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2010年8月

2010年8月30日 (月)

大阪でのイベントのご案内です。

http://wwwhapp.blog45.fc2.com/ から転載

イベントのお知らせ
大阪でのイベントのご案内です。

9月20日から9月26日は動物愛護週間です。
この機会に、動物愛護、動物福祉を考えてみませんか?
お近くにお住まいの皆さんは是非ご参加下さい!

日時:9月18日 13:00~(開場12:20~)
場所:クレオ大阪東 大ホールにて(JR環状線 京橋駅より徒歩約6分)
   (※ワンちゃんを連れての入場はできません)
入場料:1,000円(事前にお申込が必要です)
主催:株式会社ペピイ
共催:大阪ペピイ動物看護専門学校
   新日本カレンダー株式会社ペピイ事業部
後援:社団法人 日本動物福祉協会

詳しくは⇒こちら(※参加申込書付き)https://www.peppy.jp/files/PAWF2010.pdf

2010年8月23日 (月)

2010/08/20編 興味ある情報

訪問者の検索用語や ネット検索中に見つけました興味ある情報 アドレスです

主な処をあげてみました

価値観はいろいろですから「価値ある情報」なのか否かは個々の方がご判断ください

 S,Ma


2010/08/20緩話急題と読むか緩急話題と読むか 読売新聞吉村慎吾氏の署名記事がある

全文を読売新聞で検索したがこの署名記事は見つけられなかった

新聞切り抜きから拝読した


文中一部抜粋

[どうしたら見捨てられた犬や猫の命を救えるのだろう。熊本市の動物愛護センターが、無責任な飼主からの引取りを断固拒否し、成果を上げている。 中略 日本で珍しいシェルターと呼ぶ施設で保護に取り組んで20年になる。代表の英国人女性   ---中略---

上手く譲渡希望者が現れればよいが、概して老犬種は人気がなく、オリバーさんが自宅で世話をし,看取る。心情は一つ、「人間の身勝手で命を奪うことだけはいけない」。      ----中略---

熊本市動物愛護センターを訪れたこともあるオリバーさんは、「殺処分ゼロ」を目指す取り組みをたたえ、「光が差し込んだ」と喜んだ。「けれど、この問題の解決は結局、飼主次第なのです」 

その通りですね

オリバーさんもまた一人の飼主でもありますね

----中略---(S,Ma注- 児玉小枝氏の写真展にふれて) 

もし今,ペットを持て余している人がいたら見てほしい。彼らの運命を分ける責任がどんなものか、気付いてもらえるだろう。 ]


読売新聞吉村慎吾氏は実情をどの程度に実際にご自分の足で耳で目で心で掴まれたのであろうかと問いたくなった 

記者諸氏が全てを実情体験してくださいとまでは言わないが いいとこ取りの聞きかじりでは実情に乏しい「やさしい」が大好きな人々を感心させることはできても その道で艱難辛苦を耐えてきた人には「あーまたか 記者の気楽な記事でまたもや[自己愛型動物愛護-S,Ma]が増えると「心もとない」思いになる

(S,Ma注-広辞苑「心もとない」 気持ばかり先行してどうにも制御できないというのが原義 )」

[どうしたら見捨てられた犬や猫の命を救えるのだろう。熊本市の動物愛護センターが、無責任な飼主からの引取りを断固拒否し、成果を上げている]

2010/08/20付けの記事であるからには 吉村慎吾氏は熊本市動物愛護センターその後の「8カ月ぶり犬を殺処分」についての顛末はご存じであろう

http://s-ma.cocolog-nifty.com/   掲載済原稿から抜粋

それにしても 収容許容頭数[50~60匹程度が限界]とされているところへ [今月11日には過去最高の82匹まで増えた。] とは動物に対する思いやりどころか 単なる不適切多頭数飼育者に他ならない


http://kumanichi.com/news/local/main/20100525008.shtml から検索

8カ月ぶり犬を殺処分 熊本市動物愛護センター 20100525
 犬猫の殺処分回避で全国的に注目されている熊本市動物愛護センター(同市小山)は25日、犬3匹を殺処分したことを明らかにした。26日も犬3匹の処分を決めている。犬の殺処分は約8カ月ぶりで本年度は初めて。昨年度は1匹だったが収容数が限界を超えていたこともあり、「苦渋の決断」(同センター)を余儀なくされた。

昨年9月以来となる殺処分の理由について、同センターは「限られた空間に犬の数が多すぎるため、感染症が一気に広がる恐れがあるほか、けんかで死亡するケースも心配され、譲渡される犬まで死んでしまいかねない」と説明する。
(S,Ma注- 強調下線はS,Ma加筆)

