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2014年3月 2日 (日)

2014-3-1ドキュメンタリー 写真集の読み方

今日は午後から宝塚メディア図書館でドキュメンタリー「写真集の読み方」について 畑祥雄先生の講座を受けてまいりました


 
作者の手法によって個性として 伝え方が変わり 残酷なまでのリアルを追うタイプと 間接的ともいえる表現により深みのある真実を伝えることもできる

過酷だったころの炭鉱労働者の 実情を写真集により 社会に訴えたことで 炭鉱のあり方が問われることにはなったが 被写体となった個人が被られた「被害」は大きく 転居を余儀なくされ その後の人生にまでも影響し 写真資料集の持ち出しが禁じられたとの経緯を聞きますと 真実の伝え方の難しさを改めて感じ入ります

家族ぐるみの貧困ゆえに 子供は学校にも行けず識字力の無さをアピールすることにより 当該企業の糾弾とされたが そのことが 被写体となられた方が成人された後にも 個人の名誉にかかわるとなれば 考えさせられてしまいます
 
「正義のための犠牲者」とでも言い表すのか?

広島と長崎の原爆被害のドキュメンタリーの制作に際しても 二人の作者の相違点が浮き彫りとなったようです
 
事実を苛酷なまでにアップで迫る「土門拳」
 
アップを被写体となられた方から断られて生活空間「家」をとらえて間接的に表現をされた「東松照明」

既存の写真集に秘められた作者の想いは 単に見るだけだと「風景写真」で済まされる作品が 実は深い奥行きがあったと知りました
 
「東松照明」の「さくら」に寄せる戦中の想いが 単なる風景ととらえられない「懺悔」も含まれていることを 読み取ることは 凡人には難しいと感じます 

矢張り 知ることは面白いですね
 
知らなくても 生活に支障はなくても 知ったことが新たな感慨を呼ぶのであれば 学ぶことは面白いと感じます

文章に添える「写真」なのか 「写真」に添える文章なのか
 
撮る側にも意地がなければ 訴えるものが少なくなるのだ

一枚の「写真」
 
作者の想いを読み取るには作者を知るところから始めなくてはならないように思いますが 単に楽しめる「写真」もまたよきかなとも思います


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