2014-9-14生と死を考える日
9/14ドッコイさんの誕生日でした
昨日発注していました 特注のクリームを使わない 甘さを控えたイチジクで飾られたケーキを届けて 同じ階の皆さんにも 3時のおやつの時間に 共に召し上がっていただき とても喜んで頂きました
ドッコイさんもまんざらでもなさそうで「おいしい」といってくれました
ささやかに心が伝わるひと時です
「いくつになったのかなー?」
「85よ」
「もうそんなになったのかね」
「もう終わりも近くなったからね のんびり生きていたらいいよ」
「そうだね 十分長生きしたからね ありがたいことだね」
元気なころから 私たちの会話に「死」については当たり前に言葉にしていましたから こうなった今も自然に語れます
今夜 立花隆さんが「臨死体験」についての考え方を追求しておられて 興味津々 拝聴させていただきました
死後の世界があるのか?
脳が作る世界なのか?
心停止後も脳波が記録されていると言われていました
微弱であり 拡大図としてみなければ 停止に見えるが 明らかに波形として表されていることは脳の不思議とでもいうのでしようか?
「脳死」という状況判断にも影響が出るのではないかと思いましたが 生命の不思議は果てしないものですね
生かされている間は生きなければならないのですが 自分の死体は見られたくないように思います
さまざまなご遺体にお別れをさせて頂きましたが 生前の晴れやかな笑顔が打ち消される時には辛さが増します
家族葬や密葬は良いと感じています
私の死に際しては 多分姪たちに世話になることでしょうが 葬儀はしてくれるなと申してあります
遺灰はすべて回収して 母とチビクロの散骨の海に流してくれるようにと頼んでいます
私なりに 精一杯に働いたので 悔いらしきものはなく 苦痛さえなければ「死」は何時でもやすらぎ以外の何物でもないと感じています
85歳のどっこいさんは そのようなことを考えることもなく 5秒の世界(5秒ですべてを忘れられる)で生きています
怒りさえも 5秒後には忘れられる 時にはうらやましくもあります
ホームの方には 蘇生は一切いりませんと伝えてあります
日頃からの二人の間で決めていたことですが 現実となる日が近くなったのでしょう
その日に備えて 余生は清く生きたいと念じています
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