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2011年4月 4日 (月)

2011-4-4on三重県「員弁大社上げ馬神事」の現地調査

昨日4/2() 三重県員弁大社上げ馬神事の現地調査に行って参りました
往復400km 日帰りは少しきついのですが家庭の事情もあり強行軍でした
現地では撮影場所の確保のために 10:3016:00斜面に立ちずくめで昼も持参したパンとジュースで済ませ トイレもままならないという状況でした 

昨年とほぼ同じ位置での記録写真を撮ることができましたが 昨年は目の前で馬が転倒し即死すると言う最悪の状況がありましたが 今年も12頭走り6頭が土壁を上がりきれずに転倒したり 後退していました

先ず走り出す前に少年騎手を馬上に上げるのに大人が5-6人以上もかかり馬を抑え込まなければ騎乗出来ないと言う有様で どの馬も1頭たりとも大人しく騎手を乗せた馬はいないのです 

周囲の大人さえも危険と感じられるほどに抵抗する様は見ていて辛い

それほどに馬は恐怖感に苛まれていたと感じます

おそらく恐怖感で無我夢中で走り始めたものの土壁を前にして立ち止まり少年騎手を振り落とし 馬自体も側壁の石壁で2度も強く頭を打った馬もいましたし 倒れたまま起き上がれない馬もいました それでも何とか立ち上がらせて痛めた足を引きずりながら退場する馬もいると言う状況は見ていて楽しいはずもなく 周囲の見物している女子高校生に問いかけてみました

「こんなに馬がつらそうな様子を見ながら楽しいの?」「うーん べつに」

立ちふさがる土壁までの走行路の両側に少年たちが並び走ってくる馬を待ち受けていますが 馬が転倒したり暴れるととても危険です

現に暴れた馬を避けてあわてて石壁をよじ登った少年たちがいて 彼らにもにも聞いてみましたが返事はしてくれませんでした

多分村人の一員としては言えないこともあるのではないかと感じました

無論騎手の少年も命がけと言って過言ではない状況です

転倒した馬の下敷きになったり蹴られたり踏みつけられる事は避けられないこともあるでしょう

昨年は倒れたまま動かなかった少年がいましたが 今年も抱きかかえられて連れて行かれた騎手もいました

何よりも馬と人との信頼関係があるとは感じられず 馬に極度の不安感を与えることは法律第105号の精神からも外れている 精神的虐待と言えるのではないでしょうか?

さすがに鞭打ったりはしなくなった様子ですがこの「上げ馬神事」に選ばれた事

は馬にとっては不幸なことであると感じます

神への奉納であれば神は喜ばれないのではないかと思ってしまいます

「伝統文化」の維持のために馬に無理強いをすることで成り立っている祭りの

意義が問われて良いと思います

伝統文化の名のもとに動物虐待と言える祭りの運営には情けない感じがしました
苦しむ馬の姿を見ることは哀れでなりません 
あの巨体が恐怖に狂ったように暴れ 転倒し負傷して尚奮い立たせようと追いたてる人々の祭りごとを優先する様を見ることは情けないし 伝統の踏襲のためには無慈悲であるとさえ感じさせて良いものなのか 村人は問いかける人もいないのでしょうか?

問いかけて村八分になることを恐れている方もおられるかもしれません

あのボス的な親父たちのふるまいからも村の中からの改革は望めないでしょう

外部からの要請しかあの哀れな馬を救うことはできないと思います


大衆の面前で公然と 大人がどうみても未成年者たちに一升びんから口呑みで飲酒をさせる 喫煙は大っぴらで憚ることもない

場内アナウンスでは「青少年の適正な育成にも努めています」とは多分 例年未成年者の大っぴらな飲酒喫煙に対して苦情があるからではないかと思われます

「動物愛護法にも留意している」との意味のアナウンスも繰り返ししていましたが形式的であり うるさいあいご団体対策としか感じられないものです

何れの場合も 現場は目で見て心で感じて「怒り」も「共感」もより強く感じますが この馬たちに会うことは 何もしてやれないことでの怒りよりも 目が語る馬の表情が見ていて哀れで辛い

人は残忍な事を喜ぶ一面があることをぬぐいきれないのかと考えさせられます
闘犬も又同じくあの凄惨な場面を見て興奮する人々が恐ろしく感じられます


帰路 祭りで馬が走る疾走路を(外来者である私が)通過してよいかと片付け作業中の一人の男性(50才前半?)に尋ねました

彼の答え「ええけど汚さんようにな」との言葉でした

私は「汚さんようになは不穏当な言葉ですね」と言いました

そのために問いかけたのですから 通過してほしくなければ通過できないと言えば済むことです 

態々外来者に不快な思いをさせるとは常識の程度が解ると言うもの

男性は不適切であったと謝りましたが そのようなしきたりがある村の祭りなのでしょう

そのことが躊躇なく言葉にされることが祭り維持の根底にあり 誰も疑問を持つことなく あるいは持ってはならないと言うべきか 「伝統」と言われるがままに強いものに従う社会となっているのではないでしょうか? 

そのような疑問を抱きました

私も言葉を返しました「その汚れたと言う女性からあなたは生まれたのですよ あなたもけがれていますか?」と

文責 S,Ma

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動物福祉」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。上げ馬神事のドーピング告発は現地の獣医師会の会員から、1996年私が電話を受けました。すぐにその獣医に会い神事にまつわる、おぞましい事実と経緯を知り、閉鎖的な地域社会の現実を思い知らされました。知事、教育委員会、文化財の諮問委員会、県警、大社の宮司、御厨、伊勢神宮宮司など広範囲に申し入れと虐待のビデオテープ、ドーピングの事実(実行した獣医が認めています)など告発しました。平成11年まで三回現地へ行き、参加している少年、地区の責任者にインタビューし録音しました。成果としては坂の角度を、若干下げ、壁を多少低くし、階段の部分にマットを施してもらった事までです。
私は、阪神淡路大震災でネットワークの現地駐留として、約半年間多くの被災動物と共に苦楽を共にしました。以後、体調不良や様々な理由から、どちらの団体とも関係なく一人で犬猫をできる限りで保護、里親に出しています。今回の地震で、福島の動物が心配で何かできないかと思い、色々検索していた中で、貴ブログを拝読させて頂きコメントさせて頂きました。私は当時体調を崩したことで完結しておらず、どうしても忘れる事ができません。ぜひ、この祭りを私的には全く違うものにしていきたいのです。協力させてください。

すみません、アドレスを訂正してください。

一方的な非難だけでは,問題の解決には結びつかないと思います。
せっかく現地調査をされたのですから、相手側の立場に立って考えて見ると、将来への良い方向性が見えてくるかもしれませんね。
対決姿勢でのぞむより、理不尽なことを先に言われたとしても、前向きな対話の姿勢でのぞめば 伝統を継承しつつ愛護もできる融和的な解決策が見えてくる気がします。
偏った考え方もの同士では、喧嘩に発展してしまいますね。

硬い物と硬い物がぶつかると壊れる  どちらか一方がやわらかければ・・・  です。
 難しいとは思いますが、動物のために尽力を尽くして頑張ってください。

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