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2012年9月25日 (火)

熊本市愛護センター支持者投稿者さんへの返信

2012-9/24  16:16 inブログコメント返信

なぜ、愛護センターを批判するのか全くもって理解不能。

投稿者さんへの返信

 

コメントありがとうございました

【なぜ、愛護センターを批判するのか全くもって理解不能。】

ご理解不能と言われることは 動物の「ネグレクト」とは何かということを正しくご理解されていないということだと拝察いたします

最近 ご当地をご覧になられた方からも聞きましたが 相変わらず 多頭数飼育で斜め上からの鎖係留保管をしておられるようですね

 

この状況は犬たちにとって幸せなこととお考えですか?

命を救うためにはやむを得ないとの発想が優先されて動物福祉は軽んじておられるからではないですか?

 

「8カ月ぶり犬を殺処分 熊本市動物愛護センター」

この批判は殺処分したことを批判しているのではありません

無理な不適切多頭数飼育の結果 長期にネグレクト保管をした挙句に殺処分に至ったことを批判したのです

犬たちに苦痛を強いることで 保管者たる管理センターの方々は「ノーキル」の達成のためだけに 社会的評価を得ていることに対する自己満足に慢心しておられると私には思えました

意見は様々ですから そのように考えられることも致し方ないとは思いますが  そちらは「かわいい」「かわいそう」で活動している民間団体ではなく 法律第105号に基づいて「動物福祉」の考えを啓発し実践しなければならない行政機関であるから批判しているのです

 

【愛護センターに訴えかけられないと気付かない市民たちを相手に必死に努力されている。
 
努力しているのに、まだ減らず、罪のない動物たちを殺さなければならない人たちの痛みが判らないのか?】

 

市民に「動物福祉」は単に殺さないことを教えるものではなく 万策尽きれば適切な「安楽死処置」(安楽殺処置)を決意することも 飼主の責任範囲であり 必要であることも教えることは大切です

現状の日本では繁殖制限はなく 営利として増やすことには放任されている状況です

余剰とされる動物たちのすべては救えない

民間で「ノーキル」思想が主流なのは致し方ないとしても 「ノーキル」を唱えたことにより ネグレクトや遺棄でしか決着できない飼主もいることもお分かりでしょう

 

あなたが犬の身になって 長期に鎖で斜め上からの係留をされて 安らぎの無い「囚われ」の生涯の末に殺処分されることを良しとされますか?

私は望みません

「幸」が目前であり 短期に辛抱させることであればまだしも 譲渡の可能性も不明な不適正多頭数飼育をすることは 私の発想にはありません

 

罪のない動物たちを殺さなければならない人たちの痛みは 私自身40年間の救護活動経験でいやというほどに体験しております

もっとも30-40年前には今とは比べようもなく遺棄や放棄が多く 私個人でも最多頭数では年間に1200匹の犬猫の引き取り保護にかかわりました

こちらから求めたこともなく 市街地でも犬猫が放浪していることは日常のことで救護活動による保護と 頼られて「安楽死処置」(安楽殺処置)を承知で引き取りを依頼された動物たちがほとんどでした

 

この頭数をすべて譲渡か終生保護で解決することは不可能であり 獣医師による「安楽死処置」(安楽殺処置)しか選択肢はありませんでした

 

その結果は心無い「あいご」を叫ぶ人々から殺し屋とまで罵られ ほとんどの救護活動から引退した今も 哀れな自己満足主義者が誹謗中傷をしています

その人々を憐れむことはあっても 腹を立てるにも値しないと思っています

批判をするなら なぜ自ら保護し 幸せな譲渡で対抗しなかったのか?

当時の実情では無理だと知りつつ 自分たちの団体活動の人気取りに生贄として取り上げたのだと思っています

基礎知識のない人々には今も当時も「殺処分ゼロ」「ノーキル」は心地よい人道的な言葉として受け止めるでしょうが 「ネグレクト」には無関心です

動物

については 私は「ネグレクト」を許さない

「ネグレクト」でしか生かせないなら 迷わずに「安楽死処置」(安楽殺処置)を選びます

 

譲渡についても適正譲渡の大切さは動物を好きになれない人を一人でも少なくしたい

そのことが動物全体の評価を上げ 動物に対する嫌悪感の軽減につながると信じるからです

 

災害多発の昨今 災害時に飼主の管理を離れた危険な犬たちが放浪することは人命にもかかわりかねないことです

それを知りつつ 行政機関が 動物に係る人々の 自らの心の安らぎのために「ノーキル」の手段として無差別譲渡をすることは私に理解できません

終生飼育の在り方は「幸」であることが最重要課題であり 市民に対して適正飼育の指導などできない 動物福祉の理念をなくしたも同然だと感じます

 

「8カ月ぶり犬を殺処分 熊本市動物愛護センター」批判をしたのもそのためです

 

【傍観するな!】

傍観できないから意見陳述をしているのです

 

【気付いた市民はセンターと一緒になって改革していかねば何も変わらない。】

間違った方向に変わることは是正しなければならないと思います

重ねて申しますが 飼主責任とは 万策尽きた時には「安楽死処置」(安楽殺処置)の決断ができることも条件だと教えることです

行政機関での引き取り拒否は 今まで以上に重要な要件として飼主に教育し 譲渡の際に条件にすることも大切です

 

これを機に 「動物福祉」と「あいご」の違い「ネグレクト」について学んでいただくことを望みます

 

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