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2010年8月17日 (火)

2010-8-16in柊柳瀬さんコメントありがとうございました

思いがけず2009//9/15[行政獣医師 安楽死処置]としてコメント返書UPをご覧いただいていたことにとてもうれしく思います

> だが、捨てる前に、その捨てられた動物がその後どうなるのかを、少しでも考えてもらいたい。

先日も繁殖者により多数の小型犬が遺棄されていたと報道されていました

多くの場合 常に都合により飼い始めて 都合により中断されますね

私の40年間の活動で巡り合った浮浪動物たちを観察した経験から 浮浪の身で幸せと感じたことは一度もありませんでした

劣悪悪徳飼主に囚われているよりは浮浪の方がまだましだと言えることはあっても 浮浪動物たちの末路がみじめで時には凄惨な最期であることが哀れでなりませんでした

餌付けをする人の「幸」感は解らないこともありません

空腹を満たしてやるひと時 夢中で食べる姿を見る限りは「こんなに喜んでくれて 私は好いことをしている」とお感じになるのでしょう 24時間中のほんの数十分間

その給餌のひと時の後に 虐待に合うか 事故に合うのか 餌付け人の知らないままに病気が進行していて即死ではなく時間をかけて 助けのないままに木が朽ちるように衰弱していく様は見ることはないでしようから

多くの餌付け人はそれが「自然死」であると言います

そうして死亡した死体の回収に私が呼ばれました

「よく触れますね」「慣れてはるんですね」と

ふざけるなと言いたいが 呼びつけられても死体を引取り 行政機関の獣屍炉でせめて遺体を火葬にしてやれることができれば例年の慰霊祭で弔ってやれます

私は歴然とした責任放棄による人為的間接的殺処分だと感じています

家族動物と同様に手を尽くして医療を施せば 屋内で安全を保障してやれば 少なくとも虐待からも 事故からも 病気からも護ってやれたはずです

ある司法関係者の妻で夜な夜な自家用車で餌付けめぐりをする人がいました(私の現役当時です 現状もそうらしいが確認はしていません)

一か所で40-50匹の集団と言っていました

深夜明かりが乏しく 猫が多すぎることと 他の餌付け場所へ急ぐためか安全確認をしないままに自ら運転した車で餌付け猫を轢いたそうです

深夜に動物病院を訪れて死亡を確認した後「死んでいたら診察費いりませんね」と言ったとのこと

この程度の感覚で「命の尊厳を冒す安楽死処置絶対反対!」と叫んでいました

それに同調する輩も少なからず 同じ穴の狢 

> 日本で殺処分数がゼロになることはあるのだろうか・・・

何時も引き合いに出すことですがRSPCA(英国王立動物虐待防止協会)の活動でさえも「殺処分ゼロ」ではありません

以前にも申しましたが動物福祉に徹すれば「殺処分ゼロ」はあり得ないことでしょう

年齢を経て動物福祉の啓発が届いたころ 人生も終盤です

新たな啓発を必要とする幼い 若い人々が飼主となろうとします

啓発は永遠に必要なのです

人が地球上で最も支配力を持つ限り 動物が共生動物として人に支配される限り 虐待も遺棄もなくならないでしょう

人としてしなければならないことを避けるのか 責務として慈悲の心で対処するのかの差であろうと思います S,Ma

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