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2009年8月14日 (金)

使役動物に関する「あしき沈黙」

行政機関における譲渡犬の他団体譲渡について

行政機関保管動物の民間団体への譲渡が認められるようになり 良いことと良くないことの問題点が浮上しています

家庭動物として また 使役動物としての譲渡の場合にも 動物を託す個人 団体の「公平」な扱いということとともに「使役」の解釈の難しさは大いに問題があると思っています

あるボランティアさんからのご意見 問合を頂きました

S,Maの返書については 当事者に差し上げた時の文書から少し加筆編集をしていますが要旨はそのままです


> やはり適正の見極めは相当難しいと思っておりますし、訓練後不適合となった場合の
>
後のことを考えると、とても委ねる気にはなりません。

> 家庭犬として第二の人生を送ることで十分幸せになると思っています。

> 県に対しても市に対しても、阻止したい思っておりますが、私ではどうにもなり
>
ません。
>
ということで、S,Maさんにご報告させていただいた次第です。


このあるボランティアさんから頂いたお問合せに対するS,Maの私見です

誤解や多くの反論があろうこと 誹謗中傷の種になりかねないことも承知の上で私見を述べさせていただきます

この件に触れても公表しないことが得策なのでしょうが 「よくないことをよくない」と言わせて頂きたいし 「あしき沈黙」をしないために あえてみなさまにも問いかけをさせていただきたいと思いますので 不快に感じられるお方がおられましたらごめんください S,Ma


○○○○様
何時も何彼とお世話様になります
日ごろ動物福祉の向上のためのご活動にご尽力を頂き心から感謝いたします

補助犬についての私の考えは以前から変わらぬものですが 時代の要請に抵抗することはなかなか難しいことでもあります
補助犬 特に盲導犬と介助犬については現状では機械的な器具の発達もあり 従来の使役動物から機械 器具への転換も可能な時期が来ていると感じますので 賛同できません 

無論 条件により例外的には妥協することはできます


その中で「聴導犬」についてはかろうじて「反対」と言い切れなくなるのかなと感じています
社会はやはり対人福祉のためであれば動物のことは二の次と言うのが通常です
実験動物も含めて 全てに反対として反感を買うことよりも一歩譲ることも必要かなと思うことがあります

特に犬猫は 本来は無条件で人に愛されることのみで生涯をすごさせてやりたいのが本音です
「役に立つ」と言う言葉の意味を勘違いすると恐ろしいことになりかねないと思うのです
逆を言うと「役に立たないと生きている価値が無い」と 評価されることではないかと思うからですが 「補助犬」と言う言葉の意味は範囲が広すぎますし 「役に立たたせよう」とする人間に身勝手に解釈される余地が多すぎると思うのです

訓練者は犬が喜んで作業をするから良しとされますが 訓練中はそうであるかもしれませんが 実務についている犬たちを見るとき 多くの人々が哀れだと表しています

しかし 受益者に対する思いやりで「あしき沈黙」を守っておられると感じています


自然界では必ず相互作用により 直接ではなくても「役に立つ」ことが成り行きとしてあると思うのです
人が直接に利益を求めるような「役に立つ」は目立たないだけでは無いでしょうか
それでも人は目に見える「役に立つ」ことを求めます

各行政機関も補助犬育成には反対しきれないのではないかと感じています

特定の範囲の行政獣医師にも話したことがありますが どうしても社会的に断りきれなければ辛うじて「聴導犬」育成かなと申し上げました
理由は「聴導犬」の使役の範囲が重労働ではないこと 辛そうにしている状況を保管者は目視して感じられると思うからですが それも「使用」する人の基本的な知識と愛情に掛かってはいます

私は本来は同種の動物 即ち 犬は犬 人は人が助け合うことが基本であればよいなと思います
しかし 犬や猫 動物が人の心を助けてくれることもあり 人が動物を保護し救護することもあります
私の考えでは 自然界にまで手出しをした「人」の責務として 人が動物を助けることはある種の義務だと思いますが 動物が人を助けなければならない義務は無いと思うのです


