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2007年12月

2007年12月15日 (土)

人生を変えた犬  動物とのかかわりの経緯

動物福祉への関わりの過程

1970年より動物救護ボランティア活動を開始

当初約10年間は個人的な動物救護活動が主であり 個人の範囲で譲渡を行なってきましたが たちまちのうちに多頭数飼育を余儀なくされて 犬猫を連れて神戸市郊外の田園地区で150坪の土地に

ミニシェルターを設けました 

16年間維持した後 60歳を契機に 高齢による判断力と体力の低下によって不完全管理となり  単なるホーダー(不適切多頭数飼育)となることを懸念し ミニシェルターを閉鎖しました 

震災後に市街地に転居 自分自身にも自覚をさせて 他からの観測でも動物の受け入れができない環境にあることを示すためにあえて庭の殆どないところを選びました

高齢だった5匹の犬たちを連れて転居しましたが その後順次天寿を全うし自然に帰りました

現状は最高齢の16年の犬と 転居後早々にやむを得ず引取りをし(当時は子犬だった)12年になる犬と 余命6ヶ月と言われて最期を看取るつもりで引き取ったものの 元気になり我が家に来て2年 生存しているチビクロ(引き取り当時に推定10歳かと思われていた)3匹がいます

動物についての知識は皆無の状況で始めた活動だったのですが 関心が増えるほどに 動物福祉に関する知識の取得に努めました 

約30-40年前の活動初期の当時の社会はいたるところで捨て犬猫がいました

道端のダンボール箱は必ず開けてみることがフィールドワーカーの慣わしでしたし その殆どに子犬子猫の生体や死体が入れられていました

郊外地区から神戸市内に出るまでの短い峠は開発前で 夜間には狐や狸 ウサギも見かける状況でしたから 格好の捨て場所となっていて 往復に遺棄動物の救護活動をすることも日常のことでした

その後団体にも関わりフィールドワーカーとして常に実践的な行動と安楽死処置の必要性を説く理論啓発に携わってきました

ミニシェルターの自宅にも夜間に無断で置き去りにされていたり 近畿一円を越えて遠方からも多くの方々が頼ってこられました 

無論 譲渡もしていましたが 犬30匹と猫20匹程度を収容限度にしていましたので 多数の動物たちの収容場所の限界があり長期収容は無理でした

処遇には気を使いましたから安楽死処置に頼らざるを得ませんでした

引き取りの際には安楽死処置を公言していましが当時の行政機関の保管状況の劣悪さから保健所への引渡しを嫌い丁寧に看取られることを望まれる方々が口伝えにより頼ってこられました

多い年では私個人の年間の引き取りと救護活動で保護した頭数が1200匹にもなりました

民間 行政機関も含めて 震災以後の動物に関する社会状況は 当時には想像もできない改善が実現しました

一方で過大にも感じられる擬人化の問題点やシェルターワークの点でも疑問を感じることが多く 「可哀想」の言葉で括られる「動物愛護」に戸惑いがあります 

安泰の社会がかもし出す 「動物最優先」に行き過ぎがないことを願っています

社会に違和感や反感をもたれないようにしなければ その付けの殆どが動物に向けられ 虐待の一因にもなっています

理性的な対応こそが人と動物の共生には必要です

【一匹でも多く適性譲渡で救いたい-S,Ma】の考えが多くの方々に賛同を得て行きつつあると実感をしていますが 感情的な「可哀想」の言葉に支配される状況もたくさんあると感じています

読者の皆様はどのようにお考えでしょうか

タローとの出会いは私の人生の岐路となり 約40年間動物福祉の向上に努めることになりました

西宮市で親子共に家族により叩く蹴るの虐待をされていた子犬は ある日見かねた通行人により保護されたようでした

私が引き受けた当初は単に譲渡対象の子犬と聞いていましたが その後に事情を聞くことがあり この5ヶ月ばかりの子犬の只ならぬ怯えの原因を知りました

虐待の恐怖の記憶はその後7年間に及びましたが 最高の我が家の長男として14年の天寿を全うしてくれました

タローを引き受けた当時 マンションに手付けを入れていましたが 行き先がないのでと懇願されて迎えたこの子犬のために 契約を解除して 新興住宅地の角地に50坪ほどの一戸建を購入したのが泥沼への第一歩となりました

タローは利口なことではずば抜けていましたから 私がしつけの技法を知らなくてもあらゆることを学び会得してくれました

第一番目の犬が利口であり 悲惨でもあった「タロー」であったことは天からの使命を与えられたのでしょうか 宿命を感ずるところです

その後に出会った動物たちの殆どと言ってよいくらいに 怪我や病気で獣医師のお世話になりました

多くの出費もしましたが惜しいと思ったことはありません

タローとの出会いがなければ 趣味に興じていたことでしょうが 思いがけないかたがたとの出会いもあり 動物たちが人生を意義あるものにしてくれたのでしょう

[次回に続けます]


物救護活動を始めて間もない頃の1978年に 「サチ」は雨降りの夕方56名の小学生の子供たちに連れられてやってきました

小学生の子供たちは町内を一巡しても骨折をしていた3ヶ月に満たない子犬の引き取り手がなく 疲れ果てて我が家を訪れました

第一犬=コッカMIX「タロー」 推定5ヶ月齢 オス

第二犬=白黒の朕「シロ」 1年齢 メス(離婚をされた夫妻からの引取り)

