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2015年11月29日 (日)

2015-11-29友へ

 

2015-11-29友へ
 
気になりながらも 日頃から思い出したころにお尋ねしていたので ある日見舞った時に 友の大切なお方がなくなられていたことを知りました
 
それも月日が経っていました
 
ある日立ち寄らせて頂いたものの その日は時間がなくてどうしてもお参りをさせていただくことができないまま 当方の転宅騒動で尚月日が経ってしまいました
27
日漸く神戸に行くことができたので 今日は逃すまいと弔問させていただきました
 
壮絶ともいえる介護の日々は終わられたのでした
 
心からのご冥福をお祈りさせて頂きました
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松田早苗様

 遠いところお詣り下さってありがとうございました。

 捧げて下さった美しいカラーの百合、終活を物語った事が悲しいです。

 松田さんのピンクでいいでしょ 

 赤いリボンでいいでしょ

 薄情なのではなく、思いを込めた心配りの優しい色の百合にmailを打ちながら涙しています。

 お会い出来る最後の日になってしまいました。

 終活 意識なしには毎日が過ごせなくなりました。

 命が惜しいのでななく、責任を持って役割を果たさなければの思いのみ...

 神を信じないけれど、神頼み 神を仲間にの生活

 松田様も、どうかお元気でFacebookでのパンチの利いた発言も楽しみにしています。

 虚ろになった時に、神戸に馬鹿がいたことを思い出してください。

みんな、みんな、行ってしまって悲しい。

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長いお付き合いをさせて頂いた友への返信

 
私は死を恐れるのではなく 死に直面した時の状況を恐れているように感じます
私個人に限っては 安らかに死ねたら何時だっていいのかもしれません

死は天からの恵でもあると思います

よくやったからここらで苦労は終わりにしてやってもいいのかなって 私の死についての思いはそんなところです

お前が76年間も生かされているからそんなことが言えるのだと言われるかもしれませんね
然うかもしれませんが 宿命論者の私はいつ どのように死ぬのかは天が決められることであり 例え 人為的な殺人 殺動物であっても その状況に出くわすことになるのも その人や生き物の個体的な因果関係は少ないと思うのです

良いことをたくさんしたから 安らかな死に方ができるとは限らず 悪行の限りをした悪人が苦しみ抜いて死ぬとも限りません

自分自身が交通自損事故で死んだかもしれない状況から ほんのわずかな差で「助けられた」ことがありました

その後阪神・淡路大震災に際して働くために助けられたように感じました
それからそのように考えることが多くなりました

おそらくは死は常に生きている人のためにたくさんの考えが湧くのだと思います
あなたと故人様のMr.に「人生最後のお別れです」と申し上げて名残を惜しみつつもお別れして あの後で超個性的な友人を訪ねました

私との価値観は360??違うから 共感もあり うなずくことも学ぶこともあるので楽しいのかなという友人です

丁度 訪ねてこられたお仲間たちと 夕食をご馳走になりながら人生談義が始まりました

お一人はご自分がご経験なさった 筆舌に尽くしがたいご苦労が今日のご自分を作り上げられたから「努力」しないで貧困や不遇にあえぐのは「努力」不足だと仰います

私は出会ってきた多くの人々が必ずしも「努力」不足で不遇な人生を耐えておられるとは限らないと申しました

そもそも 「努力」することの意義や力を「宿命的」に天から授からなかったと感じるお人もおられますと答えました

私は若い人々に対して「努力」は報われることを期待してしない方が良い 「努力」をしなかったことを後悔しないためにするものだと思う方が賢明ですと話します

Mr.の介護では本当に「できぬ堪忍 するが堪忍」とばかりに誠実に尽くされましたね
敬意と共にあなたのやさしい強さに感服したものです

言えなかった「ありがとう」を最後に仰って永久の旅路に就かれたとのこと 他人事とは思えないうれしさを感じました

信頼する妻に看取られて逝かれたMr.とあなたの「ご努力」を賞賛する思いで 一般的なお花ではなくピンクのユリと 赤いリボンにさせて頂きました

私が出会った「生きものたち」にとって 必ずしも死は不幸でもなく 多くの場合救いでもあり安らぎであったと思っています

自己満足であり 自己弁護と言われるでしょうが それでもそう思わずにはいられなかった悲惨な「宿命」を背負わされた 飼主さまと動物たちでした

信仰もない私の人生観では「死」は自然に帰るものであると感じています
多くの動物を看取った時にも 添えた言葉は「人間の罪を許してください」「命の源へお帰り」でした

悲観的に考えるのではなくても 若き日を知ってくださっている方々に老いて行く姿を見せたくないと思いますので 出会った初めから「老いている」ことが普通であるこの新しい土地で静かに過ごしたいと思います 

それゆえに主だった友にも永遠のお別れですと申し上げておきました

あなたとあなたの支えであり 支えられている犬のために 心から 平安をお祈りいたします
お大切に 2015-11-29 S,Ma

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