「正直と言えばあっ晴れではあるが」市民啓発を主務とされるお立場のお方のご発言としては信じがたい発言であり 動物福祉の基礎知識を蔑にされているかを証明されています

いかに[自己愛型動物愛護-S,Ma] に流されているか 世評に押されて (吉村慎吾氏あなたもこうして不適切飼育管理の助長に走らせる押し手のお1人と言うべきでしょう) 適正飼育管理に戻せないのか その誤った意地と信念の深さには恐れさえ感じます

施設状況以外でも 行政機関での低劣な管理がいまだにある中で 熊本市では日常の手入れをされ 散歩をされ いたわるお心は私にも感じられますが 行政機関職員として市民に指導をされるお立場である皆さんは適正保管管理 適正譲渡の手本となられなければ動物福祉の向上には貢献ではなく 妨害となりかねないのです

今なぜ「殺処分ゼロ」「ノーキル」が肯定できないかと言えば 法的根拠がないままに不適切繁殖が職業としても個人としても放置されているからです

真剣に動物福祉の向上を目途とされるなら「ノーキル」「殺処分ゼロ」を唱える時期ではないことを自覚してください

行政機関としての自らの姿勢に繁殖制限は基本であることを肝に銘じてください


2010-8-15in『処分数激減の偽装愛護事業』電話録音 

http://www2.tky.3web.ne.jp/~meme/

巧妙なトリック!熊本市動物愛護センターで『処分数激減の偽装愛護事業』が
熊本市長のもとで
行われています。


この担当者お1人のお答えが悪いのではなく 行政機関組織全体の基本姿勢に歪みがあるからこうした批判を受けることにもなるのではありませんか?

この方にされては当然の日常の「Q&A」に過ぎないでしょう

TV報道にも臆することなく むしろ「賛辞に慣らされた」行政機関として 救護した子猫をセンターに届けられた市民に対して 躊躇なく遺棄を示唆された獣医師と同様であります

これらの行為は 「かわいそう」に溺れた自己愛型動物あいご活動家以外の 動物福祉についての知識のある方々の間では困った事例とされています

ならば発言していただけるかと言えば それぞれに利を求められることもあろうと推察しますし(人気を気にされる職業の方) その他肩書に拘束されておられて 「殺処分に同調している」等の誹謗中傷や 悪印象をねつ造される世評を気にかけられるからではありませんか?

私が発言できるのは 私利が全くなく 個人的な世評はすでにねつ造もされている状況ですから恐れるものはないので 今は私に課せられた宿命的役割であろうと思うからであります


2010/08/20緩話急題続き

[日本で珍しいシェルターと呼ぶ施設]

吉村慎吾氏はたしてシェルターワークについての基礎知識はおありであろうか? 

多頭数飼育の動物保管場所とシェルターは違う

無論シェルターもピンきりであることは動物福祉先進諸外国でも問題にされている

[概して老犬種は人気がなく、オリバーさんが自宅で世話をし,看取る。]

この程度のことは私とても数え切れない頭数を看取りましたよ

個人的に一時保管で多頭数飼育管理の経験もありました

全ては抱えきれませんので多くを「安楽死処置」(安楽殺処置)させたことも事実ですが 事実をかくして保管料を頂くことや 自ら救護活動費用を要求したことは一度もありません

依頼者が自発的にご協力として申し出て頂いた場合には受け取らせていただいていました

日本人の一個人の所業はメディア的にはネタにはならないでしようが 社会では他数の国民が実践しています

メディアの一部の方は今も精神的に白人至上主義の被占領国民ですかね? 

言いすぎたらごめんください 被占領国民の時代を生きてきました者ですから僻みですか?

補足しますと 老犬シェルター管理となれば 高度な施設 管理 人材 経費が必要となります かつてはアークの老犬保管について批判をされていたことがありましたね

吉村慎吾氏は実情を目視されて 記事とされていますでしょうか?

報道の影響の重さ 大きさはこんなおばさんに言われるまでもなく社会部次長のお立場では釈迦に説法でしょうか 失礼の段ご寛容に願います

現状で改善されていれば大変結構なことではありますが 原則 老犬を他人に委ねることの意義には疑問を持ちます

【人が辛さに耐える分動物の苦痛は救われるが 人が辛さから逃れたければ動物に苦痛を耐えさせることなります どちらもあなたが選択されることです-S,Ma

[もし今,ペットを持て余している人がいたら見てほしい。彼らの運命を分ける責任がどんなものか、気付いてもらえるだろう。 ](S,Ma注- 児玉小枝氏写真展示)

世の中さほどに善意の人ばかりではありませんね 

気付いていても生活に追われていては 動物のことにまでも配慮が及ばないのが「人間」  です

知らずでも 知りつつでも 動物の対応ができない人がいることが前提としていなければ

「殺処分ゼロ」 「ノーキル」は逃げ口上です

これらを言うことがどんなに動物を窮地に追いやることになるのかをメディアとして真剣に説いてください

 [手の届く最高峰が理想 それを超えるものは空想-S,Ma]

