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2013年6月 5日 (水)

2013-6-4フェイスブック 空 そらさんへの返信

2013-6-4 フェイスブック 空 そらさんへの返信(ハンドル名なので伏字にしません)
長文となりましたのでフェイスブックではなく S,Maブログにしました

空 そらさん
コメントありがとうございました

【名前がハンドルネームなのは、動物愛護と言うだけで、心ない動物利用肯定者等から嫌がらせをうける可能性が有るからです。そして、ネットの世界では匿名が原則だと思います。】

私の価値観からすれば身勝手な言い分だと感じますが 社会は多様な価値観の人々で構成されていますから致し方ないとも思います

フェイスブックは原則実名ということが相互信頼につながっている 2chとは発言に対する責任感の重みが違うと私は評価していますが あなたのような価値観の方に利用されるのであれば 匿名で言いたい放題となりかねず【嫌がらせをうける可能性が有る】とのご指摘は当たっているかもしれません

実名で意見公開をされて被害を受けられたご経験がおありなのでしょうか?

匿名であること その顕著な表れが侮蔑から相手を威嚇しようとする態度のように感じます

私は実名投稿の結果 匿名のあなたから 呼び捨てにされると言う侮蔑の威嚇を受けたことになりますね

匿名でなければ言えないことを全否定するつもりはありませんが それは特定の企業や行政 政治家等の権力の強い対象において内部告発のような場合に限り許容され得ると心得ています

この場で述べられている程度のことにご自身の身の危険を感じられることはないとは思いますが 実名で言うおつもりのないお方の発言であるとして受けておきます

ネットの世界では匿名が原則だと思います。

それは実名では言えない 無責任な発言を多くの場合相手に反論する機会さえも与えない卑怯な手段だと感じます

事実かねつ造かを問わない誹謗中傷をして そのことを楽しみたい人々の勝手な判断であり そのような行為を正当化しようとされる方に敬意を感じることはできません

さて、社会全体がという意見ですが、社会全体が合理的なら動物問題等起こり得ないわけで、逆を言えば、社会の動物に対する扱いが誤っているから問題が起こると言えます。

社会の動物に対する扱いが誤っているから問題が起こると言えます

ご指摘の通りです

あなたは ご自分が正しいという思いで その他の社会の人々が 混乱を起こしていると感じておられるように思いますが 相対する考えの人々もまた 同様に対局の考えに誤りがあると感じることもありますね

相互に「正しい」と思うことを主張しあうところから歩み寄りがあれば解決の糸口も模索できるでしょうが
自分の考えとは違う奴は誹謗中傷をしてでも蹴落とそうという考え方では解決どころか 更なる問題が起こると思います

動物に対する扱いの良しあしは何をもって判断するのか?
私は 人と動物の適正な共生であり 人も動物も限りなく苦痛回避に尽きると思います

動物飼育の権利義務は 飼主(管理者)義務が優先されるものであると確信しています

人においては不足とはいえ「福祉」で守られていると言えます

無論完全ではなく 昨今においても餓死と報じられた母子がおられましたように救い切れていない現状があります
しかし 動物には苦境の自己申告の能力もなく 国家補償もありません

行政機関での引取の拒否は適切な事後管理があって許容されるものと思いますが 熊本の例でも 引取依頼の子猫が行政獣医師により 遺棄を示唆したとも言えるような事例もあると聞いています

どのように説諭をしても それを理解するつもりがない人や 理解に及ばない能力の人に動物の予後管理を任すことは動物虐待かネグレクトを容認することに繋がる危険性が高く 動物は苦境にさらされる場合が多くなるでしょう

それでも生きていれば譲渡先が見つかるかもしれないという考えが 「殺処分ゼロ」「ノーキル」なのでしょう

 

繁殖制限も厳格ではなく 余剰とされる動物たちは頭数の記録にも載らないのが実情でしょう
ネットでも譲渡先探しはあふれています

。だから客観的に見れば熊本方式は成功していると評価できます。さらに、その宣伝効果もあってか、周辺の自治体でも殺処分は減少しております。

数字の上での操作は簡単にできますから明日からでも行政機関での殺処分頭数はゼロにできます
引取拒否と 無差別譲渡とネグレクト保管で生かしておけば褒めてもらえるのであれば 行政機関としては楽なことです
適正譲渡に掛ける手間も費用も不要ですから 行政にとってはありがたいことでしょう

