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2013年2月12日 (火)

2013-2-10映画「ひまわり」鑑賞の感想

2/10 日曜 大阪府で映画「ひまわり」の試写会があり 鑑賞させていただきました

 

感想

作品そのものは感動もあり ストーリーとしてはよい映画でした

職員の苦悩にも触れておられて 行政機関で働かれる方の仕事としての「殺処分」を人々に知っていただくにはよい機会となったとは思います

 

しかし

しかしです

 

この映画の発端は既定の行政機関職員としての規則を破ることで勝ち得た 行政機関保管犬の救命でした 

職員のされたご努力は立派であることも認めます

規則は時としては破ることで次なる発展があることは確かです

 

しかしです

 

上辺しか理解しない市民がこの映画のような状況を求めて 行政機関に保管されているすべての動物の救命を迫られたとき 担当者は困られるでしょうね

 

この映画の例では職員が 行政機関に捕獲収容された母犬と子犬に特別の関心を持たれたことで 例外が実現したことであり 知識と心がおありになられた「職員」により引き取られたからよかったのであり 一般市民に引き取られることを想定すると大きな不安はぬぐえないでしょう

 

譲渡基準に適合しないことで譲渡対象から外された動物たちを 「映画ではできたことがなぜできない 職員の努力不足です」とでも言われかねない

 

この映画に映っていたその他の犬たちの中には 見るからに譲渡可能であると推測できそうな犬がいましたが それらの犬たちのすべてを救うことは現状では困難であるということも ある程度はあらわされてはいましたが 一般の市民には職員が努力すれば助かるはずというインパクトのほうがより強く感じられるのではないかと危惧します

 

四国で有名になった「崖淵犬」は 抽選で譲渡され その後行政機関に返還されたまま 今もケージの中で生かされています

 

関心が高くなると殺処分しにくくなるし 長期に世話をされる職員もそれなりの感情移入がおありになり 決断を鈍くされることでしょう

折り合って私も「崖淵犬」の状況を見させていただきましたが 正直 私には「幸」とは感じられず 哀れに感じました

 

行政機関での保管施設状況にも適正譲渡に相反する粗末な施設が多く 目下の急務は行政機関での適正保管と適正管理だと思います

熊本市の例でも触れましたが施設の整備は「動物福祉」には大切な要件です

 

多くの行政機関でネグレクトが看過されているのは 保管施設があまりにも粗末であり 映画でも保管中の子犬が凍死した実情を映されていました

 

施設整備の遅れを予算がないということで放置されているのは 殺処分頭数の軽減に重きを置くことで施設整備の不備をごまかそうとされているように感じます

 

行政機関において 譲渡さえしていればネグレクトでも仕方がないという風潮は 将来の日本の動物福祉思想の発展を阻むことになると感じます

 

映画を見るお一人々の方が「ひまわり」が助けられたことで「よかった」で終わらないことを願います

 

「ひまわり」が幸せになれたことの その陰で多くが不適切保管にさらされ 殺処分されていること その殺処分方法が「安楽死処置」(安楽殺処置)ではないことにも関心をもっていただければと思います

 

しかし 職員による虐待は決して許されないことであるのは言うまでもないのですが 動物の救命ができないことは行政機関現場の職員の方々の責任ではなく 上層部や議員諸氏の意識の持ち方であり その方々の責任であることにも注目し 現場職員を責めることはしないでいただきたいのです

 

そして 適正管理と譲渡にも一層のご関心を寄せていただきたいと思います

 

【適性譲渡とは「安心」「安全」が基本であり 社会に送り出す動物が「不安」「忍耐の強要」「偏共生」とならない配慮が必要である-S,Ma

【多頭数飼育や不適切飼育 不適切譲渡で動物の肉体は生かせても 動物の心を殺していることには妥協をしていることなのです―S,Ma

2013-2-10 文責 松田早苗

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コメント

>上辺しか理解しない市民がこの映画のような状況を求めて 行政機関に保管されているすべての動物の救命を迫られたとき 担当者は困られるでしょうね


同感です。

GTOというテレビドラマを見たときと同じ感想です。ヒーロー(熱血教師)を映し出すことで、

実在する現場の教師にも相当なプレッシャーがかかる。学校という現場を知らない

シナリオライターが教師の理想像を作り上げることは、とてもとても危険です。


事実、福島県においては、動物福祉に全く興味のない動物行政担当者が、

世論だけを気にして、「生命維持」に傾注しています。

無論、動物が安心して暮らせるような生命維持ならばありがたい限りですが、

単に命をつなぎ止めるだけの虐待飼育になってはいないかと心配です。

視察に行ったところで、私にはどうすることもできないため、視察にもいけませんが。

>行政機関において 譲渡さえしていればネグレクトでも仕方がないという風潮は 将来の日本の動物福祉思想の発展を阻むことになると感じます


全く同感です。これだけはどうしても伝えなくてはいけない課題だといつも思っております。

星野さん コメントありがとうございました

【視察に行ったところで、私にはどうすることもできないため、視察にもいけませんが。】

それでも やはり 現場を見ることは大切です
自分の目で確かめるから 厳しいことを率直に言い切れるのだと私は思っています
他の人からの伝え聞きでは その人の主観が入ります
私の活動の基本は 自らの 目で見て 触れて 感じる

その結果で判断したことを伝えることに努力しています

[真実は唯一ですが正義は人の数だけあります-S,Ma]

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