとも聞きますがその結果 周辺社会も人々も猫も幸せになったとは聞いていません
30
年以上も前でしょうか 当時は協働を持ちかけられたこともありましたが 私の中での疑問は募るばかりで現状は挨拶さえもしない状況となって久しいです

 

 

 

【その重い命を扱うことに何ら知識を問われないのはおかしな話だと私は思います。】

 

せめて 「犬」と同様に感染予防の視点からも狂犬病予防法の管理動物対象に指定をして まずは法定登録から始めることも大切かと思います

犬が行政機関の監視下にあるのに対して猫は何らの規制もありませんが 近頃の行政機関が業務を縮小することに傾いていますから 社会問題としても 動物に対する福祉としても真剣に対処がされている様子には伺えません

「衣食足りて礼節を知る」と言われていますが 人間社会の真の豊かさがないから 動物に対しての扱いも上辺でごまかしているのではないかと感じるこの頃です

食事が十分ではない子供が多いとのことですが 一方で有り余った廃棄食品が不正流用されている現実を知るとき この国が先進国としての地位や評価を保ち続けられるのか疑問に感じます


「豊か」の基準がどこにあるのでしょうね?

大臣が大臣室で金の授受を平然とされること共に 業者が「悪いこと」をすることが日常化しているのは 「善悪」に対する感度が 「経済的な価値」で図られているからのように感じてしまいます
経済的な問題は言うに及ばず大切ですが 何事にも限度があるでしょうと言いたいのです
公務員や教育者や警察官自身が起こす犯罪の増加 
泣いて喚く議員 公金を私物化する議員 書いてると滅入ります
善意を悪用する「募金」


あらゆるところで「自由」と「権利」「義務」の解釈を間違えているように思えてなりません
「良心」を喪失した国民が増えているのではないでしょうか?

不適切な動物管理が「権利」「生命の尊重」という言葉を優先させて 知識の浅い人々をごまかし 助けているつもりが 結果的には社会の迷惑対象とされていることは 動物も迷惑なことであろうと思うのです


生活保護等の必要な方々が本来の対象者ばかりではなく 「悪いこと」をすることに慣れてしまった人々をも作ってしまったように 「動物あいご」もまた 動物愛好家による無条件の「善意」が悪徳活動家の暗躍する下地を作っているように感じられます

あらゆる「自由」と「権利」は「義務」による裏付けがなければ社会は成り立たないでしょうね

義務が課せられない場合もありますが 保護者や社会がその義務を代行しているから「権利」が保障できるのですね
動物に関しては関わる人間が動物に代わってその「義務」を果たすことで 動物たちの「権利」が守られていることもお忘れなくと言いたいですね
その典型的な一例が「糞の後始末」

「善悪」を判断できる「知識」と共に 青臭く古臭いのかもしれませんが 自分以外の他を思いやる「良心」が必須うであると言いたいですね

 
不敵正動物管理をされている皆さん 本当に動物に対する「権利」を守ってやりたければ 社会と動物に対する「良心」を失わないでくださいね

 

 

« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

最近のトラックバック