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2013年12月24日 (火)

2013-12-24 相談から感じること


いろいろな方からのご相談を受けますが やはり「多頭数飼育」対応はどこでも困っておられますね

行政機関の方々も あいごの活動をされる方々も 基礎的な「動物福祉」の知識を勉強されないままに 不適切多頭数飼育がいわゆる「殺さないため」「生かしてやっている」との考え方がもたらす 社会と動物に対する不利益が解っていないのだと思います

予てから 私は「生かしてやっている」のか「生きていてほしい」のかは違うといっています

前者にはQOLは問わなくても 「息さえしていればよい」の考え方だと感じます

後者は飼主が希望することですが良い環境で「生きていてほしい」となることが多いと思います

飼主の富裕にはあまり関係なく  「息さえしていればよい」とは考えられないと思うのです

愛護の活動をされる方々の多くは不適切多頭数飼育であっても とにかく生かしておきたい

咬傷事故を起こすような犬を不適切多頭数飼育に押し付けることが 本当に動物の身になってよいことだと感じられるのか?

災害時に 管理から放れた危険な動物が街中で徘徊することを想定した時 動物が好きであっても「怖い」と感じるのが普通です

行政機関は今後の動物との共生社会をどのように築きたいのか 動物を好まない人々ががまんすることを求めておられるのか問いたいですね

熊本方式は明らかに「動物を好まない人々ががまんすることを求めておられる」と感じるのです

「殺処分ゼロ」「ノーキル」を唱えて組織的に訴えようとされる議員団の方々も 法律家諸氏も本当にそこまで言い切るお覚悟がおありなのでしょうか?

「動物を好まない人々が 「殺処分ゼロ」のためには いかなる動物も生かしておくので 心身共に被害をがまんすること」

単に「殺処分ゼロ」「ノーキル」と唱えた時には響きが良いので 動物による被害のことは棚上げされていると感じます

動物を好むと好まない とに関わらず 「幸」に暮すことは理想にされになければならないですね
そのためには 動物を好むと好まない とに関わらず 相互に譲り合い 我慢をすることも必要ではないですか?

生きることはどこかで何かを「辛抱」することは欠かせないことですね


対する相手に「辛抱」していただくには みずからも「辛抱」することで補いあはなければ 社会の秩序は損なわれますね

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