「殺処分ゼロ」 「ノーキル」と叫ぶほどに 引取りで蓄財を目論むボランティアビジネス業者はほくそ笑むことでしよう

文責S,Ma


2010-8-11編 興味あるAD

http://elsaenc.net/aquarium/kyotocity/forum/

「エルザ自然保護の会」

京都市水族館及びイルカ問題を話し合うフォーラム

リチャード・オバリー氏プロフィールはこちら

イルカを水族館で飼うことの問題点


http://www.vets.ne.jp/seminar/pc/6000.html

獣医師広報板

http://www4.ocn.ne.jp/~animals/へそ曲がり獣医 

1-7.動物慰霊祭(魂の存在を信じているのか)

http://news01.net/news/370/


RSPCA(英国王立動物虐待防止協会)

http://www.rspca.org.uk/home

Cruelty line  0300 1234 999



http://tdfn.typepad.jp/gnb/cat507212/

犬本屋【good nose bookstore


http://rogers.ti-da.net/e2451734.html


2010年8月17日 (火)

2010-8-16in柊柳瀬さんコメントありがとうございました

思いがけず2009//9/15[行政獣医師 安楽死処置]としてコメント返書UPをご覧いただいていたことにとてもうれしく思います

> だが、捨てる前に、その捨てられた動物がその後どうなるのかを、少しでも考えてもらいたい。

先日も繁殖者により多数の小型犬が遺棄されていたと報道されていました

多くの場合 常に都合により飼い始めて 都合により中断されますね

私の40年間の活動で巡り合った浮浪動物たちを観察した経験から 浮浪の身で幸せと感じたことは一度もありませんでした

劣悪悪徳飼主に囚われているよりは浮浪の方がまだましだと言えることはあっても 浮浪動物たちの末路がみじめで時には凄惨な最期であることが哀れでなりませんでした

餌付けをする人の「幸」感は解らないこともありません

空腹を満たしてやるひと時 夢中で食べる姿を見る限りは「こんなに喜んでくれて 私は好いことをしている」とお感じになるのでしょう 24時間中のほんの数十分間

その給餌のひと時の後に 虐待に合うか 事故に合うのか 餌付け人の知らないままに病気が進行していて即死ではなく時間をかけて 助けのないままに木が朽ちるように衰弱していく様は見ることはないでしようから

多くの餌付け人はそれが「自然死」であると言います

そうして死亡した死体の回収に私が呼ばれました

「よく触れますね」「慣れてはるんですね」と

ふざけるなと言いたいが 呼びつけられても死体を引取り 行政機関の獣屍炉でせめて遺体を火葬にしてやれることができれば例年の慰霊祭で弔ってやれます

私は歴然とした責任放棄による人為的間接的殺処分だと感じています

家族動物と同様に手を尽くして医療を施せば 屋内で安全を保障してやれば 少なくとも虐待からも 事故からも 病気からも護ってやれたはずです

ある司法関係者の妻で夜な夜な自家用車で餌付けめぐりをする人がいました(私の現役当時です 現状もそうらしいが確認はしていません)

一か所で40-50匹の集団と言っていました

深夜明かりが乏しく 猫が多すぎることと 他の餌付け場所へ急ぐためか安全確認をしないままに自ら運転した車で餌付け猫を轢いたそうです

深夜に動物病院を訪れて死亡を確認した後「死んでいたら診察費いりませんね」と言ったとのこと

この程度の感覚で「命の尊厳を冒す安楽死処置絶対反対!」と叫んでいました

それに同調する輩も少なからず 同じ穴の狢 

> 日本で殺処分数がゼロになることはあるのだろうか・・・

何時も引き合いに出すことですがRSPCA(英国王立動物虐待防止協会)の活動でさえも「殺処分ゼロ」ではありません

以前にも申しましたが動物福祉に徹すれば「殺処分ゼロ」はあり得ないことでしょう

年齢を経て動物福祉の啓発が届いたころ 人生も終盤です

新たな啓発を必要とする幼い 若い人々が飼主となろうとします

啓発は永遠に必要なのです

人が地球上で最も支配力を持つ限り 動物が共生動物として人に支配される限り 虐待も遺棄もなくならないでしょう

人としてしなければならないことを避けるのか 責務として慈悲の心で対処するのかの差であろうと思います S,Ma

2010年8月14日 (土)

2010-8-13編 動物慰霊祭に思うこと

拝啓 へそ先生さま

 

日頃獣医師広報板 先生のこのページに関心を持たせていただいています

動物愛護週間が間近ですので 時期的に各地で動物慰霊祭が予定されていると存じます

少し意見を述べさせていただこうと思います

勝手ながら先生の文書の一部抜粋ですので 皆様は詳しくは下記hpでご覧下さい

(S,Ma注- 黒文字へそ先生 緑文字,Ma)

http://www.vets.ne.jp/seminar/pc/6000.html

獣医師広報板

http://www4.ocn.ne.jp/~animals/

へそ曲がり獣医

1-7.動物慰霊祭(魂の存在を信じているのか)