この2匹に続く我が家では家族として迎えた3匹目の犬でした

急いでホームドクターに連れて行き手術となりました

3回の手術に耐えて 立派に成長してからは 数え切れない子犬 子猫の よき保母として天寿を全うするまで実に多くの子犬子猫の世話をして尽くしてくれました 

救護活動で保護した子犬子猫たちが暖かい母のぬくもりを「サチ」に与えられ ひと時の安らぎのときを過ごすことができました そうして 私の手助けをしてくれた思いでは忘れられないものです

救護活動で保護した初めての猫 プッティー愛称「プーちゃん」

手のひらに乗るほど小さかったこの子猫も「サチ」に育てられました

B

朕のシロに寄り添っているシーネをつけた「サチ」

「サチ」が治療中にはベッドから落ちることが心配で この頃は私も犬たちと共に床に休んでいました

450g 

2007年12月 1日 (土)

官民協働動物譲渡事業

官民協働動物譲渡事業

多くの方々からいろいろな相談を受けることがあります

ボランティア活動 飼い主さんへの対応 行政との関わり もろもろです

ボランティア活動とエネルギーの使い方は体得しなければ継続困難となりがちです

このブログをごらん下さる方の中にも力みすぎておられるお方はおられませんか?

体力も与えられた能力の内です

ほとんどの場合 健康も病気も与えられるものであると感じています

ここでも宿命的なものを感じます

能力とは鍛えると増進するようですが 増進させることを知ることもまた能力のうちだと思うのです


私に天文学をやれといわれてもできないことです
その能力をいただいていませんから
しかし 高名な天文学者でも 私以上に動物福祉の活動がおできになれるのかは不明です
すべては与えられた能力+努力+宿命ですが 長い活動暦のうちに 知識取得の努力をしないでも 全てに精通したかのような錯覚を抱き 自信過剰になられることもあるお方もおられるようです

「そんなこと言われなくても解かっています」と聞くことがありますが 時代は常に変化していますから 新たな発見もたくさんあり 知識の更新が必要なことを私は感じさせられています

私は 可能な限りシンポジュウム等に参加していますが 多頭数飼育の動物の世話や 猫の餌付けのためにそのような「暇」は無いといわれる言葉を聞くこともあり 心情は図れるものの残念に思います

不適切多頭数飼育やむやみな餌付けをしないようにするためには 一般の社会で期待されていることや 動物行動学に基づく判断力を身につける努力が大切であることに気付いていただきたいのです

しかし それは至難のことのようです

「動物の活動」に関わっていること 即ち反社会的行為のような考えをもたれていることもあることを知ったとき「そうか」と考えさせられます

細ーく 長ーく を基本に 

社会活動は短期決戦は自滅の元になりかねません

行政との折衝も協働も 忍耐と寛容 知識と気魄 言うべき時に言うべきことを理論的に述べて 寛容にならざるを得ないことは忍耐することです 

時期を見ることは大切です

行政機関と民間団体は慣れあいではいけませんが敵同士でもいけないのです

飼い主さんや相談者に対しても同様に どのような交渉も「むやみに怒る」ことは不利益をもたらすことが多く 交渉の中断を余儀なくされることが多くなります

ネグレクト(neglect無視すること=不適切飼育)の指導にも原点となることです

怒って明日から会えなくなることは交渉の決裂です

短い文書の中で詳細は書ききれませんが「No」と言わないのがネゴシエーター(negotiator交渉担当者)の基本と聞いています

個人でも行政機関の担当者であっても 知識がなく意欲がない相手に「こうあるべき」と理論を述べても理解されなければ待つしかないのです
なぜだ!! と思いつつ 長い間にようやくそのことを学びました

長い活動を共にしていて 良き協働関係にあったボランティア同士の場合であっても 年月と 社会的背景の移り変わりとか 個人的な生活状況や内面の推移により考え方に変化が起こることもあります

「昨日の敵は今日の友」でもあり 今日までは同じ理想であったと(思い込んでいたと)しても 明日も同じ思いでいられるかは不明です

ある状況で突然大きな考え方の違いに気付き驚かされることもあります

私は最近そのような経験をいたしました

正義か不正義かは個人的見解があり決しがたいことではあります

「正しい」ことの判断は個人の意志か 組織内では自由思想に基付き多数決に頼らざるを得ません

感情におぼれるのではなく個人の考えを優先するか 組織の結束を優先するのかにもより結果は違ってくるでしょう

私が個人的に対立したことは動物の譲渡基準(シェルターワーク)についての論争でした

私は【一匹でも多く適性譲渡で救いたい-S,Ma】と主張したのですが 対する人は 咬傷事故履歴のある犬であっても譲渡するべきであるとの意見でした

感情におぼれるのではなく シェルターワークの知識を会得された方々であれば官民を問わず「動物の譲渡基準」は大切であると承知されています

しかし 世界でも感情が優先され危険な動物の譲渡にも抑制がかからない譲渡事例が多く問題を提起しています

最近は行政機関内であってもこのような傾向のお考えがあると聞きます

【一匹でも多く適性譲渡で救いたい-S,Ma

譲渡の実績は頭数ではなく質でなければならないと確信しています

特に現状の活動の基盤が 官民協働であり 予測可能な事故の防止は活動の維持には大切な用件です

損害賠償の意識も民間での「好意」に基づく譲渡から発生する事例とは異なりより厳しい判断が予測できます

譲渡後に重大事故が発生した場合には「咬傷事故履歴」の有無は司法の場でも大きく作用すると考えられます

適性譲渡を支持してくださる方々に支えられて現在は官民相互の基準を持って一匹でも多く適性譲渡で救うことに努めています

全国に先駆けて実施されているこの官民協働動物譲渡事業が他に広められるためにも 更なる引き締めが必要だと感じています 2007/12/01 S,Ma 

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