熊本市を批判する点は 保管管理の上での不適正多頭数飼育と無差別譲渡です
一見愛ある行為のようですが 集団保管管理による咬傷事故が起こりうるから という前提そのものに 適正管理の範囲を超えた無理があることを物語っています


そのことがわからなければ「動物福祉」についての知識不足として市民啓発の資格がなくなります
行政機関自らは 不適正多頭数飼育をしてもよいが 一般の飼主はいけないとは言えないでしょう


その反証不能なことを根拠に殺すこと自体が客観的事実に基づかず誤りです。

逆もまた真なり

殺処分を否定することは虐待保管を認めることにつながることであり 余剰とする頭数が行き場もなく幸・不幸を問わず生かすことで人の心の平安を得るために生かすことには賛同できません

【人が辛さに耐える分動物の苦痛は救われるが 人が辛さから逃れたければ動物に苦痛を耐
えさせることなります どちらもあなたが選択されることです-S,Ma

動物と人とは違うということ 人に支配される動物が 人の都合で殺されることも 苦境に耐えさせられて生かされることも宿命とも感じています

人も動物も出生地( (国や場所) 時代 両親を選べないように 受胎した命が生物と化すとき宿命があると感じています

巡り合った人に運を託すことも宿命と思うのです
生かしておきたいからネグレクトでも息をすることに価値があるのか?(無論動物に限ります)
「安楽死処置」(安楽殺処置)により安らかさを求めることに救いを見るのか?

動物を飼育する以前に考えなければならないことです
無差別不敵正譲渡では悪循環は断ち切れません

動物を恐れ 不快に感じる人々の不安を軽減するには 共生動物に対する安心感と幸福感がなければ ならないと思うのです

自分は殺さないと決めることも 「安楽死処置」(安楽殺処置)により悪状況を回避するということも 自己満足によると言えるでしょう

動物の譲渡頭数が多いとよい仕事と評価するのか?
将来の共生社会に安心感と幸福感を求めて少数でも適正譲渡にこだわるのか?

私は40年間の経験から 迷わず後者を選びます
人と対比してはならない 
動物と人とは違うということを認識したうえで 生かす命はどこまでも人も動物もともに幸せであってほしい


餌付けの問題

「安楽死処置」(安楽殺処置)といえども殺処分ができないから 遺棄をすることに救いを求めているのが現状でしょう

繁殖させなければよいことは近年では知られてはいますが 先にも述べたように人に与えられた「能力」には大差があります

「ノーキル」「殺処分ゼロ」と叫ばれる中で生ましてしまった動物(特に猫)の処遇は譲渡先の獲得も困難であり自家保管も困難となれば遺棄か行政機関引取となります

遺棄する側には好都合な「地域ねこ」制度も 餌付けをしてくれる人もいるというのが 本音と思います

遺棄されて浮浪の生涯を押し付けられた動物たちが幸せだと感じたことは40年間一度もありません
餌付けの人たちは 餌を食べている短い時間に満足感を得られるのでしょうが その他の長い時間に起こる事故や病気には「自然」という逃げ言葉を使われます

自然ではない不幸な病気や事故に苦しむ動物たちについては 餌付けの人たちは他力本願で 屡救護活動の要請を受けました
先のコメントに述べていますように 私の出会った餌付けの人々で立派だと言える方はほんの少数でした
自らは「安楽死処置」(安楽殺処置)に関われないが 選択肢としての「安楽死処置」(安楽殺処置)は認めておられる方々から頼まれて引取をしたことが何度もありました

