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2007年12月 1日 (土)

官民協働動物譲渡事業

官民協働動物譲渡事業

多くの方々からいろいろな相談を受けることがあります

ボランティア活動 飼い主さんへの対応 行政との関わり もろもろです

ボランティア活動とエネルギーの使い方は体得しなければ継続困難となりがちです

このブログをごらん下さる方の中にも力みすぎておられるお方はおられませんか?

体力も与えられた能力の内です

ほとんどの場合 健康も病気も与えられるものであると感じています

ここでも宿命的なものを感じます

能力とは鍛えると増進するようですが 増進させることを知ることもまた能力のうちだと思うのです


私に天文学をやれといわれてもできないことです
その能力をいただいていませんから
しかし 高名な天文学者でも 私以上に動物福祉の活動がおできになれるのかは不明です
すべては与えられた能力+努力+宿命ですが 長い活動暦のうちに 知識取得の努力をしないでも 全てに精通したかのような錯覚を抱き 自信過剰になられることもあるお方もおられるようです

「そんなこと言われなくても解かっています」と聞くことがありますが 時代は常に変化していますから 新たな発見もたくさんあり 知識の更新が必要なことを私は感じさせられています

私は 可能な限りシンポジュウム等に参加していますが 多頭数飼育の動物の世話や 猫の餌付けのためにそのような「暇」は無いといわれる言葉を聞くこともあり 心情は図れるものの残念に思います

不適切多頭数飼育やむやみな餌付けをしないようにするためには 一般の社会で期待されていることや 動物行動学に基づく判断力を身につける努力が大切であることに気付いていただきたいのです

しかし それは至難のことのようです

「動物の活動」に関わっていること 即ち反社会的行為のような考えをもたれていることもあることを知ったとき「そうか」と考えさせられます

細ーく 長ーく を基本に 

社会活動は短期決戦は自滅の元になりかねません

行政との折衝も協働も 忍耐と寛容 知識と気魄 言うべき時に言うべきことを理論的に述べて 寛容にならざるを得ないことは忍耐することです 

時期を見ることは大切です

行政機関と民間団体は慣れあいではいけませんが敵同士でもいけないのです

飼い主さんや相談者に対しても同様に どのような交渉も「むやみに怒る」ことは不利益をもたらすことが多く 交渉の中断を余儀なくされることが多くなります

ネグレクト(neglect無視すること=不適切飼育)の指導にも原点となることです

怒って明日から会えなくなることは交渉の決裂です

短い文書の中で詳細は書ききれませんが「No」と言わないのがネゴシエーター(negotiator交渉担当者)の基本と聞いています

個人でも行政機関の担当者であっても 知識がなく意欲がない相手に「こうあるべき」と理論を述べても理解されなければ待つしかないのです
なぜだ!! と思いつつ 長い間にようやくそのことを学びました

長い活動を共にしていて 良き協働関係にあったボランティア同士の場合であっても 年月と 社会的背景の移り変わりとか 個人的な生活状況や内面の推移により考え方に変化が起こることもあります

「昨日の敵は今日の友」でもあり 今日までは同じ理想であったと(思い込んでいたと)しても 明日も同じ思いでいられるかは不明です

ある状況で突然大きな考え方の違いに気付き驚かされることもあります

私は最近そのような経験をいたしました

正義か不正義かは個人的見解があり決しがたいことではあります

「正しい」ことの判断は個人の意志か 組織内では自由思想に基付き多数決に頼らざるを得ません

感情におぼれるのではなく個人の考えを優先するか 組織の結束を優先するのかにもより結果は違ってくるでしょう

私が個人的に対立したことは動物の譲渡基準(シェルターワーク)についての論争でした

私は【一匹でも多く適性譲渡で救いたい-S,Ma】と主張したのですが 対する人は 咬傷事故履歴のある犬であっても譲渡するべきであるとの意見でした

感情におぼれるのではなく シェルターワークの知識を会得された方々であれば官民を問わず「動物の譲渡基準」は大切であると承知されています

しかし 世界でも感情が優先され危険な動物の譲渡にも抑制がかからない譲渡事例が多く問題を提起しています

最近は行政機関内であってもこのような傾向のお考えがあると聞きます

【一匹でも多く適性譲渡で救いたい-S,Ma

譲渡の実績は頭数ではなく質でなければならないと確信しています

特に現状の活動の基盤が 官民協働であり 予測可能な事故の防止は活動の維持には大切な用件です

損害賠償の意識も民間での「好意」に基づく譲渡から発生する事例とは異なりより厳しい判断が予測できます

譲渡後に重大事故が発生した場合には「咬傷事故履歴」の有無は司法の場でも大きく作用すると考えられます

適性譲渡を支持してくださる方々に支えられて現在は官民相互の基準を持って一匹でも多く適性譲渡で救うことに努めています

全国に先駆けて実施されているこの官民協働動物譲渡事業が他に広められるためにも 更なる引き締めが必要だと感じています 2007/12/01 S,Ma 

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コメント

譲渡に関しては、このブログの考えと全く同じで読ませていただいて安心いたしました。
譲渡の際に、適正飼養と不妊去勢の啓発をしっかりと行うことが、将来の処分減少につながることと思います。
譲渡を絶対に優先として、命の尊厳を御旗にするのは、かっこいいのですが隠された動物の不幸に気づくことも重要です。
飼い主がかったは見たものの思うようにならない動物であれば、その果てはどうなるのかの想像も(命の尊厳)ではないでしょうか。
動物福祉活動の一端としての譲渡は必要ですが、譲渡の条件は適正飼養の出来る人が飼える動物を手に入れることだと考えます。

行き場のないかわいそうな動物が貰われた時の喜びと達成感はよく分かりますが、動物と人の最終までの幸せを考え、その幸せか多くの人と動物に続いたいくために、譲渡事業は慎重に適正使用者を育てていく目標で実施指定個々とこそ、有意義だと思います。

三浦様
ご意見ありがとうございました

動物を好ましくないとお感じになられる方々にも 受け入れていただけるような共生でなければ 動物好きのエゴになりかねません

犬や猫を愛することの幸福感が 周囲の人々にも同様に幸福感として広まることの大切さが認識されたいものですね
動物の問題で社会に恐怖や嫌悪感をを与えたりすることがあるのは それらの動物にかかわる人の責任だと思います
特に犬猫等の飼育動物は人によって そのほとんどが人工繁殖をされ 人が管理をしていることが彼らの宿命であります
生存を左右するのも人であれば「幸」「不幸」にも責任を感じなければならないと思います
携わる人々が理性的であることを重んじて 人に愛されることが 彼らの社会的地位の確保につながることを広めたいですね S,Ma

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