しかし、本当に神の姿、形を見た人がいるのでしょうか。私は神とは真理のことだと思っています。とくに信仰はありませんが、真理の存在は信じています。真理には姿、形はないはずです。

ところで、動物慰霊祭というのは仏式ですよね。戦没者慰霊祭はキリスト教や神道にもありますが、動物慰霊祭は、どこでも、かならず仏教です。これ、信教の自由をうたっている憲法違反じゃないでしょうか。私企業の研究機関はともかくとして国立大学でも動物慰霊祭をやっています。もちろん無宗教でやりますからといって、お坊さんを呼ばずに献花だけというところもあります。なんといおうと動物慰霊祭というのは仏教の発想であって、キリスト教にも神道にもないものです。憲法違反だと反対した話もなく、たいがい神妙に参加しています。

輪廻の思想があるからこそ動物慰霊祭の意義があるのです。

私はこの御説に全面的には賛同できません

ただし 悪徳飼主を説得できなかった最後のせりふとして 動物に向かって

「お前さん(飼育されている動物)が今度生まれ変わってこの人(飼主)となり この人(飼主)はお前さんのその苦しみを体験してもらう立場となるだろうね でも気がついたときに改めることができると思うが その時には前生でのこの人(飼主)の罪を許してやって(同じく虐待をしないで)次の世に同じ輪廻をしないように祈ろうね」と飼主の顔は見ないで動物に話します

どのような話も通じないこのような人(飼主)には少し効き目があることもあります

輪廻については私の中では全く不明ですが 慰霊は動物の死に関わった者としての自分の心を慰めている一面があると感じています

どのような死であっても 動物の力が尽きたか 生存できる能力があるのに人為的に殺処分したのか 経済的に生を中断させることになったのか さまざまな例があるでしょうが

「安楽死処置」(安楽殺処置)も含めて「人為的に殺処分」を詫びる気持ちの表し方でもあり

人の側からはある種の救いであろうと感じています

近年は先生も御承知とは存じますが 無宗教での慰霊祭が多くなっているように思います

献花と黙とうで終わる それでよいと思います

動物に魂があるのか 人だけが死して天国 浄土に行くのか解りませんし 宗教を信じるか否かのように自由に発想してよいと思うのです

このところ怖さを感じることの一つに宗教が政治に介入されるのではないかと言う(控えめに表現せざるを得ないので)不気味さを感じています

洗脳に弱い動物である人間は偉いのか 強いのか 全く正反対に偉くないか 弱いか 教えを受けると真面目一途に信じます

私は信じないと言う自己暗示がかかっているのでしょうか?

宗教の多派閥分岐にも 蓄財にも大いなる疑問を持ち 後世のお偉い人が新興宗教の教祖様になられるならば 一人信者の教祖であって佳いと思っています

一人信者では蓄財はできませんが 悩み多きお方の心を救うにはある程度の経済力も必要だとは思いますが 既存の団体には時には必要以上の蓄財と感じることがあります

宗教は自己の信じる教えが最高でなければ意義がなく 他を認めては成り立たないでしよう 

宗教は人を救う半面 最大の争いの因となっています

古今東西 あらゆる宗教が正義と称して 聖戦を凄惨に置き換えられても貫かれるところに恐怖を感じます

布教もまたしかり 他宗教の拡大を制御すべき小さな「聖戦」のように見えます

[しかし、本当に神の姿、形を見た人がいるのでしょうか。私は神とは真理のことだと思っています。とくに信仰はありませんが、真理の存在は信じています。真理には姿、形はないはずです。]

このお考えに賛同いたします

人間の脳はイメージを作る天才だそうでね

信心深い方なら寛大でしょうが 浅い信心のお方には叱られそうですが 神の姿も人の脳の中で形として認めることが信心となるのではないかと感じています

 

[真実は唯一ですが正義は人の数だけあります-S,Ma

余談ですが 真実と真理は別でしょうが 真理も解釈により変わるように思います

「真実」とされるものの中には 意識的に利害を計算して「らしく」見せる 勝者の「こうあるべき」が「真実」とされて後世に伝えることはあっても 本来「真実」は唯一無二 であると思います 

「真理」は信じることが異なれば変化もあると感じます

宗派毎に真理は異なるのではないでしょうか?

