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2010年11月 8日 (月)

2010-11-5in HIROさんコメントありがとうございました

ご返事が遅れてごめんください

11/6()は四国でお話をさせていただいていました

お休みにも関わらず行政関係者の方々が個人としてたくさんご参加くださり 何かを聞き取りたいとされる姿勢にとても感激しました

企画をしてくださいました chara_kさんのグループの皆さんに感謝いたします

近年は脱線しそうな民間の動物関係団体のことを案じていますが 今 行政機関が意欲的に変革を模索しておられるように感じそちらに期待を寄せています

熊本市についてはネグレクト保管状況についての糾弾はしていますが 日常での取り組みには良い点も多々あることも認めさせていただいています

それだけにおしいと感じることがあり 「ノーキル」の真の意味を追求していただき   基本的な動物福祉への意識の改革への転換を願うのです 

9月に兵庫県職員勉強会でお話の機会をいただきましたが 行政機関で働かれる方々は多くの問題に直面し 日々突きつけられる 時には理不尽とさえ言えるような苦情処理を迫られるなかで 予算も少ないと言うよりも付かないことが多く 悪戦苦闘しておられるように見受けます

それでも「動物愛護」から「動物福祉」へのステップアップの大切さに関心を寄せていただいています

何処でもそれぞれの行政機関としての問題の多くが「猫」だと感じます

「猫」自体ではなく「猫に関わる人」の問題であることは周知のことですが 餌付けだけされて増やされて 医療にも幸にも程遠くわが心のままにひたすら餌付けに励まれることは猫も迷惑しているのではないかとさえ思うのです

餌付けの方々にシンポジュウム等への参加を呼びかけますが「餌をやらないとかわいそう」と返事が返ってきます

私は「一日位食べなくても死にません それよりも根本的な知識を身につけて 餌付けだけでご自分とご家族が生活破たんに追い込まれるような生き方を変えてください」と申しますが「餌付けを休むことは薄情なこと」と反論されます 

故に餌付けに取りつかれた人々はかたくなになられ 当に[自己愛型動物愛護-S,Ma]に徹していると感じます

>この場合は犬・猫と違い、人間の利益のための処分なので、存在の可否においても屠殺方法をどうするかにおいても、判断が難しいですね。

>この場合は犬・猫と違い、

ではなく 犬猫も又 人間の利益のための処分なのです 

食用動物の「屠殺」と異なる点では 日本では食用にするための食品としての安全には配慮が要らない点です

増え過ぎて人の社会生活に被害を及ぼすから殺処分ということと共に  十分な動物福祉の環境を与えてやれない不幸から救う「安楽死処置」(安楽殺処置)と言う見方もできます

生前の扱いに人道的配慮が求められことは 食用か否かに関係せずと言いたいところですが 食用には経済的思考が入り込むところが辛いところです

先のコメントで高値卵を例にとり消費者意識が変わらなければならないと触れましたが 今日の経済困窮者が増加した状況ではより難しくなっていると感じます

食用動物の屠殺方法は屠畜銃の導入により改善されてきたこともあります

1972(S47) 国際動物保護協会のクローズ氏が屠畜銃普及に来日された

人類の歴史の中で、動物を可愛がったり福祉に配慮したりという、動物への配慮が始まった理由を考えさせられます。

これについてもやはり経済状況の改善が基盤になり 「衣食足りて礼節を知る」(引用には少し意味が異なりますが)個人が生活を維持できない状況では礼を失するとされるように 動物にまでの配慮は困難であると言うことです

過去における日本も 近年のアジアにおける状況でも 食用動物が共生動物とされてきているのは経済発展による生活の質の向上からでしょう

>また、現代は先進諸国で動物への配慮が一般的になってきましたが、犬を飼育した経験が無い犬に噛まれた経験があり恐い等 動物にあまり関心が無い方々にとっては、まだまだ疑問に感じるところがあるのではないかと感じています。

その因果関係とも言えるところに「譲渡基準」を厳しく設定する意義があります

無差別譲渡の結果で咬傷事故が発生する様では「犬」に対する必要以上に警戒心を高め 愛すべき動物から恐ろしい動物との評価に落とされ本来の共生による利点を失わせることになり 粗末に扱われる要因ともなり 動物の福祉が失われることに繋がるのです

[あんなにきれいで 心安らぐ動物であるなら共生してみたい]と思っていただけるような譲渡をすることが 真に動物を救う大切な基盤となり 虐待の減少にもつながるでしょう

>「なぜ人でなく動物へ税金を使うのか」といった苦情もそういった方から寄せられると推察します。

その原因の多くを[自己愛型動物愛護-S,Ma]による社会性を無視した行為が作っていると言っても過言ではないでしょう

名目「地域猫」 「多頭数飼育」「ネグレクト」は動物は元より 人にも大きな迷惑を及ぼします

2008()ペットフード協会調査による犬の飼育頭数が1310万頭とされ 国民の多数が「動物共生による幸福感」という利益を得ているなら そこから派生する問題に対処することに国税が使用されることもいたしかたないと思います

苦情対処がなければ動物を好まない方に対して我慢を強要することになりかねません

税の無駄を少なくするためにも「適正譲渡」は大切な要因であることに目を向ける必要があります

「ノーキル」では悪徳業者対策や遺棄動物への苦情処理が増し 税の無駄を増大し よりよい社会の達成にはならないでしょう

>そういった方々に対して、このように対応してきたということや、諸説などがありましたら教えて下さい。

私たちの日々の活動のほとんどがそれらの対応であり 行政機関も飼主不明動物や遺棄 放棄動物の収容引取りが行政機関の義務とされていることも 苦情処理と啓発に尽力されていることもそれらの対応であり その義務を果たさずに褒められていると言う珍現象が熊本市の「ノーキル」「殺処分ゼロ」ではないでしようか

行政機関における数字だけでの「殺処分ゼロ」は引取り拒否と団体への無差別払下げ譲渡

を実行すれば努力なくして直ちに実現します

現状ではその方向に流れつつあることを心配される識者は増えています

それらをしないで努力をされる行政機関をあたかも殺処分に徹していると言う曲げた評価で

阻害しようとする[自己愛型動物愛護-S,Ma]や「ボランティアビジネス」に熱心な方々が動物に不利な社会状況を作ろうとされているように感じられます

以上はあくまでもS,Ma個人の見解ではあります               文責S,Ma

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コメント

 ブログが雪景色になりましたね。
 各地を耕して回っておいでのご様子。
 すごい!

 ところで良いブログを見つけました。
 「わたしのブログ」http://plaza.rakuten.co.jp/greenyfroggy/diary/

 自分の足元を検証し、自分の頭で考え、自分の言葉で愛護を考えるところが、稀少と感じられるほど良いです。
 自分で考える人が増えれば愛誤なんかなくなるんですけどね・・・

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