無償の不妊手術も送迎付きで協力することも普通でした

手術前検査ができない猫の不妊手術のお世話をした際に 術後1週間で風邪と思われる症状が悪化して死亡した際に投げつけられた言葉は今も忘れられません

「そらそうだろう いまどき只で不妊手術をして送迎までしてくれるのは不自然や 学生の実習にされたのと違うか?」「行政から支援金もろてるやろ」でした

術後管理も満足にできていなかった様子で 私は心の中は激怒していたが 飼主をなじることはしなかった

誠実に適切な手術を実施したことを説明をして ひたすら慰めることしかできなかった
動物病院の名を出すことで賠償請求でもされかねないと感じたからです

屋外飼育の浮浪猫でしたし 飼料も残飯程度では健康とは言えないが それでも繁殖能力はあるのですから対策としては不妊手術しかありません

浮浪動物たちは確かな医療を受けさせて 適切な住環境を与えられていることはまれでしょう

それらの浮浪動物を嫌悪される人々もおられますが 人は誰でも快適に生きる権利があります
その権利を侵害して我慢を強要することは人に対するネグレクトになると思うのです
動物大好きということと責任ある飼育管理者となることとは別のこと
飼主としての責任は重いのです

警察署の対応が良くないこともありますが 消防の方も警察官も 30~40年依然と比較すればよくなっています

子猫の救護活動で消防の協力を要請しても対人救護が任務であると断れることが普通でした

そのようなとき 私が 子猫の救護活動をするから救急車を私のために待機させてくださいと迄訴えたこともありました

警察署に捜査要請に出向くと
「奥さんら 暇人やな」で侮蔑の笑いで相手にもされませんでした

そのような時代を乗り越えて今日があることも知っていただくために 時には講演活動もしています

特に阪神・淡路大震災以後は格段に改善されて 多くの動物たちが消防の方々に助けられていますし 虐待についても警察署が動いてくださることが多くなりました

過去を知らない言動は摩擦を生みやすく 現状に至るにはそれなりの尽力をした人々がいたから 今日があります

今日努力することは明日の希望につながるのですが そのことを忘れたり 気付かない人もたくさんいます
不満を口にするだけで世の中は変わりませんね

【出来ることを 出来る人が 出来るようにする―S,Ma 】

書ききれませんがコメントをいただいたことには感謝しています
知ることが他への思いやりにつながる第一歩でもあると思うからです
長文となりましたことごめんください

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動物福祉」カテゴリの記事

コメント

>だから客観的に見れば熊本方式は成功していると評価できます。
さらに、その宣伝効果もあってか、周辺の自治体でも殺処分は減少しております。

空 そら さん、はじめまして。

一度こちらをご覧くだされば幸いです

http://www2.tky.3web.ne.jp/~meme/a-kokuhatu-kumamoto-city2.htm

この件に関して、一方的に前後の脈絡無しにお話しされても、読者には何のことかさっぱり解らないだろうと思います。それではあまりに不親切だと思うので、関係者として事の成り行きとか、脈絡を補填してみました。よろしければどうぞ。http://amba.to/10SwjT7

松田早苗様

突然のメール失礼いたします。
AONOと申します。

栄養学についての質問です。
『牛乳は体に悪い』と主張されている方が、動物愛護団体に見受けられます。

栄養学会では、牛乳が健康に及ぼす影響について、科学的な結論が出ているのでしょうか?
いまだに、百家争鳴なのでしょうか?

栄養学者であり、動物問題にもお詳しい先生のご意見を伺いたく、連絡いたしました。

AONOさま
折角ではございますが 同姓同名のお方で著名な栄養学の学者でいらっしゃる松田早苗氏とお間違いかと存じます

検索ワード 栄養学 松田早苗 で情報はたくさん出ますのでそちらでご確認ください
間違えられて恐縮しますが 同姓同名のお方が立派な方と言うのは他人事ながらほほ笑む気持ちです

動物愛護の社会では 動物性食品を拒否される方はたくさんおられます
飼育管理や 殺処分方法がよくないことも一因ですが 私は好き嫌いは多少はあるものの すべての食物を受け入れています
あらゆる生物は 他の生物の犠牲の上に成り立っていると思っています

松田早苗様

AONOです。
このたびは、大変申し訳ありませんでした。
お時間をとらせてしまったこと、深くお詫び申し上げます。

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