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2010年10月10日 (日)

2010-10-9編 無規制繁殖を放置して「ノーキル」は本末転倒

金木犀の香りに心和むこの頃ですね

ここのところ相談を受けて係ったトラブル処理で忙しくしてブログも更新が滞っておりました

動物に関わる人々の動物福祉に基づく考えが知識に基づくものではなく自己満足的であること

「勉強など必要はない 経験さえあれば動物福祉は十分です」と言い切る人による「あいご活動」がもたらす混乱はボランティアビジネスに悪用され 本来維持すべき活動の高邁な理念から外れて「ノーキル」提唱者にかく乱されていくさまをみると傷ましく感じました  

何事も誠実さに欠けることが問題をこじらせるように感じます

問題が発生した場合に意見が相違する両者からの聞き取りをしないままに 偏向した情報に基づき黒白を決め付けることは大きな禍根を残すことになるのだと改めて感じました

少なくとも複数の人を束ねる立場のお方が 先入観をもって事の善し悪しを決めようとされるのは

その束ねる人に対しても そのグループに対しても信頼を失墜する元になります

昨今の検察問題でも明らかなように 犯人を決めてから捜査をする側の意向に沿って犯罪を捏造されてゆくかのような運びが恐ろしく感じるのです

事実に基づかない「うわさ」がいつかは「事実」に転じられ犯罪を捏造されても 服すことができる実力のある人はざらにはいないでしょう

西宮冷蔵の問題にも表されたように「正しい」ことも団体や企業 政治家等の力の強い者に捻じ曲げられては後に「正しい」と評価された場合にもその損失は取り返せないほどに大きなものとなります

ましてや力の弱い立場では多くは諦めることになります

従来から多くの人が泣き寝入りをさせられたのであろうと思います

大きくは国のレベルから 小さくは個人的レベルのことも 基本的には[「誠実」に「真実」を語り「親切」であれ-S,Ma]を怠ることに起因するものと感じます

日本人はモラル崩壊の状況にあるのではないかと心配します

時代は「ノーキル」「殺処分ゼロ」に陶酔しているように感じます

行政機関の多くが猫の引取りをしなくなり数字的には「殺処分」頭数の減数として現れていますが 実態は浮浪猫問題を深刻にしているように感じます

動物に優しくできても人に優しくできない人が「地域猫」と叫んでも社会全体としての猫に対する被害意識は少なくならないでしょう

劣悪な繁殖を放置して「ノーキル」は本末転倒 

体裁に踊る政治家と それに乗る有名人たち ボランティアビジネス的あいご活動家たち

「ノーキル」なんてダメよと言われる知識層の方々の声は小さく 陰では叫ばれていますがやはり叩かれ役は避けておられるのではないかと勘繰りたくなります

ネット情報を無視されていることが多く それなりにそのお考えが解らないことはありませんが 一般的に思想の導入口としてのネット情報はおろそかにはできないところにあります

検索から得た「知識」が「ノーキル」礼賛であれば普通には賛同されて当たり前でしょう

初めての訪問者にはこのブログを文字だけではなく 優しい絵も必要なのかなと感じることもあります

しかし 何事にも他の既成の価値観を再考してみたい考え方ですから 当分は文字だけの訴えで続けてみます

現状での繁殖規制がないままの「殺処分ゼロ」「ノーキル」は動物福祉には適さないスローガンであることが理解できない人々は 念仏のように「熊本方式」と唱えます

如何に自分本位の動物あいご[自己愛型動物愛護-S,Ma]であるかと言うことを一般社会の方々に知って頂くために どのように悪評にあったとしても S,Maは信念として

[安楽死処置は動物福祉からは切り離せないものです-,Ma]

と提唱し続けるつもりです

所属団体に迷惑を及ぼすのであれば 組織を離れて一個人となってでも言い続ける覚悟です

意地ではなく素直に考えると答えは

[安楽死処置は動物福祉からは切り離せないものです-,Ma]

とならざるを得ないのです

RSPCA(英国王立動物虐待防止協会)が「安楽死処置」(安楽殺処置)をゼロにされないのは

必要と認められるからでしょう

「安楽死処置」(安楽殺処置)を否定することで 苦境から救うことをあきらめざるを得なくなる

事をご存じだからではないですか

にも拘らず「ノーキル議員団」とか法的に「殺処分禁止法」とか言われていますが あまりにも実情を知らないか知りつつ優しい振りに迎合しているか 良心を問いたくなります

議員としてしていただくことは 「殺処分禁止法」ではなく 第一に「不適切繁殖禁止法」の制定です 

業者擁護は動物福祉とは相いれない状況にあり 

現状で為すべきことは「動物愛護」から「動物福祉」への発想の転換です

動物に関わる全ての縁を切りたいとも思うことがありますが励ましてくださる方々に支えられて思い直しています

ライフワークとして 究極の飼主責任は共生動物の死を見届けること 「安楽死処置」(安楽殺処置)も含めて 譲渡をした場合にも基本的には係った動物の死の知らせを受け取れる状況を維持することを覚悟していただきたいのです 

飼主が個々の動物の死を見届けることが義務付けられたとき 行政機関での「殺処分ゼロ」に近づくことはできるでしょう

多くの動物の飼主は死を見届けたくないから他に動物を委ねて 自らは「ノーキル」に準じたと思いたいのでしょう

そのような状況を背景にして 引取り業者に準じたあいご団体もどきが ボランティアビジネスと称しつつ ボランティアかビジネスかあいまいにしたまま募金と言う都合のよい無税の収入源にほくそ笑んでいる輩が増えているように感じます 文責S,Ma

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コメント

>このコメントは公開していただきたくないのですが

初めまして。星野と申します。
こちらのブログの管理人(松田様)は、私より20歳も年上の方です。
わざと公開したのではないことは、管理人様の人間性からも解ります。
余計なお世話でしょうが、松田早苗応援団の一人としてコメントさせて頂きました。

星野さん コメントありがとうございました
【わざと公開したのではないことは、管理人様の人間性からも解ります。】
恐縮です

この方は設定を間違われたであろうと思います
私の意志で公開と設定したものではなく このコメント欄に書き込むと自然の流れで公開されてしまいますので ご当人のご意志に従い 気が付いて削除しておきました
別途に投稿者様にはご返事いたします
ご厚意ありがとうございました

>[安楽死処置は動物福祉からは切り離せないものです-S,Ma]

>議員としてしていただくことは 「殺処分禁止法」ではなく 第一に「不適切繁殖禁止法」の制定です 


これに加え、「健康体の安楽死処置の必要性を重々理解しつつも、迎合精神からノーキルを
叫ぶ議員がいます」 ですね。

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