私は 人知を超える理解不能な現象 現実に直面するとき 説明がこみ入るので総称的に「神」と表現しています

動物の死に関わるときには「神様(命が発生した元 自然)のもとへお帰り 人間の罪を許してください」と申します 

宗教としての対象ではなく 私の能力では理解ができないことは「神業」として通過します

納骨のない 象徴としての慰霊碑に心を込めて黙とうできるのは 私の中では慰霊碑にと言うよりも自分の心にある畏敬の念を表す場として慰霊祭に臨みます

名もなく愛されることも乏しかったであろう動物たちと 愛されて飼主を「ペットロス」に悩ます動物たち いずれも私は「動物」として自然に帰してやりたいと思うのです

歴代の身近にいた動物たちの抜け落ちた犬歯や土に返した彼らの骨の一部が思い出を語ってくれることもありますが 火葬をしたお骨を引取ったことはありません

私の死後は誰も気に留めずゴミとされるかもしれませんし 私だけの価値あるものだと思うので敢えて引取らないのです

自分自身の死後も葬儀も墓碑も不要 散骨を希望しています

かつて「ヒトと動物の関係学会」でご高名な先生お二人が「動物は哲学を持っている」と言われたと記憶しています

とても同意できないことでしたが 私には確かめようもないことです

 

[意見は違って当たり前 他人の意見の尊重も忘れずに-,Ma]

と言うところでしょうか

へそ先生はどのようにお感じになられますか?

,Ma blog: http:  http://s-ma.cocolog-nifty.com/

2010年8月12日 (木)

楢ママさんコメントありがとうございました

私もとうとう古い人間の分類に入れられるようになったなーと感じます

節約とケチは分けているつもりですが 若い人から見てそんなにしなくてもと思われることはいたしかたないでしょうね

今はモノがあふれていますが何時か資源が少なくなる時期がくるように思います

その時が来ればいやでも節約することになるでしょう

先日恐竜の進化と絶滅のお話をTVでしていました

「パンファギア」とはラテン語で「何でも食べる」と言う意味だそうですが 雑食ですね

その「パンファギア」恐竜が巨大恐竜へと進化して やがて哺乳類に進化していくらしいのですが 6550万年昔に地球に衝突した巨大隕石の影響でほとんどの生物が死滅し その時に巨大恐竜も絶滅したそうです

私たちの祖先が恐竜だったと思うと変な気持ですが 自然の摂理は計りしれず 生きている時代を誠実に送ることだと感じます

人社会で現状にあくせくするのは愚かしいのかもしれませんが 生物も無生物も心を込めて身近にあるものを大切にすることは生涯続けたいですね

人様も自分も大切にする努力は「幸」を感じるために欠かせないことですね S,Ma

2010年8月11日 (水)

2010-8-6編 7月つぶやき

Sent: Wednesday, July 07, 2010 2:00 PM

Subject: 凡てにおける「相棒」 夫婦 家族 仕事 友人 動物 もの(生物 無生物) 良い巡り合いが「幸」「不幸」を分けるように感じます それらに巡り合って大切にできること

Sent: Wednesday, July 07, 2010 2:02 PM

Subject: 良い巡り合いが長く続きますように 

Sent: Wednesday, July 07, 2010 2:06 PM

Subject: =自分のものにしたくなる  愛=自分のものを差し上げたくなる

Sent: Friday, July 09, 2010 12:31 AM

Subject: クリーニングネットが古くなったら幅8cm長さ15cmくらいの長方形に4-5枚重ねに畳んでジグザグミシンを丁寧に掛けるととてもよいスポンジ代用になりますよ

Sent: Friday, July 09, 2010 12:48 AM

Subject: ネコ問題が多い 餌付けだけで「地域ねこ」と称して責任逃れをする人が後を絶たない 周囲の人も迷惑で気の毒だが 餌付けされていても嫌われて愛されないネコは哀れ

Sent: Sunday, July 11, 2010 1:10 AM

Subject: 棄権はしたくないですね 白紙を入れても投票は義務ですよ 棄権は権利の放棄=義務怠慢 投票率10%くらいになったら国は崩壊しませんか?悪徳政治屋が闊歩しますよ

Sent: Sunday, July 11, 2010 1:17 AM

Subject: あの人知ってると記憶にある名前を書くことを期待されるからいわゆる有名人が候補者として推薦されることになっているように思います 参議院のあり方を問い直したいですね

Sent: Sunday, July 11, 2010 1:25 AM

Subject: 参議院は政党所属してはならないとして 全体の半数がボランティア 半数が有給議員ではどうですか? 資産の上限を設けて極端な資産家は有給議員になれない

Sent: Monday, July 12, 2010 12:42 AM

Subject: 改正案の方向が「殺処分ゼロ」「ノーキル」を目途に掲げる人々に雪崩れているように感じますが繁殖規制がなければ「ノーキル」は動物を苦しめて生かすことになると心配です

Sent: Monday, July 12, 2010 12:49 AM

Subject: 現状の過繁殖状況で動物を殺さないことが動物を「幸」に生かすことができることではなく捨てる虐待飼育を続けることにつながります きれいな言葉に誤魔化されないで頂きたい

