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2014年4月 3日 (木)

2014-4-2海野V小保方氏論文に対する意見へのコメントから

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そのような教育を彼女が受けなかったのではないだろうか? そのような教育を彼女が受けなかったのではないだろうか?

戦後~近年の教育は「自由」と「権利」の教え方がいびつであったと感じています
 
「平等」と「個性」  「平和」と「防衛」
 
教える側の個人的思想が支配しすぎていたと感じます

戦争拒否は 武器取引で利益を得る人々以外は反対に決まっていますが それでも防衛となれば「好戦的」ではなくても自己防衛が必要となることもありますが それらを含めて「話し合い」と念仏がごとく唱えることをしてきた人々がいるように 罪悪感の無い「不正義」がまかり通る社会になっていると感じています
 
教えられなかった不幸は 教えられたことから派生しているでしょうから 小保方さんも「そのくらいは負けてもらえる」とお感じになったのかもしれませんね

私が存じ上げていた組合オルグの方で「日教組は丹頂鶴」と言うのだとおっしゃっていました
 
白地の青年が組合に入ると頭が赤くなる
 
ということだそうです

そのくらい組織的洗脳教育がされたのだと聞きました
 
なるほど

教育は 主要産業の重要性にも匹敵するか それ以上に大切なことと思いますが 「日教組」に触れたくない議員と管理側の怠慢が 大きな禍根を残したと思います

動物実験の世界ではアカデミアの場合、自主規制でよいと主張されているが、本当にそれでよいのかと思う。 動物実験の世界ではアカデミアの場合、自主規制でよいと主張されているが、本当にそれでよいのかと思う。動物実験の世界ではアカデミアの場合、自主規制でよいと主張されているが、本当にそれでよいのかと思う。

 

よほどの専門知識と 判断力を身に着けた自己統制ができる方でなければ 「自主規制」とは 「ご都合主義」になりやすいと感じます

現在の動物愛護活動もその典型であると感じることが多々あります
 
環境省指導の「殺処分ゼロ」の真意と 「行政引取拒否権」の適用解釈が私の感じるところ その「ご都合主義」の最たるものであり 殺すことと 殺さなければならない状況にありながらも看過するのかという考え方の差は埋めようがないと思うのです

生命操作に過剰な働きかけをすることは 何れ人工淘汰の必要性を生むことになるのではないかと不安に思いますが「生命尊重」の錦の御旗はどこにでも翻っています

しかし 世界では「生命尊重」などとは無縁に生きて死に行く人々があふれています

例え 最先端医療が「死」を克服する日が来たとしても そのような社会で生きながらえたくはないです

生きることに飽きが来ると思います

無理やり生かされることも私の考えでは不幸です

飢餓や戦争で死を強制されている人々には言えない言葉ですが----

その人々を救うためには最先端医療はどれほども役には立たないとも感じます

不都合なことは「仕方がない」「見ないで済むことは無いに等しい」と言うのが現代でしょうか?
どうすることもできない 
 
あがくことしかできない


小保方さんも 理研の側も 自らの「良心」に問いなおして 出直していただきたいですね

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