動物は可能な限り本来の生き方をして欲しいのですが それも通用しにくい現代です
犠牲を少なくして? 人々にある種の得心を得ようとすれば 犠牲になる動物を作ってしまうのも「人」だと思うのです
特に行政機関では 一般的に「社会の」「人の」ために「役に立つ」ことを否定することは 困難なことだと思うのです

何らかの人に「役に立つ」動物を育成することに協力をすることを受け入れなければならないような訴え方をされるのではないかと思います
「障害者への思いやりが無い」等の文言を活用されて対外的に広報されると 行政機関としては辛いところであろうかと思います

補助動物の育成に携わる人の中には「人権」の問題であって「動物福祉」は関係ないかのような発言をされていることも聞きます
人の役に立っている状況をつくることから動物の価値観を上げるのだと言われることはよく聞く話しです

介助犬デモのときにも ごみを口でくわえて くずかごに入れる「訓練」が取り入れられていましたので 抗議をしたことがあります
盲導犬育成団体の見学者に対して 「他人のハンドバッグに触ることはしないように犬も同じく勝手に触るな」と説明されていて がっかりしました
大切な「もの」に触れるなでは無いでしょうといいました

他の全ての補助動物は否定して「聴導犬」のみに限定して 適正に外れた場合には必ず元の行政機関に返還してもらうことを条件にしてでも 受け入れることはやむをえないのかもしれません

社会から期待されるあまりに貢献を重んじて 過信からか不適正な使役犬を社会に送り出し事故があったこともあると聞きます

『動物が命あるものである』『人と動物の共生に配慮』と謳われた『動物の愛護及び管理に関する法律』の精神をもう一度問い直したいと思います

緊急災害時の対人救護活動にいわゆるレスキュードッグを看板に募金をしている団体があります

各地方自治体が災害対策として協力契約をされていますが 自治体の長は 募金 寄付金の適正運用をされていると自信を持っていいきれるのでしょうか?

募金箱の設置箇所数と 街頭募金の回数状況から推察して莫大な収入があるように感じますが 推定では遺憾ながらごまめの歯軋りに終わっています

正面から糾弾をされておられる方々もおられますが 社会全体が疑問を持つに至らなければ [やさしさにあふれた行為]として評価を得て支持されてしまいます

良くも悪くも他人の言うままに鵜呑みをしていては真実は闇の中に消されます

よいと感じたときにも金銭が絡む場合は可能な限り適正であるかを検証する姿勢が大切だと感じます

悪いと感じたときにも 理由が何かを自ら答えられるような社会人でありたいと思います

誰かが『よいというから』『悪いというから』では時流に流され安く 自己責任の回避となりやすいのではないでしょうか?

共生動物は 堂々と「無条件で人に愛されることのみで生涯をすごさせてやりたい」

全ての野生動物は「自然界での生涯を全うさせてやりたい」から 人のお役立ちのための動物としては認められませんと言い切れると良いですね


私は批判に抵抗できる信念がありますから 試みに使役動物としての譲渡を断ることをしてみたいと思いますが 今は一線を退いた立場ですので これからの社会を構成される方々のご意見次第と感じています
一線を退いた立場だからこのような主張ができると言うことも言えそうですね


ご返事としてはご不満かもしれませんが 第一線でディフェンダーを努めることもできませんのでご勘弁ください 
ブログにでも主張をさせていただきます S,Ma


「ブログにでも主張をさせていただきます」

と申しましたが今日まで掲載をためらっていたことも事実です

困っておられる方や 障害者の皆様に対して 遭遇したその時々にできること 日常のその場でできることは国内でも国外旅先でもしてきたつもりですので 決して見過ごしたりどうあろうとも無関心ということではありません

言い訳と受け取られることも承知でそのことを申し添えさせていただきます

ある高名な獣医師は犬を「もの」と表現されたことがあります
私はその獣医師の動物病院の看板を「器物修理院」にされますかと反論をしたことがありました

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