Sent: Tuesday, July 13, 2010 1:18 AM

Subject: センサーライトがつく 今夜も猫様のご来訪だ 新車のうちから爪痕いっぱい 泥足でフロントガラスに足跡べたべた 動物には寛大のはずの我ながら 気持ち良くない

Sent: Tuesday, July 13, 2010 1:22 AM

Subject: 飼主さん 飼い猫室内飼いが基本ですぞ 怒れない立場だから黙っているが 嫌いな人なら虐待されるもとになりますぞ ネコを守る基本ですぞ 忘れないで「室内飼育」

Sent: Tuesday, July 13, 2010 1:26 AM

Subject: 犬の散歩 小型犬だからリードなしのフリーでもよいってことはない 大小にかかわらず犬 リードは命綱 へその緒ですよ 規則はもとより動物の命を守れるのは飼主だけです

Sent: Saturday, July 17, 2010 12:47 AM

Subject: 濁流に流される鹿 人なら助けようとされたでしょう 人命を賭してとも言えないが外国なら救護活動を試みられたのかなと 人も動物も生きる国社会に命運を託さざるを得ない

Sent: Saturday, July 17, 2010 12:51 AM

Subject: 個人の将来を託す国家だから選挙は大切ですが 選ばれる人の自覚がどれだけおありか問いたい 名古屋市長の河村さんの政治家としての姿勢には尊敬します

Sent: Sunday, July 18, 2010 12:59 AM

Subject: 今日はいいことがありました 若い方々との話し合い 日本もまだ希望が持てます 良い巡り合いは良い仕事につながります 感謝の気持ちで一杯です 心からありがとう 

Sent: Monday, July 19, 2010 1:33 AM

Subject: 一見まともそうだが 主体がどこの誰か不明なのに募金を公開サイトで要請することは法的には取り締まれないのか? 一口500円からという低額からの誘いは気味が悪い  

Sent: Tuesday, July 20, 2010 11:40 PM

Subject: 「あなたの御恩は一生忘れません」といった御仁は他人の囁きに人が変わって目が三角 こんな言葉は簡単にはつかってはならないですね 心も三角のようです御気の毒みたい

Sent: Thursday, July 22, 2010 11:02 PM

Subject: 思いやってくださり ありがとうございます いつもは慰め役が多いのでーーーー 

Sent: Thursday, July 22, 2010 11:05 PM

Subject: 今日は後輩たちと語り合う日でした みなさんしっかりとしてありがたいことです 何かに誰かに力を貸したいと思われる人々は多いのでしょうね 適切な場を見つけにくい?

Sent: Thursday, July 22, 2010 1:15 AM

Subject: 夜逃げをされたり 倒産 病気 家族離散と 切羽詰まった方々の動物のことで割りに沢山の方から感謝の御言葉を頂きましたが 依頼者側も受ける私も辛いこと沢山ありました

Sent: Sunday, July 25, 2010 11:58 PM

Subject: つぶやきはつぶやきで終わりかな 国を動かすほどの力にはならないか 一斉に同じことについてつぶやけばそれなりに政治家の目に留まるのか 無駄なのか こんなつぶやき?

Sent: Sunday, July 25, 2010 12:40 AM

Subject: 今日も暑かった 40年前に巡り合った犬を思い出し陶器のtaro を作りました 仕上がりは発色が今一とはいえ結構可愛い 自分の手形の皿に色付け 仕上げが楽しみ  

Sent: Tuesday, July 27, 2010 11:59 PM

Subject: ほんと 愚劣とも思える応酬に費やす時間 居眠り メール サボり等を時間給に換算して差し引いてほしいですね 普通の職場ですと時間給どころか仕事がなくなりますよね 

Sent: Tuesday, July 27, 2010 1:05 AM

Subject: 熊本市動物愛護センターが苦渋の選択肢で保管犬の殺処分をされましたね そのことを責める発言を聞くとのんきな人は羨ましい(むろん皮肉)自分さえ心安穏であれば良い? 

Sent: Tuesday, July 27, 2010 12:56 AM

Subject: まじめに国民に必要な法律をつくり 時代に沿わない法律は改正することが国会議員の役割ですね 役割を果たされているとは評価し難い 相互のあら捜しは議会の外で願います

Sent: Wednesday, July 28, 2010 11:30 PM

Subject: 久しぶりの雨で秋のようなひんやり感 暑さに弱っている動植物たちには天の恵み 散歩といえども犬は裸足 反射熱は直全身を襲う 飼主次第で運は決められる 責任重大です

Sent: Wednesday, July 28, 2010 11:34 PM

Subject: 暑さに喘ぐ外にいる動物たち せめて日陰を作ってやってくださいと飼主さんにお願いいたします 自分の子供さえも虐待で殺す両親がいる 何かが狂っている 第一に教育?

2010年8月 7日 (土)

2010-8-7編 8月に思うこと

紙再利用させていただいています ご寛容にお願いいたします

私は上記のように注釈し紙の再利用の徹底をしている

人さまからご覧になられると「そこまでしなくても」と言うところが普通であろうと思ってはいる

戦中 神戸の大空襲の数日前に運よく?疎開ができた

父の事務所で使用していたロゴ入りのタイプライター用紙が多量に疎開の荷物に入れられた

タイプライター用紙は半透明の紙で 果実の防虫用紙に適していたらしく 農家では紙の不足に困られていた時期 食料に換えられて私たち家族の命の糧となった

何故ロゴ入りのタイプライター用紙が多量にストックされていたのかはよく分からないが 父が紙不足を見越したのか たまたま需要があったのか 使う間もなく戦地へと行った

後にそれが食料に換えられるとは父にも想定外であったとは思う

戦後もしばらくは 紙は貴重品であった

学校での教科書も先生たちの手書きで わら半紙に謄写印刷がされていた

当時の先生方のご苦労は今とまた違う手間がかかっていた

軍服を着ておられる先生 下駄をはいて出勤される先生 私たちも母の和服を洋服に仕立て直したものが多く 靴も配給で容易には手に入らなかった

しかし どの先生方も品位を失わずきちんとされ 毅然とした姿勢を保たれていた

だらしなくうす汚いジャージーを目にすることはなかった

今のモノがあふれた時代の若い方には「うそ!」とでも言われそうだ

遠足に木綿針に糸を長く付けて持たされた

イナゴ採りをさせられて木綿糸にイナゴの連ができる

それがゆでられて給食に出される 貴重なタンパク源であったらしい

さすがに喉を超せなくて 口に入れたまま先生に見つからないように吐き出していたことを思い出す

虱は仲良しで 学校の席の前に座っている子の襟元を這っているのが見えることもあった

女子は日本手ぬぐいを持参しなさいと言われると虱退治だ

公害も人体への弊害もない 問答無用 言われるまま されるがままに 小指で鼻孔を 親指で耳を 中3指で目を覆う 息を止めてDDTを真っ白に浴びせられる

虱が逃げ出さないように日本手ぬぐいで頭を包み込む 

洋タオルは目の中に虱が潜り込むので日本手ぬぐいが使用されたようだ

襟をつかんで掃除機の逆噴射のごとくDDTを背中にも入れられた

今のPTAなら一大事だろう 

時代はそれぞれに その都度凌がなければならない難関があるのだ

そうして生き延びた私には「紙」のありがたさを忘れてはならないと思っている

裏が白紙だとA4サイズにカットして再利用する

封筒も裏返して再利用する

失礼と思われることもあることは承知だが ご寛容にと願って意志を通している

リサイクルに出せばよいからぼつぼつ打ち切りにしようかと思いつつも 裏白の紙を見ると申し訳ないようで再利用している

500円の郵便パックの硬紙のケースに包装紙とか 楽しい絵を貼って立派に書類ケースとして再利用もしている

開封するときから再利用を想定して丁寧に開封する

カレンダーも書類の仕分け袋として仕立て直し重宝している

できたケースを知人に差し上げてご利用いただいている

ご迷惑かも知れないが「ほー」と関心を寄せてくださるお方もおられる

8月は慰霊と反省なくしては過ごせない

遺骨もない父の墓参はしていない

本棚の写真に話しかけることが私の墓参に価する

動物たちにも多数の犠牲があった

唯々申し訳なく思う

人の慰霊祭は当然ながら動物への鎮魂も忘れたくない

NHK「封印された原爆報告書」はあまりにも冷淡な国家の姿勢が情けなくなる

国民への思いやりがない政治は誰のためなのか

政治家の政治家による政治家のための政治であってはならない

「政治家」を「官僚」と入れ替えても同じ

米軍基地への思いやりをされるほどに国民をも思いやって頂ければ国民の貧困は少しは救われるのではなかろうかと思う

8月忘れてはならない大切な時を無意味にしてはならないと思う S,Ma

2010年8月 2日 (月)

2010-8-1編 処分ゼロを掲げて S,Ma返信

本日以下のようなご質問をいただきました

1、処分ゼロを掲げて、

行政が引き取りを断った場合、業者が横行する可能性が高くなるということについてですが、

それは、遺棄が増えて、猫捕り、犬捕りが出没するということでしょうか。

それとも、終生飼育を掲げ、預かり料金を取って、劣悪飼育をするということでしょうか。


以下はS,Ma回答としての意見です 文責S,Ma

公に団体名を上げるには証拠を提示できませんから 控えますが既存の団体でも募金についての疑惑は多々もたれています

少なからずの団体や個人は有料引取りをし 相応に個人資産を築いていると言われています

募金箱と言う善意の魔法の箱や任意のご寄付は誰がいくら寄付をしたのか不明です

行政機関で断れば 必然的に業者としての引取りが増えるでしょう

殺処分を避けたいのは普通には「当然」のことでしょう

殺処分を直に見たくない 無料ないしは低料金での引取りをしてもらえなければ 悪意はなくても経済的に困っている人もおられますし遺棄で解決しようとするひともあるでしょう

行政機関での「殺処分ゼロ」はいつでも数字としては実現可能です

現に熊本が実施していました

受け取り拒否と 無差別譲渡(どのような問題行動のある動物も生かしてやる)でほぼ殺処分は避けられます

 

「ノーキル」が破たんをした途端に熊本を叩いた輩がいます

「殺処分をしたから許せない」と 

遅まきながらも正当に苦渋の選択をされたことへのいたわりがない

正道に立ち返ろうと第一歩を踏み出そうとされている熊本を非難すると言うことは 現状認識もなく 自分の心さえ平穏であればよいのでしょう

(少しは?ですが 多分現実的に迫られたからであり理念の転換ではないのかなとも見受けますが 動物福祉への目覚めであって頂きたいと願います)

保管管理状況の改善に迫る意見を書き込まれたものを見たことはありませんが 直接の対話では多くの人々が熊本方式に整合性がないと言われています

公的に否定できないのは非難されることを恐れる人々が大半であるのでしょう

「ノーキル」「殺処分ゼロ」と唱えていれば動物愛護の最高峰を言葉にしていると感じているか または ずるく打算的に肯定することで「優しさ」「正義」を表しているとして 何らかの自己利益に結び付けたい人々であるように感じられます

 

常に申していますように 動物あいご活動と自称する人々の大半は自己愛護の変形だと感じています

それらの人々には自覚があるかないかの差はあるようですが 「動物福祉」には無関心でいられるか 問題にしない方が楽な立場でいられるからだと推測しています

熊本市長の本年年等の挨拶にも(財)日本動物愛護協会からの「動物大賞」の受賞を誇らしく語っておられます

以下ご参考までにご覧ください


http://www.city.kumamoto.kumamoto.jp/content/web/shicho/kaiken_detail.asp?LS=58&ID=8100

それでは、新年度の記者会見をはじめさせていただきます。
 本日は新年度にあたりましての抱負を述べさせていただいた後に、1点発表させていただきます。

【市長発表:第2回「日本動物大賞」の受賞について】

 熊本市動物愛護センターとともに殺処分「ゼロ」を目指して、官民協働の取り組みで行ってまいりました「熊本市動物愛護推進協議会」が、財団法人日本動物愛護協会主催の「第2回日本動物大賞」におきまして、最優秀賞であります「日本動物大賞」を受賞いたしました。
 この賞は、「動物の愛護及び管理に関する法律」の趣旨に照らし、優れた動物愛護活動の実践者を選抜顕彰し、その活動を通して同法の普及啓発を図ろうとするものでありまして、全国の犬猫の殺処分数が年間30万頭を超えます中で、熊本市の殺処分数ゼロの取り組みというものが社会的に高く評価をされまして、人と動物との共生を目指す本市にとりまして、大変栄誉あることでありまして、本当にうれしく思っているところであります。
 官民協働の取り組みが日本動物大賞の表彰の対象につながりましたのは今回が初めてでありまして、この賞を励みに一層動物愛護の推進に取り組んでまいりたいと考えております。
 以上で私の方からの発表は終わらせていただきます。


頂いた「大賞」に沿うべく施設や保管管理の改善のために予算を付けるとは一言も触れておられません

この程度で褒めていただけるならありがたいことには違いないのかなと思います

(この件についてのS,Maの私見は僭越ながら率直に(財)日本動物愛護協会様に申し入れいたしました)

他でも熊本を褒めるのは 地方の行政機関が遅れを取り戻すために「モチベーションをあげてやるため」にと傲慢な言葉を聞いたこともあります

それならば率直に動物福祉に適った飼養管理をされることを薦めて差し上げる方が動物とそれらに関わる人への思いやりであります 

(熊本市動物管理センター松崎正吉所長さまには 寸時ではありましたが「CCクロ」ご訪問いただいた折に直接対面した際に申し上げました)

現状を是正すべき点を指摘しないままに称賛のみすることは 善いことをしていると錯覚をさせてしまう負の効果を是認するという 逆効果をあおることになります 

現状が物語っているように感じています

内輪からの改革を外部からの褒め殺しで阻害しているのではないかと お気の毒にさえ感じています

どう評価しても動物福祉に沿った保管がされているとは感じられません

長い期間ゆったりと心地よく横たわる場もないままに 人の「ノーキル」思想のために不安な生涯を強いられた挙句に「殺処分」とはあまりにも哀れです

褒めることと 不適切保管状況の現状改革を求めることを同時にすることは理性的に判断すれば当然のことであり 改革への期待を込めて そのお力を認めた敬意を表すものであります 表向き褒めて裏で侮蔑とは佳い人とは言い難いと思うのです

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